三十七話 二人の冒険者・一

 シュクフ村をしばらく前に離れたヴァルアスは、ガーマミリア帝国内を北上していく旅の途上にあった。

 

 古い友人に会いに行くというその歩調は、交易都市スルタを出発したばかりの頃から比べると随分と軽快になっている。

 

 失意の出来事から逃れるように旅に出た当初のヴァルアスだったが、色々な出来事が老いた英雄にかつての自信と冒険者魂を思い出させたのだった。

 

 そしてその冒険者魂がうずくようにして、ヴァルアスの内ではある想いが浮かび始めている。

 

 「帝国の冒険者……か」

 

 独り言として呟かれた通りに、ここガーマミリア帝国での冒険者の有り様についてだ。

 

 長くシャリア王国にいたヴァルアスも知識としては理解していたように、帝国には冒険者ギルドがない。

 

 東方のアカツキ諸国連合もそうであるらしいが、商業が盛んなかの国では個人や少人数での冒険者業がそれなりに活発であるらしい。

 

 国全体で考えるなら、各領主が責任を持って治安を守る帝国のやり方も悪いものではない。しかし長く冒険者として生きてきたヴァルアスからすると、シュクフ村で遭遇したような状況はやはり引っかかるのだった。

 

 炭鉱町ゴロやケネの隊商の時のことは、起こってしまったこと自体は仕方がない。突発的だったからだ。

 

 しかしシュクフ村の村人たちは長く心配していたという。より頼りやすい何かがあれば、一人の少女が怖い思いをすることもなかったはず。

 

 「……っと」

 

 そんなことを考えていたヴァルアスは、いつの間にか日が暮れそうになっていることに気付く。同時に、ちょうど少し行った所に宿があることも。

 

 街道上にぽつんと建つその宿は、しかし行商人を中心に賑わっているようで、少し離れたここからでも出入りする人々が見えている。

 

 周囲では馬車の整備やウマの世話をする姿もあるが、馬小屋がかなり広く建てられているのは場所柄ということなのだろう。

 

 「おっ」

 

 中へと入ったヴァルアスは思わずといった様子で声を上げた。

 

 一階は食事が主の酒場となっている。これは街道沿いの宿として普通だ。

 

 商人風の人々が商談や雑談で盛り上がり、まだ夕方なのに既に泥酔している者までいる。これもヴァルアスが予想した通りの光景だ。

 

 思わず声が出たのは、そこにはしっかりと武装した商人には見えない連中、つまりは冒険者らしき面々が思ったより多く混じっていたからだった。

 

 「商人の護衛にしては冒険者の数が多いな……。依頼の斡旋所のようになっている、ってことか」

 

 小規模かつ限定的ながら冒険者ギルドの役割を果たす面もある宿だったようだ。

 

 「ご明察です! さすがですね英雄ヴァルアスさん」

 

 独り言に返事があったことに小さく驚いたヴァルアスが視線を横へ向けると、太めの声質からは意外なことに女と見間違えるような綺麗な顔の男冒険者が笑顔で立っていた。

 

 耳までかかるやや長めの髪は輝くような金髪で、碧色の瞳も相まって童話に出てくる王子様のような外見。

 

 しかし一見すると細身にも見えるその身体はしっかりと鍛えられたしなやかさをうかがわせる上に、所作にはちょっとした荒さもあって如何にも冒険者然としている。

 

 「おい、今シライトが話しかけてる相手って……」

 「ああ、ヴァルアスって聞こえたが」

 「間違いない。以前シャリア王国で見たことがある」

 「本物! けどすぐに気付いて話しかけたシライトさんはさすがよね」

 

 周囲がざわつき始める。シャリア王国内、特にスルタでは有名人であったヴァルアスにとっては慣れたことではあるが、このシライトというらしい青年も中々に一目置かれているという雰囲気だった。

 

 「ふむ……どこかで会っていたか?」

 「いえ、私がシャリア王国での修行時代に一方的にお見かけしただけですよ」

 「そうか」

 

 金髪の青年冒険者はそのまま自然な流れでヴァルアスを自分が掛けていたらしいテーブルへ案内しようとしたが、それをヴァルアスは手振りで断って歩き出す。

 

 残念そうな表情は見せたものの食い下がらないあたり、ヴァルアスの様な冒険者を不快にさせない処世術にも長けているようだ。

 

 「おぉ、どうも! 同じもので?」

 「ああ」

 

 そのままヴァルアスがどっかと適当なテーブルに着くと、そこで独り食事をしていた先客は小さく驚いただけですぐに給仕へといくつか注文をする。

 

 小太り体型の中年商人、といった印象のその男は、小声でシライトを擁護しヴァルアスへ不満げな視線を向ける周囲の一切を無視して商売の景気や魔獣の出現情報などを当たり障りなく話していく。

 

 こうした如才なさを感じ取って、ヴァルアスはこのテーブルを選んだのだった。

 

 しばらくそんな風に無難な食事風景が続き、周囲も興味を失って聞き耳を止めた頃合いに、やや声を抑えたヴァルアスは切り出す。

 

 「さっきのは、この辺で有名なのか?」

 「ああ、シライト・ユスティーツですね。シャリア王国で経験を積んで帰ってきたばかりの冒険者で、強いだけじゃなくて立派な人物だっていうことで評判になってますね」

 「シライト……シライト……か」

 

 帰ってきてすぐに商人の間で知られるあたり有能ではあるようだったが、ヴァルアスは知らない名前だった。

 

 とはいえ、スルタで冒険者ギルド長であったとはいっても、当然隅々まで把握している訳でもない。スルタの所属ではないのなら、後は余程の実力者、それこそ上級以上でもなければさすがに知りえない。

 

 「立派というのは?」

 

 知らない名前だと確信したヴァルアスは、商人の言葉の中で気になっていた部分に質問を重ねる。

 

 「帝国じゃあ冒険者は数が少ないし、肩身も狭いですからね。こっちにも王国みたいなギルドが必要だってよく言ってるみたいです。なんでも、交流のある貴族に掛け合ったこともあるとか」

 

 若いが大局を見て考え、行動にも移している、ということで評価が高いということのようだった。

 

 その考えの根本はヴァルアスとも一致している。

 

 しかしその行動の部分が引っかかったヴァルアスは、思わず渋面を作る。

 

 「むぅ……掛け合った、か」

 「どの程度の話かはわからないですけど、事実らしいということで」

 

 応じる商人も良くは思っていない様子だった。

 

 支部とはいえ大きな組織の長を長年務めたヴァルアスからすると、噂話の中のシライトは性急に過ぎる人物に聞こえた。

 

 一定以上の武力を持つ組織を作ろうとするなら、ゆっくりと時間をかけて浸透させるしか確実な道はない。

 

 そうでなければ色々な意味で危険視され、行きつく先は揉め事しかない、というのが老成したヴァルアスの見立てだった。

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