見慣れた虹色の世界。その中で俺は考える。栄子のさっきの言葉。違うところ?どうにも分からない。分からないと同時に俺はこの渡航の重大な欠陥に気づいてしまった。のである。あれ?さっきまでは覚えていたのか?厳しかったのだけは覚えている。


「あなたは私たちとは違うの。」


「大丈夫。あなたならきっとできるわ。」


「私たちはしょうがないけど、あなたはこんなことしちゃだめよ。」


「どうしてわかってくれないの。」


ふいに頭の中に女性の言葉が次々と響く。そして、


「どうしてこいつの気持ちを考えてやれないんだ!」


男性の声が響いたかと思うと、二重世界に到達したときと同様に、足元がぐらつく感覚に襲われ、俺は瓦礫で埋め尽くされた大地へと落ちた。



二重世界と同様に能力は使えるらしく、俺はすっと地面に降り立った。ボールペンをポケットに収めて、思わず頭を掻いた。えーっと、ここは?あたりを見渡す。一面の瓦礫。はるか彼方には細長い建物らしきものが見える。空は恐ろしいほどまっさらな青空。そのはるか上空に輝く太陽。俺はこの景色をことがあった。そう、栄子が二重世界で見ている景色。まさしく、それだった。どういうことだ?とりあえず俺は近くを散策してみることにした。人さえ見つけられれば、何とかなると思うんだがなー。瓦礫の縁を蹴りながら進む。しかし、人なんて見つかるのか。不安がよぎりつつも進む。そこで思いつく。あの細長い建物を目指すことにしよう。それが最善の気がした。こんな瓦礫の中に住んでるやつなんていないだろうしな。俺は一足飛びであの建物を目指した。どれほどの時間が過ぎただろうか?確かに近づいてはいる気がするのだが、遠い。そしてもっと不思議だったのは、太陽だった。さっきから陰る様子も動いている様子も感じない。ただそこにあるのだ。空気は若干冷たく、B子のくれたカーディガンがちょうどいい。それもまた不思議な話だ。俺は建物を目指してからずっと全力ダッシュをしている。普通だったら暑くなったり、呼吸が乱れたりするのではないか?二重世界でも体験しなかったことだ。一抹の不安を感じた俺は、ポケットからボールペンを取り出し、【合言葉、なんだそりゃ】と唱えてみる。反応がない。仕方ない。【解除】と唱え、ポケットから飛び出す光の剣を収めた。俺はひたすらあの建物を目指すしかなくなってしまった。


走り出してどれほどの時間がたったのだろうか?俺は一種の村と呼べるのだろうか。人の集団と出会った。集団と呼べるのかどうかすら怪しかった。瓦礫の陰にそれぞれが見える位置に座っているだけの集団。そこは、異様な感じがした。さっきから、ずっと見かけた人に声をかけ続けているのだが、誰一人として答えてくれる人に出会えない。一瞬だけ目が合っても、すぐに逸らされる。人にさえ会えればと思っていた俺の期待は脆くも崩れ去っていた。


そんな村は建物を目指す途中、いくつか見つけた。俺はその村々で声を掛け続けた。よしゃいいのに。頭の中ではさっきから俺自身の行動を諫める俺の声が響いていた。しかし、もしかしたらという思いが俺の声を掛ける行為をやめさせないでいた。


何十人目なのかもはや分からない。ここに来てから7つ目の村で、俺は瓦礫の陰に隠れて足だけが見える人物に声を掛ける。ここは一体どこなんですか?


「えっ、あんたももしかして?」


そこにいた人物は俺が待ちわびていた答えてくれる人だった。そいつは瓦礫の陰から俺を見ようと起き上がってきた。そこには、栄子?えらく老けたなと言っていいのか、そんな女性が立っていた。


