第6話「ダークサイドにはめられた!②」

 コルボー商会の馬車は王都を出て約1週間走り、ようやくシモンが『研修』を受ける目的地へ着いた。

 シモンとバスチアンが馬車を降りると、不気味なうっそうとした森が目の前に広がっていた。

 周囲は王都並みの高い石壁で囲まれている。

 目の前には鉄製の巨大な門があり、固く閉ざされていた。

 どうやら普通の森ではないらしい。

 何故なら敷地の中より、獣の声に交じって、不気味な魔物の咆哮ほうこうも聞こえて来るからだ……


「こ、ここは……」


「おう! 地獄の森と呼ばれている場所だ」


「じ、地獄の森って……ううう、縁起でもない」


「ははははは、びびんじゃねぇ! ウチが開発した総合訓練場よぉ」


「開発した? 地獄の森……総合訓練場……」


「おう! 騎士隊や王国軍にもレンタルして、魔物の討伐訓練に使っている森だよ」


「へ? と、討伐訓練?」


「ははははは! 生きたまま捕獲して放ってある人喰いのゴブリン、オーク、オーガがうじゃうじゃ出るぜ」


「ひ、人喰い!? ゴブリン、オークにオーガぁぁ!? ひいいいいいっっ!!」


「ごら、シモン!! 情けねぇ悲鳴ばかりあげるんじゃねぇ! おめぇ、男だろが!」


「お、お、男とか、関係ないですよぉ……そ、それに俺、戦闘向きじゃないです。ほ、ほ、本来は、ま、魔法鑑定士なんですよ……」


「うっせぇ! ガタガタ言うな! お前はその魔法鑑定士のスキルを活かして、配属されるんだからよ」


 商品の品定めをする魔法鑑定士が何故、戦闘訓練を?

 疑問に思ったシモンは、バスチアンへ尋ねる。


「活かして? は、配属って……俺のする仕事は鑑定だけじゃないんですか? こんな人喰いの魔物が出るような森で命がけの訓練、ひ、必要ないのでは?」


 しかし、バスチアンはニヤリと笑い、きっぱりと言い放つ。


「ふっ、何言ってる? これからくお前の仕事はまず体力、そして武技、攻防の魔法、更に探索たんさくスキルも必須だ」


「え? ぶ、武技に攻防の魔法? た、探索スキル?」


「おうよ! 当然魔法鑑定士の技能と学生時代につちかった深い商品知識も最大限、かして貰うぞ」


「は? ど、ど、ど、どういう意味ですか?」


「どうもこうもない! シモン、お前の仕事はトレジャーハント。配属先はコルボー商会営業部探索営業課だ」

 

 トレジャーハント!?

 探索営業課ぁ!?


 ガーン!

 と、シモンは巨大ハンマーで殴られたようなショックを受けた。


 ひざから力が抜け、へなへなと座り込む。


 補足しよう。

 トレジャーハントとは、危険に満ちた様々な未知の場所を探索し、レアな財宝を探し出す事だ。

 

 シモンの頭を「ぐるぐる」と理解不能な思いがめぐる。

 頭が完全に混乱している。


 ど、ど、どういう事だっ!?

 お、お、俺は、商会専属の魔法鑑定士に就職したんじゃ、なかったのか!?

 

 魔法による空調のきいたオフィスの奥でじっくり商品を吟味し、しゅくしゅくと鑑定するのじゃなかったのかぁ!

 

 は、はめられたぁぁ!!

 

「え~~!? きょ、教官っ! た、探索営業課ぁ! ななな、何すか、それぇ!」


「ごら、シモン! てめぇはいちいち大袈裟な奴だ」


「お、大袈裟って……」


「良いか、耳の穴かっぽじって良く聞け! シモン! お前はコルボー商会所属の『トレジャーハンター』となる!」


「え~! お、俺が、トレジャーハンター!?」


「おう! 世界各地の様々な遺跡、迷宮、洞窟は勿論、山林、砂漠、川、沼、湖、海等、ありとあらゆる場所を探索し、レアで高価なお宝を発見し、その場で鑑定。商会へ持ち帰って貰う」


