九十四話 東方からの使者・一
ガーマミリア帝国では大型の魔獣や大規模な群れが比較的迅速に処理されることにヴァルアスは感心する一方で、散発する小型魔獣や盗賊の被害にオレアンドル商会として対処してきていた。
まだ数日程度ではあったが、わかりやすい場所にわかりやすい形で頼りにできる戦力がいるという状況は、人々から歓迎されつつある。
一方でヴァルアスが規模を意図的に小さくしているとはいえ、ノースの町に私兵団が駐留するような形にも見えるこの商売を、地域の領主が、そして皇帝がどう判断するかはまだまだこれからのことだった。
そんな順調ではありつつも不安を残した近況にあって、しかし本日のヴァルアスは見るからに機嫌が良い。
「――という感じみたいですね。……どうしました?」
数日前に偶然捕まえた盗賊――麻痺粉で不意打ちをした男――から町の衛兵団が尋問して得たという情報を報告しながら、ブランはヴァルアスにふと尋ねた。
同類の盗賊は付近に潜んでいるものの、互いに深くは関わらずに活動していたらしく、今のところは有効な情報は無い。
そんなどちらかといえば面白くない報告を受けていたヴァルアスの口元が、何故か緩んでいることが不思議に感じられたようだった。
「ああ? いや、まあ仕事には何も関係ないことなんだが……」
いよいよ完成が近づいてきた建設中の店舗前でブランから報告を聞くのはヴァルアスにとって仕事中だ。
その時間に仕事とは何やら関係のないことを考えていた。つまりそういう理由で気まずそうな表情を浮かべているということだった。
しかしやはり申し訳ないというよりは、どこか浮かれた雰囲気の方が強い。
「……が?」
別に急ぐ話でもない、というか盗賊からの情報については話し終えていたブランは、一旦その話題を促すことにした。
「ん、聞きたいか。いやティリアーズが、な。そろそろ戻る頃合いだと思っておってな」
「ああ……そうなんですね」
予想通りにそれは、ブランにとってはほぼ名前しか知らないヴァルアスの妻のことだった。
人族の英雄と竜族の使者の結婚については、その詳しい経緯はともかくとして、このノースの町では有名な出来事だ。
ブランも当日は騒ぎを聞きつけてただ酒にありつき、遠目に人化した片角の竜族を見ていた。
とはいえティリアーズとは知り合いでもなく、ヴァルアスの結婚に至る経緯にも特に関わってはいなかったブランにとっては紛うことない他人事。
などと白けた思考がこの一、二年を独りで過ごしてきた若手冒険者の頭を過ぎったものの、仕事上の上司にして雇い主が機嫌よくなるのなら不満はない、と思い直してとりあえずは笑顔を浮かべたのだった。
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