「栄子?私、そんな名前じゃないわよ。それに、私まだ20代なんですけど。なんで、初対面のあんたに老けたなとか言われないといけないわけ。」


あー。そうか。栄子よりたちが悪い気がする。俺は、名前を聞いた。


「名前?なんであんたに名乗んなきゃいけないのよ。普通、あんたから名乗るもんじゃないの?」


あーもう。俺は自分の名前を名乗った。そして、改めて栄子の名前を聞いた。


「…いやよ。なんか教えたくない。いいわよ、栄子で。どうせ、ここじゃ名前なんて大した意味ないし。」


どう考えても初めて喋ってくれた人物にしてはどうにも、外れくじを引いてしまった感が否めない。そうかと返事しつつ、俺はこいつを心の中で、でか栄子と呼ぶことに決めた。


「それに、さっきからその言葉遣い。目上の人に対しては礼儀正しくって習わなかったの?」


無理だ。なんか知らんが、こいつには1ミリも礼儀正しくしたくない。とりあえず、俺はここはどこか聞いた。


「知るわけないじゃない。それより、あんたはどうやってここに来たわけ?ずっと、ここにいる連中ってわけじゃないでしょ?そもそも喋りかけるなんて不毛なことするわけないし。」


話が全然進む気がしない。正直、このでか栄子は何か知ってるのかも怪しくなってきた。しかし、ここの連中はほんとになんなんだ。ずっと、ただ無気力に空を眺めて瓦礫の陰に隠れている。俺とでか栄子が喋っている間も我関せずで皆ずっと空を眺めている。でか栄子も俺が喋りかけるまでそうしていた。俺はでか栄子に何をしていたのか聞いてみた。答えてくれるかは謎だったが。


「なにしてたって、待ってるのよ。ずっと。」


待ってる?何を?


「何をって、あんたほんとになんも知らないの?」


すごく驚いた表情のでか栄子。知らないから聞いてるんだよ。


「死ぬのに決まってるじゃない。」



俺はでか栄子からどうにかこの世界のことを聞き出した。でか栄子がここに来た時にはすでに世界はこの状態だったらしい。最初の違和感はもちろん太陽。ずっと、そのまま。そして次に、体調の変化に気づいたらしい。空腹感も眠気も一切なくなってしまっていることに。いや、その前に誰も喋らないってのが、違和感だろ?


「は?私ここに知ってる人誰もいないのよ。あんた赤の他人にいつもにこにこしてんの?それなんか得あんの?しかも自分にとって何も役立たないようなやつに。」


でか栄子は真顔で答える。えっと、どうしたもんかな。じゃあ、逆になんでお前は俺に教えてくれたの?


「別に、親切とかそんなんじゃないわ。気まぐれよ、気まぐれ。」


イライラとした表情で答えるでか栄子。どんな社会で生きて来たんだよ。普通、喋りかけられたら愛想よくするもんだろ。


「あんたこそどんな社会で生きてきたのよ。」


ジロジロと俺の頭からつま先まで眺めながらでか栄子は言う。どんな社会ってさっき学生だって言ったじゃないか。


「あーそーだったわね。じゃあもういいわ。どうせあんたもここから出る方法わかんないんでしょ?」


あーわかんねーよ。とりあえず、あの建物目指してんだけどさ。


「目指してるって。あそこどんだけ遠いと思ってんのよ。」


いや、そりゃそうだけど、この世界じゃ目指すのあそこくらいしか思いつかないだろ?


「思いつかないけど、そこに行って何もなかったらどうするのよ?」


なかったら?考えてもなかった。どうするかなー。とりあえず、そん時考えるかな?それがどうしたんだ?


「どうしたんだ?あんた馬鹿じゃないの?まーいいわ。私には関係ないし。」


は?なんで馬鹿呼ばわりされなきゃいけないんだよ。カチンときたが、別に言い争ってもどうしようもないと思った俺は、それじゃあな。とだけ言って、瓦礫の山のてっぺんに飛ぼうとした。


とんとんと背中をたたかれた。振り返ると見知らぬおばあちゃんがそこにいた。俺はどうしたんだろうと何か?と聞いてみる。そのおばあちゃんはそれには何も答えず、つばの狭いいびつな形の麦わら帽子を俺に渡すとニコっと笑って去っていった。ちょっとと呼び止めたが全く反応してくれなかった。とりあえず被ってみる。まぁ日差し避けにはいいかな。そんな風にしてる様子をでか栄子は冷めた目で見つめてくる。なんだかな。もう文句を言うつもりもなかったので、改めて俺は瓦礫の山のてっぺんに飛んだ。それを見たでか栄子の大声が聞こえる。