 バスチアンは、シモンに課せられた仕事を具体的に教えてくれた。

 これも多分、研修のメニューに入っているに違いない。


「せ、世界各地の!? 遺跡!? 迷宮!? 洞窟!? レアで高価なお宝ぁ!? その場で鑑定!?」


「おうよ! ようやく認識したか! まあ、遺跡や迷宮とか、お前が探索する最中はおぞましい化け物もガンガン出る。喰われたくなかったら、戦え! そして倒せ! 逆に奴らを喰い殺してやるんだよ!」


 バスチアンはそう言うと、筋肉を誇示するようなファイティングポーズをとった。

 ランニングシャツ、短パンに包まれた逞しい筋肉が、ムキムキっと盛り上がる。


「きょ、教官! ま、魔物を! く、く、喰い殺すなんて、無理ですって! お、俺の仕事って! い、い、命がけじゃないですかぁ!」


「ああ、てめぇは馬鹿か? さっきからそう言ってるだろが。だから死なないように身体を鍛え、様々な魔法やスキルを習得するんだ」


「様々な魔法やスキルって……」


「おい、シモン。これだけは言っとくぞ」


「な、何をっすかぁ!?」


「毎年、ウチの新入社員の1/4が研修で死んでる。ちなみに殉職扱いになるからな」


「え~~~!!?? け、け、研修でぇぇ!! し、し、し、死んでるぅぅぅ!!! し、し、新入社員の1/4がぁぁぁ!!!」


「おうよ! お前は死ぬんじゃねぇぞ。折角、この俺が担当してやったんだからな」


「やだやだやだやだやだ~~~っっっ!!!」


「うっさいぞ! 本当にいちいち大袈裟な奴だ。あ、そうそう、念の為、死んでも自己責任となるからな」


「な~~!! し、し、し、死んでも! じ、自己責任!!」


「おうよ! 一応生命保険はかけてあるから、安心だ。そして、お前が、トレジャーハンターとして、デビュー。持ち帰った逸品を商会が売りさばき、得た利益の10%をお前が受け取る。そういうビジネススキームだ」


「た、た、たった10%ぉ!?」


「いやいや、シモン! お前が探索する場所はよ、全て商会の情報部が調査する。更に発掘、採取等の権利関係は法務部が許可を取る。お前は指定された場所へ赴き、探索し、高価なお宝を持ちかえれば良いだけ……どこかの本のタイトルみたいに簡単なお仕事だろ?」


「か、か、簡単なお仕事じゃないっすよぉ!! ま、間違いなく死ぬっすよぉ!!」


「まあ、死んでも仕方がない。お前は雇用契約書にきっちりサインした。金も受け取った」


「あ~~~っっ!」


「シモン! お前はこの森で1か月みっちり訓練し、実戦の場に出て貰う」


「え? ええっ、たった1か月?」


「おう! 死にたくなかったら、懸命に魔法の腕を磨け! 新たなスキルを覚えろ! 身体を限界以上に鍛えろ! ゲロ吐いても生き抜けっ!」


「な、な、な、な~~!!」


「わめくな! 採用した社員を遊ばせておく余裕は商会にはねぇんだよ。ちなみに教官は俺だけじゃない。魔法やスキルの教官は、日替わりで通うからな」


「へ? 教官が日替わりで通う? え? 通うって?」


「部長から聞いてねぇのか? お前は、今日からウチの研修で1か月間、この森で寝泊まりするんだよ! 当然ひとりでなっ!」


「え~~っ!? お、俺、こ、この不気味な森で、たったひとりで暮らすんですか? 夜も?」


「当たり前だ。所詮、人間生まれた時はひとり、死ぬ時もひとりだ!」


「はあ? 何すか、悟ったような、そのことわざみたいなの!」


「でも、ありがたく思え。最初の1週間だけは昼夜俺が一緒だ。そうそうお前が生き残る為のサバイバル術も身に着けて貰う。ボッチで仕事して貰うケースもあるからなっ!」


「ノォ~~っ!!!」


 狩場の森の門前で……

 シモンは頭を抱え、絶叫していたのである。

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