告白Ⅲ
「全くいいなぁ綾香は。雫君の晴れ姿が見れたんだろ?」
「それはもう!片桐君本当にすごかったんだから!相手のディフェンスなんていに介さないようにズバーって抜いていくし、すごいかっこよかったんだから」
「さすが雫君ってところだね。緑も少しは役に立ったってもんだ」
「もう、水月ももう少し緑さんと仲良くしたらいいのに。同級生なんだから」
「いいのいいの。あいつと私は馬が合わないことで有名なんだ」
「ほんとは仲良いくせに」
「それはない。断じてない」
二人は浅野さんの帰った後も互いにわかり合っているかのような会話を交わすものだから、俺は隅で慎ましくやってきた昼食を平らげていた。
うん、とんかつうまい。
久しぶりに感じる味覚が暴れているように、旨味を求めているのだ。
どんどん吸い込まれるように食べられる。
それにしても、二人がこんなに仲がいいとは知らなかった。
確か二人は大学の先輩後輩の仲だったはず。
その関係を聞いて以来そんな片鱗を見せてこなかったというのに、ここまで親しくなっているなんて。
いや、俺が見ていなかっただけか。
バイト先でも何度か水月先輩のソワソワした様子だって見てとれた。
そういえばあれ以来塞ぎ気味だった水月先輩に笑顔の戻った日があったな。
何か二人の間であったのだろうか。
ふと俺は何かに惹きつけられた様に隣に座る水月先輩のバッグに目が引かれる。
「あっ、それ」
そこにぶら下がっていたのはいつの日か水月先輩の誕生日祝いだと言ってあげたお守りだ。
「あ、気づいた?そう、これせっかくもらった誕生日プレゼントだからね。こうしてつけておきたかったのさ」
「自分であげてなんですけど、本当にそれでいいんですか……?不恰好じゃありません?」
「まぁたしかに不恰好かもね」
「やっぱり。新しいの贈りますよ」
「いや、いいんだ。何よりその時の思いみたいのが私にとっては嬉しいものだったから。それに雫君の母君から伝わってきたもの、まるで母君公認と言われている様なものじゃないか」
「ん?」
何が不穏な空気が流れているのを感じるが、ひとまずスルーしておこう。
なんだか踏み込んじゃいけない様な気がする。
そういえば確か、水月先輩の誕生日は四月の三十日と言っていたっけ。
水月先輩が調子を戻してきたのも確かその辺だったはず。
誕生日を機に変わったとも言ってたし、きっと先輩にとっていいことがあったんだろうな。
それこそ二人のなり始めの様な気もしてならない。
「むぅ。片桐君!私の誕生日は九月の一日だからね!何とは言わないけど、九月の一日だから!」
九月一日……。
「あれ、綾香って誕生日九月一日なの?」
「え、うん。あれ?なんかおかしなこと言っちゃった?」
綾香は何か確認するかの様に水月先輩の顔色を伺うも「さぁ?」と首を傾げる先輩。
ただ俺が一つ言葉を紡げば、先輩も自然と頷いていた。
何せ彼女は一度俺の履歴書を見るという大罪を犯した身。
当然生年月日もその目で捉えているはずだった。
「まさか同じ日だったなんてな」
「ん?えぇーー!?片桐君もそうだったの!?」
そういえば中学の頃、ろくに互いのことを話さなかったのを思い出す。
付き合おうというその時まで互いの名前だって知らなかったんだ。
誕生日もいつのまにか過ぎていたんだろう。
「くくっははは。まさか、互いの誕生日も知らなかったなんてな」
「ちょ片桐君笑わないでよぉ!私だってなんで教えてなかったのか……!」
「思った以上に歪な関係だっただろうことだけはわかったよ綾香……」
「水月もそんな目で見ないでってぇ!」
「そういえば綾香も話があるってことだったよな」
それからしばらくして俺は話題をもどす。
元々は綾香からの話があるというメッセージで始まった今日という日だ。
いろいろなことがあって忘れかけてたがそれが目的だった。
多分この前、俺が綾香の部屋に招かれて以来の話になるんだろうか。
中学のあの頃の話。
「うん。でも流石にここじゃあちょっと……」
「それもそうか」
浅野さんはどうも全くもってこの環境に違和感を抱かないタチらしいから問題もなかったが、普通だったら何か話しようと言ってこの場は選ばないだろう。
「やっぱり中学の頃の話か?」
俺は食べ終わった膳を前に、綾香に聞く。
どうしても話を聞く前に聞いておきたかった。
「んー、その話もあるかもだけど、どっちかっていうとこれからの……話かな?」
「ま、そういうことだ」
「そういえば水月先輩もいつのまにか我が物顔でやってきましたけど、もしかして水月先輩も関係してるんですか?」
「察しが良くて助かる」
「そうなんですね」
俺らは他にもいろいろ雑談を交わしながら道を進んでいった。
時に笑い合って、時に罵り合って。
その間笑いは絶えなかったと思う。
空気に良し悪しがあるんだとしたら間違いなくいい空気の部類だった。
でもなぜだろう。
今になって脳裏にチラつくのだ。
――他人を騙して楽しいかい
ついさっき謂れもない誤解を解いたはずの浅野さんの言葉。
浅野さんは俺のことを誠実でまっすぐな人だと言った。
そしてその姿が現れていたから何かしらの誤解を解いたんだ。
そんな姿は俺と真逆にあるものだというのに。
今になって思えば俺の周りには浅野さんが俺を誠実だと言った様に、誠実でまっすぐな人が多い。
ついこの間知り合った圭君だってその一人だ。
あんな姿を見て俺ではそうあることなどできないんだって悟ったはずだった。
なのに、なぜ今になって俺はそんな真逆に位置するはずの人間だと称されている?
俺は俺を演じて、全てが表面上の出来事で、貼り付けた笑みも偽りで。
でもそれらは他人が想像する俺であって、そうあることが全てなんだって思っていたはずなのに。
それなのに俺を演じることしかできないんだって思ってた俺の心が、サッカーへの高揚で自分の意識とはかけ離れた欲求を生んだんだ。
サッカーを楽しいと、やりたいと思うほどに。
それが今の俺をひどく揺らしている。
今こうして綾香と話して笑い合っている俺は他人の思う俺なのか?
それとも心から笑っているのか?
こうして笑い合っているのも、俺は綾香を騙しているのか?
それとも誠実で真っ直ぐに向き合っているのか?
今の俺はなんなんだ。
「ついた、ここだよ」
そこは何の変哲もない、河川敷の一角。
でもこの場所にはきっと意味がある。
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