「あんた、もしかして飛べるの?」


無視して行ってもよかったんだろうがどうにも気分が悪いのででか栄子のところへまた降りて、だったらどうなんだよ、飛べるって言ってもそんな飛行するってかんじじゃないぞ。と訂正した。


「ふーん。いいわ。私もついて行ってあげる。あんたそんな特殊能力っていうの?そういうのって、そんなん持ってるなら最初から言いなさいよ。道すがら、私が知ってることだったらなんでも話してあげるから。」



まったく望んでいない奇妙な二人旅が始まった。でか栄子の話は、さっき聞いた話と大して変わり映えするものではなかった。新しく知ったのは、こいつも俺と同様どこかから来たということだけ。しかも、どこから来たのかは答えたくないという。完全に騙された気分だった。別にそこはまーいいんだけど、でか栄子に合わせてるからやっぱり歩みが遅い。いったいいつになったら着くのやら。


「あんたねー。ちょっと特殊な能力持ってるからって調子に乗ってるんじゃないの?」


さっきからずっと文句を言い続けているでか栄子。だから、ついてくるなって言ったのに。こうなることは最初から目に見えていたのだ。俺はぐちぐちと言いながら地面を歩くでか栄子を待つ間、元はビルかなにかだったと思われる崩れた瓦礫の山のてっぺんに座り、この世界を眺めていた。見渡す限り、瓦礫に覆われた景色。太陽はずっとそこで時が止まってしまったように、ここへ来てもはやどのくらい時間が経ったか分からないが、今も頭上に留まって輝き続けている。あらゆる時間が壊れたまま止まっているようないびつな世界。柔らかい風だけが絶えず吹いている。


「あんたちょっと降りてきなさい。」


ようやく追いついたでか栄子は俺を睨みながら、そう言った。仕方ねーな。俺はすくっと立ち上がると、でか栄子がいる地面まで飛び降りた。こんなんじゃ時間がいくらあっても足りない。ついてくるなって言ったのに。


「ここはしょうがないわ。あんた私を運んでいきなさい。」


何がしょうがないのかさっぱり分からなかった。そもそも俺はついてくるなと言ったのだ。被っていたいびつな形のした麦わら帽子を触りながらどうしたものかと悩む。


「あんたと私は似た者同士でしょ。他のやつらと違ってここに知らないうちに来ちゃったんだから。あんたはなんかわかんない能力があるから大丈夫かもしれないけど、私にはそれが無いの。わかる?そういう意味だったら、私のがあんたに比べて被害者でしょ?」


どんな理屈なんだよ。あーもう仕方ねぇ。俺は諦めて、でか栄子の前にお尻を向けてかがんだ。分かったよ。ほら。


「何よあんた、その恰好?」


いや、だから、運べって言ったのはお前だろうが。


「馬鹿じゃないの?こっちはうら若き乙女なのよ。あんた、なんか特殊な能力あるんだからそれで何とかならないわけ?」


こいつは一体何様なのだ。置いて行っても気分が悪いし。俺はふと思いつきそれを実行した。でか栄子をお姫様抱っこの要領で抱えたのである。


「ちょ、ちょっとあんた離しなさいよ。」


文句を言いながら暴れるでか栄子を無視して、俺は思いっきり先ほど座っていた瓦礫の山のてっぺん目掛けて思いっきり跳躍した。


「きゃっ!」


でか栄子は、暴れることをやめ、俺が着ているカーディガンの胸元をぎゅっと握っている。やっと、おとなしくなった。けど、あんま引っ張るなよ。伸びたら嫌だから。俺は目的地である瓦礫の景色には一際異彩を放つでか栄子彼方に見える建物へ瓦礫の山のてっぺんを蹴りながら進む。


「あんた、早いのはいいんだけど、絶対転んだりとか、私を離したりしたら承知しないからね。」


はぁ。なんなんだよ、まったく。ふと思ってでか栄子に聞いてみる。この帽子なんであのおばあちゃん俺にくれたんだろ?


