九十五話 東方からの使者・二
愛想で笑っていたブランだったが、ふといじわるな思考が浮かぶ。
伝説的な英雄相手にも、あるいは随分と年上の上司に対してでも、適切でも妥当でもないことだったが、しようもないイタズラを思いつき、さらには即座に実行してしまうのがブラン・ユスティーツという若者だった。
「それじゃあこの後は門のところまで迎えに行きます? あとはオレだけでも大丈夫なんで」
半分はからかいのつもりでブランが提案すると、ヴァルアスは小声で「そうだな……」と口にしながら思案する。
あとはブランだけでも何も、直近の急ぐ仕事は特にない状況であり、さらにはこれはヴァルアスのオレアンドル商会なのだから、行きたいなら行けばよいことだった。
とはいえ大体の予測はついているとはいえ、別段と約束をしている訳でもなく、そろそろかもしれないしまだかもしれない相手を待とうなど、ブランからすれば「なるほど英雄も新婚だとこうなのか」という感想しかない。
「ふむ……いや……だがな……、よし、では行ってくる」
色々と考えた末に本当に今から門まで様子を見に行くことにしたらしいヴァルアスが小さく手を上げながら身をひるがえした。
言葉通りに特に引き留めるつもりもなかったブランは見送ろうとしていたが、その時ちょうどヴァルアスが向かおうとしている方向から遠い声が聞こえてくる。
「――――っ!」
「ん?」
「あれは……っ!?」
何を言っているのかはさすがに全く分からなかったその声は、ヴァルアスにとっては聞き覚えがあった。
「ティリアーズ? 何やら怒っているようだが」
「何か揉め事ですかね?」
「そうだな、切羽詰まっている様子でもないが、何かはあったんだろうさ」
住民の悲鳴があわせて聞こえるでもなく、ティリアーズが戦闘状態になった様子がある訳でもないことから、ヴァルアスは落ち着いた反応を見せている。
とはいえ、戦闘時の激烈な闘志とは裏腹に普段は比較的冷静なティリアーズが、怒りを滲ませた大声をだすなど、珍しいことだった。
「まあ、とにかく見てくる」
「ええ、いってらっしゃい」
どちらにしてもここで考えても何かが分かるはずもないと、ヴァルアスはブランに後を任せて歩いて声のした方、ノースの町北門の辺りへと向かうのだった。
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