五十六話 至高の木剣・四
「あ、こちらはノースで商人の取りまとめ役をしている、ムクッシュ・ヴェンさんです……」
すぐに声をかけてきた人物を紹介してくれたペップルだったが、語尾には少しの不満が滲んでいた。
だが、先ほど自分がしたことと同じであったために、それをあまり露骨に態度に出すのはためらわれたのだろう。
「それで?」
目線は今紹介されたムクッシュへと向けながら、持ったままの白い剣身のロングソードを軽く叩いたり指でなぞったりしながらヴァルアスは用向きを尋ねた。
「や、やはりヴァルアス・オレアンドルさんなのですね!? 実は困っていまして」
「だろうな」
ムクッシュはヴァルアスとペップルの放つ雰囲気など意に介さずに告げてくる。
それは商人らしからぬ鈍感なのか、あるいは商人ならではのふてぶてしさなのか。などとヴァルアスが思案している間に、「困っている」ことの説明が始まった。
「この町の近くには林が多いのですが……」
「そうだな」
ヴァルアスが知る頃よりは随分とその面積を減らしたものの、ノースは林に囲まれている。
というよりはノース山脈のふもとは深い森が広がっていて、それが徐々にまばらになった辺りに作られた集落がここノースだ。
「最近その一部で魔獣が活発になっているのです」
「またか……」という感想がヴァルアスの頭を過ぎる。こうした話が冒険者まで持ち込まれるということは、ここでも領主による治安維持がうまくいっていないということだ。
「そうか……つまりその魔獣の討伐だな?」
ヴァルアスが話を進めようとすると、ムクッシュは慌てて両手を振って否定を示した。
「あ、いえ、そ、それはなんとか我々の方で対処が出来ていまして」
「……?」
見た通りにこの町はそれなりの規模であったようだ。少なくとも活発化した魔獣に対処できる程度の戦力は抱えているということだった。
商人の取りまとめと紹介されたムクッシュが“我々の”というからには、商人たちが共同で冒険者か元衛兵でも雇っているのだろう。
そしてこの地域の領主は、それを見咎めるほどには狭量ではなく、少しひねくれていえば、好きにさせる代わりに本来するべき責務まで丸投げしてしまっているのだろう。
とはいえヴァルアスとしては、この地域の領主と商人の関係性ではなく、「では何が困っているのか?」が疑問だった。
「それで最近は急きょで街道を避けて移動する商人も多くてですね、今日もすぐ西側の林を抜ける一団がいる予定なのです。ですが、今朝になってどうもその辺りに盗賊がいるという報告を受けまして……」
一つの問題に対処したら、別の問題に行き当たった。世の中においてよくあること、といってしまえばそうだが、対処しなければならない立場の者からすれば頭の痛い話だった。
そういう意味ではヴァルアスにも心当たりがあるような状況であり、少しの同情と親近感も込めて請け負うことを決める。
「そうか……。なあペップル、このロングソードを――」
荒事に向かうとなれば必要なのは壊れていない武器だ。
改めてヴァルアスが何となく気に入っていたロングソードの値段を確認しようとすると、ペップルは待ってましたと言わんばかりに嬉しそうな顔で手の平をヴァルアスに向けた。
「これは売り物として仕入れたものではないですし、そもそもヴァルアスさんが受け取るべきものを届けただけですから」
「……? どういうことだ?」
かつて世話になったからお代はいらない、という話であれば筋は分かるし、そうであればヴァルアスとしては無理やり代価を握らせるだけだった。
だがペップルの説明は単純に意味が理解できなかったために、口をぽかんと開いて問い返すこととなった。
「ええと、ですね、そ、その一団が通る予定の時間は刻一刻と迫っているものでして……」
そこで割り込んでくるムクッシュは、やはりなかなかにふてぶてしい方であったらしい。
しかしペップルは全く気にした様子もなく、ヴァルアスの返事も待たずに結論付けた。
「その話は後でも大丈夫なので! とにかく、そのロングソードの質は僕が見る限り確かですし、ぜひ持っていってください!」
「……う、むう。わかった、ありがとう」
とりあえず事情はよく飲み込めないながらもヴァルアスが礼を口にすると、ペップルは嬉しそうに微笑むのだった。
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