「さぁ?知らないわよ。あのばーさん、多分私が来た時にはすでにいたはずよ。なんでか知らないけど、瓦礫の中から紐みたいなの見つけてきてそれをずっとそんな風に編んでたの。あのばーさんのいるところにいっぱいあるの見た覚えがあるわ。誰かにあげるのなんて見たことなかったけど。あんたが初めてよ。」


ふーん。まぁ少なくともお前にやろうなんて思わないだろうな。


「なによ、あんた。別に欲しいとか思ったことないんだから別にいいけど、その言い方ないんじゃない?」


こら、引っ張るな。伸びたらどうすんだよ。



目的地である建物に近づくにつれ、俺の妙な既視感は段々と高まっていた。そして、問題の目的地に着いた時、それは確信に変わった。うちの学校じゃねーか。


「なに?あんたが通ってた学校なの?この違法建築の見本みたいな建物があんたの母校なわけ?」


さすがに、校舎が折り重なって、まるで昔映画で見たようなアンダーグラウンドな城を母校とは言えないけど、この正門と折り重なった校舎の中央に塔みたいに生えてるあの建物についてる時計は紛れもなく見覚えのあるものだった。正門に設置された学校名をまじまじと見つめるでか栄子。


「あのさ、あんたってさ、ここら辺に住んでたの?」


住んでたの?って、そりゃそうだろ。住んでなかったら、母校にならないだろ?


「そりゃそうよね。変なこと聞いちゃってごめんね。とりあえず、中に入ってみるんでしょ?」


妙におとなしくなったと思ったが、勘違いみたいだった。スタスタと勝手に正門を越えて行こうとするでか栄子。せめて、お疲れ様ぐらい言えんのか、こいつは。



俺とでか栄子の二人はとりあえず、正門正面にあった建物の入り口から入ることにした。そこはまさしく、学校の入り口で中には見覚えのある下駄箱がずらーと並んでいた。



俺たちはしばらくの間、道なりに校舎の中を進んだ。時折、現れる階段は上を選んだ。でか栄子曰く、どっちみち人がいるんなら上にいるのが普通なのだそうだ。特に反論する理由もないので、それに従った。途中途中、教室らしきものを何度か覗いたが人がいる気配はなかった。とても不思議な造りになっているこの校舎は途中、扉を開けると屋上のように空が見渡せる場所に出たり、いきなり急こう配の下り階段が現れたり、さながら自分はゲームの中にでもいるようなそんな錯覚すらした。やがて、異様に広くそして異様に長く上まで伸びる階段が現れた。なんだろ?皇帝とかそんな偉い人がこの上にいるんだろうなっていうそんな雰囲気を感じさせるその階段に俺とでか栄子は思わず、顔を見合わせた。


「この上になんかありそうなのは間違いないわね。」


そうだな。なんか人がいてくれると助かるんだけどな。そう言った俺に対して、ジトっとした目を向けてくるでか栄子。なんだよ、いったい。


「あんたほんとどんだけ周りに恵まれて生きてきたのよ。普通、この上にいるとしたらどう考えても悪いやつでしょ。そいつからどうにかして戻る方法を聞き出すのよ。どんな手を使ってもね。」


うーん。どうにも話が嚙み合わない。出会った当初から思っていたことだが、ここに来てそれがもっとひどくなった。いったん俺はでか栄子を先ほど通った屋上に引っ張っていった。



「もう何よ。」


ぐちぐちと文句を言うでか栄子。しかし、もしあの上に人がいたとして、でか栄子のせいでうまく話し合いが進まなかったら元も子もない。俺はでか栄子にくぎを刺す為にここまで戻ってきた。万が一、でか栄子の言うことが当たっていてどうしようもない敵だった場合、ここならすぐに飛べばこの異様な校舎の城からも逃げ出せるはずだと考えたからだった。俺はでか栄子に人がいても威圧的な態度とかそういうことをしないように言った。


「は?なんでよ。舐められたら終わりじゃない。強気でいかないと、絶対損するわよ。」


何言ってんのよと抗議の言葉を次々と繰り返すでか栄子。やっぱり、こいつの今までの言動からそういう答えになるだろうことはなんとなく予想できてはいたが、どうしたものか。まだ相手がどんなやつかも分からないし、もしかしたら案外気が合って色々この世界の事教えてくれるかもしれないだろ?すっかりデフォルトと化してしまったでか栄子のジト目。でか栄子はそのまま続ける。


「あんたほんとに社会ってものがまるでわかってないのね。いい?まず第一に人は自分のことしか考えてないの。そして、自分が得するために他の人を努力して蹴落としていくの。じゃないと幸せになんか絶対なれないの。」


は?俺にとって予想もしない俺の中には絶対に出てこない答えだった。ってことは、何か?普段はみんな幸せじゃないって言いたいのか?


