九十九話 アカツキの古ダヌキ・二
一晩の宿泊で、紙と木をうまく組み合わせた独特の建築様式を堪能したヴァルアスは、充溢した気力でもってキキョウの庁舎へと足を向けた。
大都市の行政機関であるとは信じられないほどに、二階建てのこの庁舎は小規模だ。
実務的なことでいえば、ここは住民が必要な申請や手続きをしに来るだけの場所であり、実際の政務は桔梗会の事務所建物で行われているからだった。
そして象徴的なことでいえば、諸国家が一つの連合体を形作り、そして諸国家はそれぞれ独立した政治形態を持つために、キキョウでの庁舎というもののありようはこうだということを示す意味合いも暗に含まれている。
今回は庁舎の方にある応接室を尋ねるようにヴァルアスは使者から伝えられていた。
つまりタキはアカツキ諸国連合の会頭として会う、あるいはアカツキ国内にそう広めたいという意図があるのだろうと、ヴァルアスも薄々と察している。
タキ個人としての招待であれば自宅であろうし、桔梗会の商会長としてであれば商会の事務所であっただろうというのが理由だった。
「……」
無言でそんなことを考えていたヴァルアスは、特に何事もなく庁舎二階にある応接室前まで職員に案内されていた。
「それでは、中で会頭がお待ちですので」
そう言って去っていった職員は、キキョウ庁舎に務めると同時に桔梗会の従業員でもあるのだろう。
桔梗の花を模した意匠の襟飾りへと一瞬だけ視線を向けたヴァルアスはそう予想したが、この街――というよりはこの国において、そこをいちいち分けて考えようとする方が間違っているとも思われた。
がちゃり、と小さくはない音を立ててヴァルアスは扉を開く。
ノックをしなかったのはここが庁舎の応接室であって私室ではないこともあったが、今の状況そのものに対しての不満を表明するためというのが主な理由だった。
「いらっしゃい……。思ったよりもすぐに来てくれたんやな、そんなにあての孫娘が気になったんか?」
しかしそんなヴァルアスの意図的な非礼など意にも介さず、背筋のすっと伸びた姿勢で座るアカツキ諸国連合の会頭は、艶然としか表しようのない表情を浮かべている。
「よくもぬけぬけと……、この古ダヌキめ……」
「かっかっかぁっ。あんたはんも年甲斐もなく短気やなぁ、あてみたいにかいらしい小動物に例えられるくらい愛嬌っちゅうもんを身につけてみた方がええんとちゃうか?」
普通は本人の耳目に届かない場で称されている悪意あるあだ名を、遠慮もなく口にしたヴァルアスだったが、連達の大商人は一笑に付すのだった。
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