九十八話 アカツキの古ダヌキ・一

 アカツキ諸国連合は、シャリア王国とガーマミリア帝国の東方に位置し、他国と比べれば一都市や一地方規模の小さな国々が集まって連合国家の体を為していた。

 

 農産物から鍛冶製品まで特に生産力の面でシャリア王国に及ばず、ガーマミリア帝国のように精強な騎士団を各地に擁する訳でもない。

 

 そんなアカツキが代表会談の参加国として他の二国とも対等に渡り合う現況は、商業力――つまりは商人たちの能力――が抜きんでて高く、そしてそれを背景にした外交力によるものだった。

 

 特にその中でも知られるのが、アカツキを代表する商会である桔梗会。

 

 とりわけその創業者でもある商会長であり、長くアカツキ諸国連合の会頭も務めるタキ・レンジョウインこそが、アカツキ商人の象徴のような存在となっていた。

 

 「ほう……これはまた趣深い……」

 

 その桔梗会が本拠とし、アカツキの中では西部に位置する大都市キキョウに辿り着いたヴァルアスは、商店や宿の立ち並ぶ通りを見渡して思わず唸る。

 

 日が傾き始める頃合いであり、ぽつぽつと灯され始めた提灯と呼ばれるこの地方独特の照明具が、優しい輝きを放っていた。

 

 熱意は表に出さず、内に秘めることを良しとするこの地の人々を象徴するような光景に、ヴァルアスとしてはなんともいえない異国情緒が胸中に溢れる思いがする。

 

 細部に装飾が施された木造で背の低い建物が立ち並ぶ光景は独特だったが、しかしヴァルアスとしては懐かしさに近い想いもあった。

 

 かつては違う名であったこのキキョウは、交易都市として発展してきた地であり、また桔梗会のタキ・レンジョウインという傑物によって支えられてきたという面もある。

 

 つまり成り立ちという部分では、ヴァルアスがその人生の大部分を過ごした交易都市スルタと似ているのだった。

 

 「……ふむ……おっ! はぁぁ……」

 

 そこまで深く考えてはいないヴァルアスではあったが、ともかくこの一時は憂鬱な目的を忘れて驚いたり感嘆したりしながらずんずんと進んでいく。

 

 「ここでいいか」

 

 そして王国と帝国とはやや違った寝床の絵柄の看板を見つけて、そこをこの日の宿と定めた。

 

 旅の道中で集めた情報からすると、現在はここキキョウにタキがいるらしく、それは使者から呼び出された場所とも一致している。

 

 であるので、ヴァルアスからすると言い掛かりのような婚約者に関する話をしに来た相手は、もう目と鼻の先にいるはずだった。

 

 その状況で一泊しようとまず宿へ来たのは、ひとつは単純にもう夜が近く、仮にも一国の代表者である相手に会うのであれば明けてからと考えたからだ。

 

 そしてもうひとつは、半月ほどの旅の期間でも収まらなかった驚愕と混乱を、今一度鎮める努力をしたかったからだった。

 

 どちらの理由がより大きいのかは、表面上は落ち着きを保っている白髪の老英雄本人にも、よくわからないことであったが。

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