「そうよ。あんた学生でしょ?誰が学費払ってくれてると思ってるのよ。お金を払わなきゃ誰も何も教えてくれないのよ。社会に出たらその差が大きく出てくるの。そりゃそうよね。誰もお金貰わなきゃ教えてくれないんだから。」


俺はやっと山本先輩が悩んでいる意味を理解できた気がした。多分、山本先輩の言葉を聞いてなかったら、なんとなくこのでか栄子の言葉に賛同していたかもしれない。しかし、そんな奪い合うことになんの意味があるのか?その瞬間の幸せのためにみんな普段はしんどい思いをする。お互いに助け合うことも出来るんじゃないのか?俺はそんな話をでか栄子にした。


「馬鹿じゃないの?そんな甘っちょろいこと言ってたら他の誰かの餌になるだけよ。」


だからその意識をだなと言おうとしたが、堂々巡りになりそうで途中で話すのをやめ、俺は【合言葉、なんだそりゃ】と唱え、剣を発動させた。


「なによあんた。良いもの持ってるじゃない。これならどんな相手が来ても多少は交渉できそうね。」


そうだな。だから、俺に任せてくれよな。正直、あんまりこのでか栄子に余計なことをしてほしくはなかった。



さっきの階段を駆け上がり俺たちは扉の前に立った。でか栄子に余計なことするなよと改めてくぎを刺す。渋々といった様子ででか栄子は首を縦に振った。



扉を開けると妙にそこは懐かしい感じがした。広さとしては普段見ている教室の2倍くらい。ちょうど、教室の真後ろが扉ならこんな景色を見ることが出来るのだろうか。奥には黒板。教壇の上には教卓がおかれており、ある人物がそこにたたずんでいる。両側には窓があり、そこからは俺たちが通ってきたであろう荒廃した瓦礫の山々が一望できた。それ以外、この部屋には何もなかった。上田先生!俺は思わず、先生に向かって駆け出そうとした。ぐっと、俺の襟を掴んででか栄子がそれを止める。なんなんだ、いったい。小声ででか栄子が俺に注意する。


「あんたねー。あんたとあいつがどんな関係か知らないけど、あいつの目見えないの?絶対やばいやつよ。」


そんな馬鹿な。入口で俺たちがそんな風にまごまごしていると上田先生から声を掛けられた。


「君でしたか。最初にここに辿り着いたのは。しかし、私が想定していたものとは少し違うのが残念です。君は時を飛び越えられるみたいですね。その方法を私に教えていただけませんか?」


俺は答えようとした。それをでか栄子は制して、


「どうしようかしら?とりあえず、教えてほしいって言ってきたのはあんたなんだから、先にあんたが私たちの質問に答えてちょうだいよ。」


勝手なことを言っている。俺自身、先生の求める答えを知らないのにでか栄子ははったりでこの世界のことを知ろうとしている。。俺はでか栄子の制止を振り切って、知らないと答えた。でか栄子はそれを聞いて怒り狂ったように俺に文句を言い始めた。うるさくてかなわない。


「知っていましたよ。あなた方が知らないことは。ただそこは問題ではないのです。あなた方が何と答えるか、それが一番の問題だったのですよ。」


「はぁ?あんたこっちになんも手札がないの知ってて聞いてきたって言うの?ほら、よく見なさい。あんた、散々さっき綺麗事並べ立ててくれたけど、所詮、社会はこんなもんなのよ。こんなやつみたいな知ってるやつが知らないやつをあざけ笑って、馬鹿にしてるのよ。だから、知らないやつは必死にやんなきゃダメなのよ。」


俺の襟を掴んで、俺と先生へ交互に視線を飛ばすでか栄子。違う、違うんだ、でか栄子。


「お嬢さん、それは違いますよ。別に私がなんと言おうがあなた方が正直に答えていれば、。君は私が何を言いたいのか理解できたみたいですね。さすが、私にという素晴らしい言葉を授けてくれた人だ。まぁそのあとはありましたが、ここに至ってはもはやいい思い出にすら思えます。」


