九十一話 英雄開業・九
「挨拶が遅くなりましたが、魔剣リーフです。よろしくお願いします、ブランさん」
「あ、え、おぉ、よろしくお願いします……?」
“魔剣”のところで指差す方向をヴァルアスの腰のロングソードへと向けながら、リーフが丁寧で淡々とした挨拶をすると、戸惑うブランも小さく会釈する。
「あ、いや、それより魔獣か。オレが行きます?」
「なら、頼む。こっちはワシが処理しておこう」
全ての魔獣が血の匂いに引き寄せられる訳ではないが、そういうものもいる以上は、倒したファングウルフの処理も決して優先順位が低いということはなかった。
それ故に、複数で来ている利を活かそうと、ヴァルアスは指示をだした。
というのも、それほど強くはないグルベアとの戦いは、群れのファングウルフすら圧倒するブランなら楽勝だろうということが一つ。そして魔剣を所持するヴァルアスなら、魔獣の死骸処理は楽にできるというのがもう一つだ。
「そうだな、あのあたりに穴を掘れるか?」
「この辺りは草原でも草がまばらなので……、とりあえずやってみますが」
早速走り去っていったブランの背中が既に遠くなっているのを見送りながら、ヴァルアスは肩に乗ったままのリーフに頼んだ。
だがヴァルアスが指定した街道から少し離れた草地は、草地というには少し地肌が見えているような場所で、あくまで植物を操る理術に特化するリーフには難しいようだった。
ボ、ゴァッ!
「……ふむ」
大仰な掛け声も仕草もなく、リーフが端末体の小さな眉間にしわを寄せたと思った瞬間に、地中の根が暴れ土が盛り上がる。
しかし事前にリーフが言い訳し、結果を見たヴァルアスが微妙な反応を示したように、それは穴といえるほどのものでもなく、地面が粗く耕されたような状態となっていた。
とはいえ、硬い地面が柔らかくなったのであれば、ヴァルアスにとってはそれで十分でもある。
特に不満そうな様子もなくヴァルアスは耕された地面へと近づいて立ち止まった。
「これで十分だ」
右足を持ち上げたヴァルアスの右側頭部が淡く光り、立派な竜角が現れる。
「むぅん!」
ゴッ……バァァン
その足を振り下ろすと局地的な衝撃は柔らかくなっていた地を吹き飛ばし、ちょうど四匹の魔獣を収めて少し余裕がある程度の穴が出来上がっていた。
「よし、こんなものだな」
「お見事です、マスター」
角を消したヴァルアスが、自分で作ったばかりの穴から軽やかな跳躍で出てくると、ちょうどブランも戻ってくるところだった。
「おぉ、ちょうどいい感じの穴ですね、ヴァルアスさん」
「終わったのか。三頭とも?」
「そうですね。わりと近い場所にいたので」
戻ってきたブランが手に持っていた魔獣の爪を見てヴァルアスは三頭のグルベアが討伐されたことを察する。
グルベアの手は片手に五本ずつ爪が生えているが、そのうち一本ずつは極めて強度が高い。つまり今戻ってきたブランが袋へ入れている爪が六本あることから、計三頭をこの短い間に倒してきたことがわかったのだった。
植物の密度がそれほど高くない場所で探知精度に期待ができないとはいえ、リーフが事前に探知していたのは単独のグルベア。
ということは、三頭はそれぞれある程度は離れていたはずだった。
街道から離れた場所であるために処理は必要なかったとはいえ、それらをすぐに察知し、倒し、そしてしっかりと金になる部分だけは剥ぎ取ってくるとは、ブランの冒険者としての能力はヴァルアスの予想を超える程だ。
「うむ」
穴へとファングウルフを放り込んで埋めるのを手伝うブランを見て、ヴァルアスは自分の見る目の確かさとブランの将来性に満足して、一人頷いたのだった。
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