多趣味な俺の配信道〜スペック最強のイケメンがVtuberになったんだってよ〜

葵青

始動編:俺の始まり

変化の一日

 

 あの時からは決して考えられなかった。


 こんな大舞台の中でたった一人、俺だけが立つだなんて。


「しーおーん!」


「紫音ー!!」


 聞こえてくるのは俺を呼ぶいくつもの声。

 こんな声、今までに一度だって感じたことはなかった。


 これは夢ではない。現実だ。

 今ここにいる俺だって現実だし、目の前の鬱蒼としたこの群衆も現実だ。それもその全てが俺、という個人を見にきているのだ。

 それがどうしても現実味を欠いている。


 でも、あの時の俺ならきっとこの状況に戸惑いながらもただ淡々とこなしてしまえるんだろうな。

 あの時の俺なら。


 今の俺じゃ到底無理だ。

 ある意味では、というかこういう場面においてはあの時の俺の方がむしろ高いパフォーマンスができたのかもしれない。



 でもそれでも俺は今の自分を誇ることができる。

 俺が俺であることをこんなにも誇れるのはみんなのおかげ。


 少し笑ってしまうな。

 俺が俺を誇れるときが来るとはあの時は思ってもいなかった。

 どんな過去の確執もどんな過去の過ちも、どんな過去のトラウマもいつかは時とともに風化していって、それでそのままなんだって思ってた。

 でも、そんなの間違ってるって思わされちゃったんだ。


 だから今日の俺は一味違う。


 本当の意味で俺が俺として生きることができる第一歩だ。




――――――





 なんとなくの日々を過ごしていた。

 朝起きて朝ごはんを食べずに学校に行って、学校に行っても特に話す相手がいなくて、無為に時間を過ごして、家に帰って寝て。

 何かに熱中すればするほどどんどん何かを失っていて、突き詰めれば突き詰めるほど後に何も残らないような気がしていた。


 子供の時興味を持ったのはスポーツだった。

 友達とよくわかっていないことを話したり、戦隊モノのアニメの話をするより体を動かしている時間の方がよっぽど楽しくて幸せだった。


 小学生の高学年になった時興味を持ったのはアニメだった。

 初めは絵が動いてて声がカッコよくて、ストーリーが華々しくて、そのうち見れば見るほどドツボにハマっていた。

 日々のほとんどをアニメを見る時間に当てて、学校が終わったら夜の十二時、一時にいつのまにか寝ていることが当たり前になった。


 中学生になって興味を持ったのは音楽、絵、小説とかの芸術の類だった。

 音楽ではピアノを幼稚園の時から身近にあったことからとっつきやすかったし、絵についても賞をもらったこともあった。

 初めて書いた小説は起承転結の起の字もないようなストーリーで、描写は稚拙だしキャラは見えてこないものだったがなんだか不思議とおもしろ味があると言われたりもした。

 友好関係も順調で、コピーバンドではキーボードやボーカルをやったし、運動会ではその運動神経から頼られたし、文化祭では得意の演技で劇の主役を飾ったりした。

 部活にものめり込んで、小学校のころに憧れたサッカー部でFWを努めたりもしていた。


 高校生になって目を惹かれたのはゲームだった。

 中学生の時入っていたサッカー部には入らずに、弓道部に入って武道にも関心を持つようにになっていた。

 ゲームについては昔から触れる機会はまちまちといったところで、初めて本格的にゲームを触れたときは衝撃で、そのグラフィックやプログラムについて多少興味を持っただけとも言える。

 武道ではなかなか成果は出せなかったものの、大会で準優勝を飾るくらいにはなっていた。



 その一方で勉学について興味を持つことができなかった。

 小学生の時百点を目指すことが当たり前だったのが、中学生の時には平均点より上を目指すこととなり、高校生の時には赤点と平均点の間を右往左往。

 中学生の時優秀な学徒として表彰された面影など残っておらず、大学受験では失敗。いろんなことに興味を持ち、その後に何か突きつけられてる気がして信念を押し通せず、何になりたかったのか自問自答する高三の日々だった。


 自分が何になりたいのかわからないままに大学を選び、自分が何をしたいのかわからないままに受験し、結局自分はなんだったのかわからないで失敗した。

 もとより失敗することは見えていた。

 やらなきゃいけない使命感も義務感も働かずに、とりあえず大学に行けばいいという選択もあるにはあったが選べなかった。

 もともと興味を持ったことに熱量を持って取り組むたちである俺にとって、興味のないことを続けることの苦痛がどうしても耐えられなかった。 

 故に失敗することなど見えていて、これから何をするか、何をすればいいか呆然と考える日々になり、失敗した今となってはその何かをしようとただ茫然と決めていた。


 その一つがアルバイトである。

 もとより根は真面目を謳う俺は、仕事と名を打てば責任感の殻を被って全うすることは造作もないことはわかっていた。

 特に性格に難があるわけでもない俺が落ちるはずもなく、面接は通り飲食店のアルバイトに無事受かった。

 自分が希望したのは厨房で、ファミレスならではの多種の料理を作る環境が整っている。

 店長からは時々でいいからホールにも出てくれと頼まれたが、厨房が飽和状態になることがままあり、ホールの人数不足が目立つことも多かったからそのためだろう。


 料理については可もなく不可もなく。

 特に興味を持つことはなかったが、基本レシピ通りに作ると同じものが出来上がっている。とそんなもので、自分で味見してこれが足りないからあの調味料を足せ、とか言われても何がいつもの味と違うのかわからなかった。

 レシピさえ覚えれば料理は出来上がるし、失敗しなければ味は一様で厨房の働きとしてはまずまずだった。

 厨房のチーフはより原価を安く美味しくできるか研究しろ、と他の先輩に言うこともあるが俺にはそういった類は出来なかった。


 一度ホールに出てみれば厨房と雰囲気が全く違うため、その空気感によく惑わされることが多かったが、対人の術は往々にして心得ているため、注文を覚えてしまえばなんてことはなかった。



 そして俺は他にアルバイトの面接を受けていた。その一つの方はアルバイトといっても特殊なもので、一次で書類選考し、それに通ってから二次選考に移るもののため時間がかかっている状態だ。

 飲食店のアルバイトに慣れてきた頃、忘れかけていた合格の通知が届き、いつのまにか二次選考に移ることとなっていた。


 二次選考は一次の書類選考で書いたアピールポイントを踏まえた上での作品提出であるらしい。なんとも特殊ではあるが、動画の形態にした後それをファイルにし、添付しろとのことらしい。

 友人の勧めであるこのバイトではあるが、なかなかにどうしてこうも特殊なのかまだ知り得ていなかった。その友人も来年からは、いや来年度からは華々しい大学生となるらしく、祝福の連絡を入れて以来直接会う機会がとれなかった。 

 なんでも地方の大学らしく、入学前に寮関係での手続きや荷造りがあるらしい。


 また、それに加えて自分のタイミングでシフトに入れる配送業のアルバイトに入会し、暇な時間には都内を自転車で走り回りながらデリバリーする日々である。

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