「あいつ何言ってんのよ?」


でか栄子はあまり理解出来ていなかったみたいだったが、先ほどより多少トーンダウンしてくれていた。それよりも先生の多少のいざこざという言葉が気になった。もしかして今の世界は先生にも原因があるってことなのか?そりゃ、こんなところにいて無関係ってわけないよな。そりゃそうなんだけど。


「では、早速、この世界の成り立ちについてお話ししましょう。きっかけは君とのいや、君とその仲間の皆さんとのいざこざが発端ですが、どうやらそれを君は知らないようですね。どうしましょうか、それを話してもいいのでしょうか?しかし、君がここにいるということはもはやタイムパラドックスといった諸々の問題は問題ではないのでしょうか?不思議ですね。まぁいいでしょう。話の核はいざこざではないのですから。そこで私は君のその剣のように特殊能力を手に入れます。その能力で私はこの世界の意識と異世界の意識を融合させることが出来るようになりました。そこに異世界の意識も入り込んでくるんですよ。面白いと思いませんか?私はいくつかある異世界の中から一つの個の意識が全体の意識となる一種の独裁国家とも言える異世界の意識とこの世界の意識を融合させました。そして、私はたった一つ新たな概念を作りました。人は劣化しない完全無欠で、生殖活動を必要としない存在。」


そんな馬鹿な話がとも思ったがこの世界に来て以来ずっと不思議だった疲れない体はそういうことだったのか。


「そんな馬鹿な話、あんたがこの世界を作ったなんて誰が信じるって言うのよ。」


でか栄子は思わず反論する。先生はそれには全く動じず、


「信じる信じないかはもはや問題ではないのです。事実がそうなのですから。あなた方も身を持って経験している最中じゃないですか。別にこの世界は私が作ったわけではありません。私は一つの概念を作っただけです。」


それを聞いたでか栄子は思わずへたり込んで黙ってしまった。俺は太陽のことを聞いてみた。あれは先生の仕業じゃないってのか?


「そうです。ここからが面白いのです。私が新たな概念を作ってからしばらくは世界は何事もなく回り続けましたが、徐々にその異変に気付く人が現れ始めました。先ほど、お嬢さんはある持論を彼に持ちかけましたね。社会では誰も教えてくれない。まさしくその通りになりました。気付いた人だけが徐々に社会を離れ始めました。人は劣化や飢えを克服するためあらゆることと戦ってきました。その意識がそうさせるのでしょうか?私にはその真意を測ることはできませんでしたが。」


どうやら先生は俺たちのことをずっと監視していたみたいだった。でか栄子はそれに気付いただろうか?さっきからずっと床にへたり込んで薄ら笑いを浮かべるだけになっていた。


「世界の半数以上がこの概念に気づいた時です。それは突然起こりました。太陽は動くのを止めたのです。面白いと思いませんか?人の意識が世界の常識を覆した瞬間ですよ。それから各国はこぞって自国が保有するミサイルをすべて撃ってしまいました。理由はお嬢さんがここにいる三人の中で一番説明できるのではないですか?」


正直、何故太陽が止まってからそんなことになったのか俺は理解できなかったが、でか栄子はさも当然のように答えた。頬にはうっすらと涙の線が出来ていた。


「だって、そんな世界認められないもの。何のために人に恨まれてでも生きてやるって、見返してやるって私は幸せになるんだって、やって…きたのよ。それを…それ全部否定されんのよ。そ、そんな世界…な…んて絶対…絶対認められないわ。」


でか栄子は流れる涙で言葉に詰まりながら答えた。


「この辺りはまだましな部類に入るのですよ。世界中の都市部はもはや跡形もありませんよ。私が望んだのはの観測ですから正直、選別を勝手にやっていただいたのは助かったんですがね。こうまでインフラが滅茶苦茶になってしまうとは。そこはだいぶ痛手でしたね。これではしばらくの間待たなくてはなりません。」


先生はどうしてそんな風になってしまったんですか?俺は思わず疑問を口にした。先生は俺とかみんなどんな人にも惜しみなく与える人であったはずで、こんな選別だとかそんな物騒なこと言うはずなんてないはずだ。


「どうして?ですか。君から意識について聞いた時からでしょうか?私はこの世界を変えてみたい衝動に駆られましてね。正しさだけを求め、そこからはみ出してしまったものは容赦なく捨ててしまうこの世界を。中断していた隕石の研究を再開したんですよ。」


隕石?それはもしかして校庭から出てきたやつの事だろうか?あれにどれほどの価値があるんだろうか?


