八十三話 英雄開業・一
ちょっとした祝いの席が意図しない披露宴になった次の日、ティリアーズは早々とノースの町を出発しようとしている。
「とりあえずデイヅさんに今度こそ報告してくるわね。その後はどうなるかはわからないけれど、こっちに戻れそうならすぐ戻るわ」
「ああ、ワシはしばらくここで依頼をこなすことになる」
巨人族との戦いの時、ティリアーズはノース山脈まで辿り着く前に悪い予感がして引き返していた。その後すぐに目覚めた巨人族の気配に気付いて竜化し、一気に戻ったのだった。
「ところ、で……」
だがノースを発つ前に、朝から気になっていたことにティリアーズは触れる。
「む? ああ!」
ヴァルアスの様子から深刻なことではないと思いつつも、ことがことだけに触れづらく、この時まで聞けずにいたのだった。
それは今ティリアーズがじっと見ているヴァルアスの右側頭部。
そこにつがいとなってから昨日までは確かにあった片角が見当たらない。
今のヴァルアスは完全に人族のままの姿をしていた。
だが「言い忘れとった」と小声で呟きながら頭部を撫でるヴァルアスには、やはり重い雰囲気はない。
「時間が経って完全に馴染んだということらしい」
「馴染んだ?」
「つまり…………こうだなっ!」
一瞬だけ力んだ様子をヴァルアスが見せると、魔力に敏感な目を持つ竜族であるティリアーズには、ちょうど注目していた右側頭部から魔力が溢れ、そして収束していく様が見えた。
「……あ」
そしてすぐに、ティリアーズの左側頭部から生えるものと同じ形状の角が、ヴァルアスの右側頭部に再び姿を現す。
「気合いを入れて戦闘態勢をとると出るようだな」
「そうなのね」
竜族の人化状態は角の生えた人族で、戦闘状態は竜の姿。一方で半竜半人の人化状態は完全な人族の姿で、戦闘状態でそこに片角が生えるようだった。
「それも一応報告してくるわ」
安心したらしいティリアーズが、今度は冗談含みの余裕のある口調で告げる。
対してヴァルアスの方が今度は申し訳なさそうな表情を見せていた。
「本当にすまんな、一緒に行った方がいいのだろうが」
「仕方ないのもわかってるって、言ったでしょう?」
ヴァルアスは今、ノースの町近辺での冒険者としての依頼をいくつか受けている。
魔獣の討伐や、偵察、あるいは盗賊への対処など、必ずしも緊急性の高いものではなかったが、取り掛かれる時にやっておかないと大変なことにもなりえるというのは、今のヴァルアスやティリアーズが一番実感している事だった。
確かにガーマミリア帝国において、領主がすぐには動いてくれないような事態に対して、冒険者の数も質も足りないというのは問題だったが、今ヴァルアスが依頼を抱えているのは本人の意向もあった。
「思うところもあってな。頼まれたものは、一旦全て受けたからしばらくはここを離れられん」
「ヴァルアスさん……、ムクッシュさんは多分ダメで元々みたいなつもりで色々取り次いできているので、断っても大丈夫ですよ……」
そこにティリアーズの見送りに来ていたペップルがおずおずと口を挟む。
ヴァルアスがムクッシュの持ってくる依頼をどんどんと受けるのを、横で見ていたペップルの方が何やら不安な心持ちになっていたのだった。
「なに、思うところがあるといっただろう? 大丈夫だ」
「そうですか……?」
ペップルとしてはヴァルアスの体調も含めて心配しているようだ。
外見的には相変わらず七十を越えた年齢の年寄りであり、立派で分厚い体格をしているとはいえ、思わず配慮したくなるのも仕方がなかった。
だが、潜在魔力が大幅に増えて寿命も増しているヴァルアスには、随分と力が漲っており、体調も万全といえる状態となっている。
肉体年齢についてはせいぜい数年分若返ったという程度だったが、竜族の再生力により身体的な好調が常に最高に維持されるということが何より大きかった。
日によって足が痛い、腰が痛い、あるいは目まいがする、疲労も抜けない、というようなことが日常である年寄りにとっては、これは大変なこと。
「大丈夫だ、不安ならまあ見ていろ」
「ああ、いえっ! ヴァルアスさんを侮るようなつもりはもちろんないのですがっ」
だからといっておそらくは史上初の半竜半人となったヴァルアスが今の状態を口で説明しても伝わるはずがなかった。
だからヴァルアスは冒険者らしく行動と結果で見せると、慌てているペップルに向けてにかりと笑いかけたのだった。
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