六十二話 至高の木剣・十
ミノムシのような姿で吊られる盗賊から視線を外し、ヴァルアスは自分で打ち倒した三人を見て確認する。
「ぐぅぅ」
「いてぇ……」
「な……ん……だってんだ……」
「……なるほどな」
手応えでわかっていたことではあるが、倒れたままもぞもぞとうごめく三人はきちんと生きており、すでに意識も戻っている様子だった。
――ズバンッ!
「ふむ」
不意にヴァルアスは手近にあった木の枝に向かって魔剣を振るい、鋭い断面で斬り落とす。
「っ! ――? ――!?」
地面に顔を向けていた三人とは違い、ちょうどそれが見えていたらしい吊られた一人は、視覚で捉えられないほどの剣速に目を白黒させて絶句した。
が、それに構わずヴァルアスは続けてさらに何度か魔剣を振るい続けた。
ズバッ……ガッ……ザン……ドゴッ
枝が斬られ、叩き折られ、斬られ、また叩かれる。
「満足してもらえましたか?」
「ああ、大したものだ」
ヴァルアスが鞘に魔剣を収めたところで、再び肩の上に姿を現した小さな人の姿のリーフが緑色の長髪をさらりと揺らしながら尋ね、ヴァルアスは素直に首肯した。
どういった仕組みか、このリーフは言葉でやり取りをせずともある程度は使用者の意を汲んで刃の切れ味や、剣身の硬度やしなりを自在に変えてくれるようだった。
普通であれば植物を操るという理術を簡単に行使できることに感動するところだ。
だが周囲環境に少なからず依存するそれよりも、剣技の質を一つ上の段階へと押し上げる剣身制御の方がヴァルアスからすると上等なのだった。
*****
「こ、これで全てですか?」
「ああ、あの林にいたのはこれだけで間違いない」
「そうですか、助かりました!」
ノースに帰ったヴァルアスが、蔦で縛り上げられた四人の盗賊を引き渡すと、依頼者のムクッシュはほっとした様子で礼を言う。
さすがに相手が老英雄であると知って依頼をしてきたこともあり、力強く頷いたヴァルアスの言葉をこれ以上疑うつもりもないようだった。
「……どうでしたか?」
少しだけ遠慮がちに声をかけてきたペップルは、魔剣リーフのことを気にしていた様子。
渡した時に質を保証するということを言ったという事実が、後から不安になったのだろう。
「すば――」
それを安心させ、またこの少年商人の確かな目利きを称賛しようとしたところで、ヴァルアスは頭のすぐ横に現れた気配に口をつぐんだ。
「問題ありませんでした。そしてペップルさん、私の運搬をありがとうございました」
「「――っ!?」」
急に現れた童話の妖精かのような姿をしたリーフの端末体に話しかけられたペップルが声も出せないほどに驚く。
その隣では、気弱そうな雰囲気に反して臆面が無いムクッシュもさすがに平静を保てずに目をむいていた。
「え? あれ? なに……? えぇ」
「魔剣リーフ。ペップルが持ってきてくれたこのロングソードだ。それにしてもお前もシュクフ村に寄って来たのだな」
激しく戸惑うペップルに、ヴァルアスは非常に簡潔な説明をする。
「え? あ、は、はい。そこで見つけて……」
理解できないことを一旦脇に置いたペップルが、ヴァルアスの言葉の後半にだけ肯定を示した。
「それにしても……ワシが最後に見たリーフは粉々に砕けていたはずだったんだがな」
「あ、そういえば僕もシュクフ村の人からはそう聞いていました。けど塔の跡地で見つけたのはひびだらけでも剣の形で……、しかも旅の間にいつの間にか綺麗になっていたんです……。というか魔剣……なんですか?」
ヴァルアスの言葉に答えているうちに、少し遅れて“魔剣”という言葉に気付いたペップルが確認する。
「ああ、塔にいた理術使いエンケ・ファロスが作ったという、な」
「ははぁ……なるほど?」
納得しきれない声音ながらも、ペップルは腑に落ちたという表情を浮かべた。
自己修復したという事実からほぼ確信を持っていたことではあったが、ヴァルアスの肩に乗る端末体、そして塔の理術使いが“作った”という言葉がさらなる疑問を生んでいたからだった。
とはいえ、ペップルは商人としての知識で魔導具のことを知っていても、理術使いや学者ではない。
結局のところは、ヴァルアスがそう言うのであればそうなのだろうと、無理にでも受け入れるしかなかった。
「あの時……、塔との繋がりを失って機能喪失しかけていた私は、エンケ様によって用意されていた別の駆動方式へと切り替えられ、その衝撃で砕けたのです」
「わからんのだが……どういうことだ?」
視線を空へ向けて述懐するリーフに、今度はヴァルアスもわからない側へとまわる。
塔が無くなった後のリーフがこうして現存していることの理由は、ヴァルアスも全く把握していなかった。
「……?」
誰も理解を示していない状況に、一瞬リーフはその幼げな顔をきょとんとさせる。
そして「ああ説明していませんでしたか」と勝手に納得した表情へと移ってから、口を開いた。
「私は植物を操る魔剣。なので古代樹スクレロスの破片から加工されたこの
「古代樹……? 木だったのか」
思わず腰から魔剣を引き抜いて、ヴァルアスはまじまじと剣身を眺める。ペップルとムクッシュも無言ながら凝視している。
日の光を反射してきらめくそれは金属にしか見えない。が、実際に植物を操って見せた事実もあり、そうであれば話の筋は通っていた。
そして、そうなると残る疑問は一つ。
「別の駆動方式といったか? そんなことが可能だったのか?」
「塔から切り離すことが可能であるとは私も知りませんでしたが……」
知らなかったとは言いつつも、現にリーフがここに存在していることが答えだった。
「今はマスターの魔力によって駆動しています。運ばれている内は空気中の魔力を僅かに吸収するのみで時間をかけて見た目を取り繕うのが精々でしたが、魔力潤沢なマスターの手に収まったことで一気に力を取り戻し、こうなりました」
最後に胸に手を当てながらリーフはどこか自慢げに告げる。己の機能を説明し、それを聞いた人間たちが驚愕するのが自尊心を満たすのかもしれない。それが魔剣の疑似精霊に存在するのなら、であるが。
「とにかく塔ではない魔力源に切り替えた、と。……で、どこの誰の名前だ? そのマスターってのは」
若干疲れてきたヴァルアスが、深く考えずに質問した。
「……」
「……ん?」
だが肩の上から向けられた小さな指は、確かにヴァルアスの頬を指していた。
「マスターは名前ではありません。“主様”という意味の古代語で、あなたのことです、マスターヴァルアス」
「ワシ……だと? マスターとやらになった覚えは……ないのだが」
エンケの塔での戦いと、脱出時の事を思い返しながらヴァルアスは記憶にないと否定する。
実際、記憶の中ではリーフからの提案をきっぱりと断ったはずだった。
「ええ、マスターからは振られました。しかしエンケ様によって切り替えられた際に設定されていたのが、間違いなくマスターでしたので」
「あの……理術使いめ」
何も言わずに勝手に置き土産を用意されていたことに時間が経ってから気付いたヴァルアスは、何ともいえない表情で唸ったのだった。
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