五十五話 至高の木剣・三

 ヴァルアスが目を向けた先にいたのは、はちみつ色の髪と中性的な麗しさはそのままに、やや引き締まったように見える表情からはたくましさも感じさせるようになったペップル・シナモンクルトだった。

 

 「おお、……ペップルだったか? ケネの奴は良くしてくれているのか?」

 

 ヴァルアスが例の一件を思い出しながら聞くと、自分と、そしてケネの名前が出て顔を綻ばせながらペップルも答える。

 

 「ええ、ケネ師匠は今はスルタの方の交易路をまわっていて、その間に僕は帝国を一回りして来いと言いつかりまして」

 

 親しんだ地名にヴァルアスの頬も緩む。ケネが馴染みの場所へ行っている間にペップルの方はまずはと見聞を広めている最中のようだった。

 

 基礎を固めてからでないと、自分の上客には挨拶もさせないところなどは、いかにもヴァルアスの知るケネ・ザイブらしい厳しさだ。

 

 「それはそうと……、武器ですか?」

 「ああ、駄目にしてしまってな」

 

 鞘の上からロングソードをこつんと叩いてヴァルアスが簡潔に告げると、ペップルの表情は残念そうなヴァルアスとは対照的にぱっと明るくなった。

 

 「む」

 「あ……」

 

 だがそこでヴァルアスは目線を落とし、それを追ったペップルも気付く。

 

 「あぁ、はは」

 

 ヴァルアスが見ていた露店の主が乾いた笑いを浮かべていた。

 

 露店を見ていた客が知り合いに話し掛けられたり、別のことに気を取られるなどよくあることだ。

 

 だが、その話しかけたのが同業者である行商人であるとなれば話は違ってくる。つまりはあまりお行儀のいい商売とはいえない。

 

 今回の場合は、ペップルは売り込みをかけたという訳ではなく、ヴァルアスとは元より知り合いで、武器の話をしようとしたのも話の流れだ。

 

 それもあって文句を言う訳でもないが、不満がない訳でもなく、その露天商は複雑な心境となっていたのだった。

 

 「ふむ、悪いことをしたな」

 「あ、いや……まいど」

 

 軽く謝りながら、端に置いてあった武器というよりは日用品のナイフをヴァルアスが取り上げると、露天商は手振りで金額を示し、すぐに支払ったヴァルアスに軽く礼を言う。

 

 非礼の詫びに買う、というと場合によっては逆に商人側の誇りを傷付けることもある。だが結果的にとはいえ良くない空気にしてしまったのは自分の気の回らなさが原因だとヴァルアスは考えていた。

 

 そこのちょうどいい落としどころとして安い商品を軽い調子でさっと買ったヴァルアスの手際に、露天商は少しばつが悪そうな顔をしつつも悪くなりかけた空気は霧散していた。

 

 「すみません、ちょっと間が悪かったです」

 「いや、気にするな」

 

 露店から少し離れてからペップルは小さく頭を下げる。

 

 ヴァルアスが片手を振って自身も気にしていないと伝えると、ペップルは気を取り直して、言いかけていたことを改めて伝えるべく口を開いた。

 

 「ここで会えて、ちょうど良かったです」

 「ん?」

 「これを!」

 

 すぐに調子の戻ったペップルが背負っていたものを嬉しそうにごそごそと探るのに、ヴァルアスが疑問を向けると、その答えはすぐに差し出すことで示される。

 

 「ん? ……あん?」

 「ふふ」

 

 差し出されたもの――ヴァルアスの腰にあるものとほぼ同寸法のロングソード――に首を傾げつつも受け取ると、満足そうに微笑むペップルの前でヴァルアスは確かめ始めた。

 

 簡易な鞘から抜き取ると白銀にも見えるほど磨かれた白い剣身がきらりと輝く。

 

 どうも鉄とは違って見える剣身と同じ素材らしい鍔と柄は、シンプルながらも品のある造形をしていた。

 

 「これは……」

 

 そこで何か引っかかるものを覚えたヴァルアスは、記憶を探って口から言葉として出そうと試みる。

 

 「あ、やはり見覚えありますか!?」

 

 そして初めからヴァルアスは知っているはず、と思っていたらしいペップルがもう我慢できないと、種明かしを始めようとし――

 

 「ペップル君、そのお方はもしかすると……なんだが。あのヴァルアスさんでは……ないですか?」

 

 ――横から声をかけてきた地味ながら大きめの鼻だけが印象に残る男によって中断される。

 

 「ふむぅ」

 

 喉元まで出かかっていた“何か”が引っ込んでしまったヴァルアスは、続けて似たような声の掛けられ方をするものだと、少しだけ不機嫌に鼻息を吹いたのだった。

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