一条光輝の追憶
「なに?片桐だと?片桐、雫……。ちょっと待て、ちょっと待てよ……?…………!?あの神童、片桐か!?」
そういえばあいつはずっとそう呼ばれていた。
それが当たり前であるようにずっとそうだった。
「えぇそうです。その片桐です」
「待てよ?俺の記憶が正しけりゃ、片桐はもうサッカーはやってねぇって話じゃ……。それに高校で一度も名を聞いてもいなかった。消えた天才って話なんじゃ」
「えぇそいつです」
「じゃあなんで今になってそいつの話が出てくる」
「現れたからですよ。よりにもよって俺の前に」
そうだ。
なんでもない休日でなんでもない日のはずだった。
高校からのよしみでただの友達との一日。
そんな日にあいつは何も変わらないあいつのまま、俺の前に現れた。
片桐雫。
「だからなんだ。たしか神童と呼ばれたのは四年くらい前の話か。いまさら現れたところで……」
「完敗しました」
「なに?」
「ワンオンワンで大地に勝ち越し、スリーオンスリーでしかもこちらは俺と大地にアマチュアの三人でありながら一点も取れずに負けました」
「体調は」
「万全です」
「なるほどな、天才は健在ってわけか……。それで光輝。それを伝えて一体何が目的だ?たしかに片桐は天才だし幼いながら才能あふれる選手だった。しかし、いまさらプロになろうたって……」
「いえ、そうじゃありません」
そもそもあいつがプロになろうっていえばそう遠くないうちになれるほどあいつは才能がある。
本気になれば。
いつだって変わらず、いつだって同じでいたあいつは変わらないと思ってた。
いや、今だって思ってる。
でもたしかに同じフィールドでサッカーをした時、言いようもない淀みが俺らを襲ってたのに間違いなかった。
あの時俺はその事実に目を当てたくなかったんだ。
それを認めてしまえばこれまでの全てが否定されるから。
でもあいつはずっと、終始つまらなそうだった。
あの頃とは全く違う。
そのことさえあの時の俺らは感じ取ることができなかったのだ。
淀みもあいつの表情もなにも。
時が経って一度整理する時間が来れば否が応でも認識せざるを得ない。
あいつがあんな顔をするのだって……。
「じゃあなんだって」
「次の練習試合に片桐を、雫を連れてきます」
「ほう?」
「そちら側のユースチームに」
「……それは私怨、か?」
「役は十分じゃありませんか?それに今のユースには刺激が必要でしょう?」
「……はぁ。いいだろう。時間は守れよ」
「大地じゃあるまいし、問題ないですよ」
そんなやりとりがあって一週間。
うちの大学のチームとユースのチームの練習試合が始まろうとしている。
一応の説明は済ませたものの、雫はもちろん納得していないという顔で終始無言だった。
そういえば監督にも言われたっけ。
私怨かどうか。
そんなの決まってる。
俺がお前より優れていると証明するためだ。
俺はもう一度会う機会をずっとうかがってたさ。
この三年で一度だってサッカーの舞台に顔を現してこなかった。
だからもう俺はお前より優れてるって思い込んで、そうでいることが一番よかった。
でも、会っちまった。
運命だよなぁ、このフィールドであいまみえるのをずっと望んでたんだから。
あの日、俺らがしたことを正当化するためでもあるんだ。
絶対に勝たなければならない……。
――…………本当に?
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