「反物質。あの隕石の中には、まさにそれと匹敵する?あレ?オカシいでスね。私はセカイをいい方コウへみちビくための、決シてかんそくなんテもnもtめてタんですカね?せんベつなんてまシテや。」


どうにもさっきから先生がおかしな動きを始めていた。糸で吊られたマリオネットが動いてるのをコマ送りで見ているようなカクカクと動き始めるとやがて先生から異世界からの割れ目のようなヘドロのような緑やら赤やら様々な絵の具をパレットでかき混ぜた色をした得体の知れないものがあふれ出してきた。俺はへたり込んでいるでか栄子を無理やり立たせる。おい、大丈夫か!まずいことになるかもしれない。


「大丈夫、大丈夫だけど、だけど…」


ダメだ。でか栄子はこの状態じゃ何も出来そうにない。くそ、こいつを抱えて窓から飛び出すか?そんなことを考えていると先生にまた変化が起こった。あふれ出たヘドロのようなものが先生を包み込むとやがて一人の人間を形作った。足まである銀色の長髪。顔は先生のままだが、優しさの欠片もない冷たい眼光がこちらに向けられていた。


「いやー。助かったぜ。こいつの中にいたんだが、生命の凍結なんつー無茶なことされたもんで出られなくなってたんだよ。暗示が強すぎたんだろうな。揺らぎができてよかったよ。あーっと、名前つー記号がいるんだっけここでは?そうだなー。ベルにするか。俺のことはベルと呼んでくれ。」


おそらく即興で名付けたおおよそ愛着も何も感じられない自分の名前を誇らしそうに名乗ったこいつは一体なにもんなんだ?お前はなんなんだ?それに先生は?


「何かって?うーん。面白い質問だなそれ。じゃあ逆にお前答えられんのか?お前はなんだ?って聞かれて。先生?そりゃお前、先生は俺の養分になってくれたんだよ。凍結の分だけ腹は膨れてんだけど、まだちょっと入る気がするからお前もくれや。」


そう言って、ベルは右手のひらから大きな剣を出すとそれを持ち、こちらに斬りかかってきた。俺は慌ててでか栄子を後ろに投げると自分の剣でそれを受け止める。


「おぉ。いいね、いいね。結構長い時間こいつの中に閉じ込められてたから、こういうのワクワクするなー。」


下品な笑顔を振りまきながらベルは剣をグッと押さえつけてくる。それを必死に受け止めながら、俺は聞く。お前の目的はなんだ?


「目的?目的ねー?さっきから難しいことばっか聞いてくるな。お前は考えたことあるのか?」


そう聞かれて俺は不覚にもハッとしてしまった。生きる目的。人に聞いといて俺自身その答えを俺は持っているのか?正直分からない。だけど、目的になるかなんて分からないけど、俺は昔の自分が諦めてた自分の人生の主人公になるんだ。まだ方法なんて思いつかないけど、昔の自分みたいな人を救ってみたいんだ。生きることって本当は楽しいことなんだって。意識さえ変えられれば世界は輝くんだって。そう叫んで、俺はベルの剣を力任せにはじき返した。


「おりょ?」


ベルはその勢いに押され、黒板の前へ飛んだ。そして、不思議な顔をして、左手を握ったり開いたりしていた。どうしたんだよ、いったい。


「いや、それがさー。なんつーの?久しぶりに生身つーか体動かしたらどうも違和感がこの先生だからかな?とりあえず、このまま真っ向からお前相手すると変なことになりそうだわ。」


そう言うとベルは握ったり、開いたりしていた左手を俺の方向へ突き出した。突然後ろから衝撃を受けて俺の身体が前に飛んだ。


「うっ!?」


でか栄子のうめき声が後ろから聞こえた。

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