告白
「片桐君!大丈夫!?」
「ん……なんかまだぼーっとするけど多分大丈夫そうかな」
「はぁぁ、よかったぁ。急に倒れた時はどうなることかと思ったよ……」
「ごめんな綾香」
目を覚ましたのは知らない天井の下、どうやら医務室に運んでくれたらしい。
「どのくらい眠ってた?ほんとに待たせて悪かったよ」
徐々に記憶を整理していけば、こんなことをする前までは綾香との話に備えていたのだと自然に思い出してくる。
もし数時間もこんな状態にあったのなら綾香に立つ背がない。
「全然!眠ってたのは五分くらいだけだったから!」
「そっか。じゃあもう浅野さんの用事は済ませたってことで行くか」
自分のせいでこうなっている以上、これ以上の遅れはうみたくなかったからでた言葉でもある。
「ちょ、ちょっと待って!まだ動いちゃダメだよ。意識が戻ったなら、もうちょっと体を休ませとこ?」
「でも……」
「私のは……そんなに時間がかかることでもないしね」
「――ならお言葉に甘えて」
綾香が自然に微笑むものだから俺も自然に顔を綻ばせる。
実際、このまま歩ける程度まで回復しているとは思えないしな。
というか、多分俺がここで倒れたのはきっとサッカーの疲労ってだけではないんだろう。
その片鱗はちょくちょく感じてた。
「片桐君!その、さっきコンビニでお弁当買ってきたの。食べる?」
「そういえばもう昼か」
「うん。だからこれ!」
綾香は自分のバッグから俺の想定していたものとは違う形のものを取り出した。
「綾香……これ」
絶対コンビニの弁当じゃないだろ。
というか、あからさまに手作りなのが丸わかりな小さなバスケットに入ってるじゃないか。
「こ、コンビニ弁当だから!」
「ふふ、ははは。そっかコンビニ弁当か。ならちゃんと味わって食べなきゃな」
「わ、笑うなぁ!」
その中には三種のサンドイッチが入っていて、それぞれ二つずつ。
計六個のサンドイッチだ。
「綾香はもう食べたのか?」
「私は、まだ」
「なら一緒に食べようぜ?と言っても綾香自身の弁当だけど」
「う、うん!」
それぞれサンドイッチを手にとって互いをなんとはなしに笑い合って頬張る。
ただ俺にとってはきっとこれすらも、綾香の弁当でさえも、同じに感じるんだと思う。
ずっと、あの日から同じ。
味のしないものに。
あの日、俺が七々扇紫音として活動を始めたばかりのあたりから俺はどんな料理もその味を感じることができなくなっていた。
でもそんなのどうでもいいと思ってた。
自分が自分を演じるのにそう必要なことじゃなかったし、生きる上で接種べきものをただ食う。
味がどうこうも次第にどうでもいいと思うようになっていった。
――多分そのせいなのかな。
いつも自炊してる料理が栄養重視の、必要最低限の料理で補い始めたのも。
だっていくら自分が多彩な料理で華のない家を飾ったのだとしても、俺にはもうその味を感じることができないんだから。
同じ素材、同じ料理、同じもの。
どんな料理も全部同じならただ栄養を考えて同じものを食べ続ける。
そんな生活だった。
いつか柚月さんと訪れた風情あるカフェでも、いつか水月先輩と分かち合った賄いの料理も、いつも自分が客に出そうというその料理の一片でさえその味を感じることなく、周りに当たり障りなく求められる反応を演じ続けた。
そしてきっと今この瞬間、綾香に対してもそうするんだ。
これまで俺が続けてきたように。
「片桐、君?なんで泣いてるの?」
「え?」
泣いてる?
「ご、ごめん。そこまで酷いとは思ってなく、て……。ごめん、ね?」
あぁ違う。
綾香そうじゃないんだ。
違うんだよ。
「片、桐、君?」
恐る恐る伏す俺の顔を伺う綾香。
違うんだそうじゃない。
反射だ。
反射的に反応してしまったんだ。
この味は知ってる。
ずっと前に食べたことある味。
「美味しい。美味しいよ……」
中学の時、ずっと隣で頬張る綾香から交換こしてもらったあのサンドイッチの味。
片桐君のために作ってきたって持ってきてくれたあのサンドイッチの味。
俺がずっと支えられてきた味だ。
綾香はきっと知らないんだろう。
中学の頃どれだけお前に支えられてきたか。
それを思い出してしまうんだ、この味は。
俺が一ヶ月ぶりに感じられた味は、昔の古い記憶を思い出させるほどに美味しいものだった。
――わ、私には片桐君の抱えてる苦痛はわからない。でも!話を聞いてあげることはできるから!だから……。そんな顔しないで?私にも背負わせて?
あぁそうだ。
綾香はずっとこういうやつだった。
ずっと昔から自分より人のことを考えて。
自分なんてつまらないやつだって勝手に決めつけて。
でも人一倍人のことを思える優しい人だった。
今もきっと……変わらない。
「ごめんね」
優しい少女だ。
「おーい、あーやーか!そこの木偶の坊は起きたかー?…………って綾香ぁぁぁ!!」
俺はいつのまにか綾香の胸に抱かれていた。
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