三十話 理術の塔・十

 外から見た塔の高さから素直に予測すると、おそらくは四階建て。

 

 それがヴァルアスの見立てだった。

 

 「一番上に奴がいるとするなら、妨害だか試練だかはこれで最後か」

 

 そう呟きながら階段を登り切ったヴァルアスの目に、腰まである長い緑髪をした美しい若い女の姿が映る。

 

 「っ!」

 

 三階の中央で待ち受けるその人物は、木鞘に納められたシンプルだが品のある意匠の剣を胸元に抱えていた。

 

 その後ろには遮られることもなく階段がみえていることもあり、一階と同じく番人との戦いか、とヴァルアスは身構える。

 

 「落ち着いてください。私に戦う意思はありません」

 「――? 妙なことを言う。状況が分かっていないのか?」

 

 表情を一切変えないままで、口だけを動かして告げてきたその様子に、ヴァルアスは違和感を覚える。

 

 とても美しい造形のその顔からは、生気というものが感じ取れない。さりとて弱っているという様子でもない。

 

 「お前さんはあの理術使いの仲間だろう? そしてここに武器を持って立ちはだかっている。それともその立派な剣は飾りか?」

 

 ロングソードの柄に手をかけながらヴァルアスが畳み掛ける。すると相変わらず焦りも何も感じさせないながらも、緑髪の女ははっきりと首を左右に振った。

 

 「どちらも違います。私はあの方の、エンケ・ファロス様の仲間ではなく所有物。そしてこれは――」

 

 言いながら抱きかかえていた剣を掲げてみせてくる。

 

 「――飾りではなく、私そのものです」

 

 そこまで聞いてヴァルアスは眉間に深い皺を作った。

 

 「この階は謎かけか? そういうのはさっきのでもう、うんざりとしているんだがな」

 

 辟易を口から吐き捨てるかのようなヴァルアスの態度にも、緑髪の女は怯まないで言葉を続ける。

 

 「私はリーフ。エンケ・ファロス様の手による魔剣です」

 「魔剣って……」

 

 思わずヴァルアスは言葉に詰まった。

 

 魔剣――つまりは、魔導具の剣。しかし武器としての頑丈さと、魔導具としての仕組みを共存させることが不可能であり、実用的な魔剣は制作できないと認識されていた。

 

 ただし、それは現代の技術で、ということになる。遺跡より発掘される古代文明の品には、稀にそういうものも存在し、解析すら不可能なそれらは希少品の代名詞としても知られている。

 

 そういった常識に照らして考えると、「手による」という表現はおかしい。それではあの理術使いが作ったということになってしまう。

 

 門外漢のヴァルアスにはどれほどのものかもわからないこの塔そのものや、一階の鎧ゴーレム、二階の仕掛けを思い出しながらヴァルアスは唸る。

 

 否定するだけの根拠もまた、持たないからだった。

 

 「そこは信じてくださいとしか言えません。私の主、エンケ・ファロス様は植物を操る魔剣の作成を成し遂げ、さらには使用者との意思疎通を可能とする疑似精霊を宿したのです」

 

 そこでヴァルアスは、緑髪の女から受けていた違和感の理由に気付く。

 

 肌のように見えていたのは白い木であり、その全身は全て植物によって形成されているようだった。

 

 相当に注視してもなかなか気付けないほどのそれが、魔剣リーフとしての力で生成しているとするならば、確かに凄まじい魔導具であるといえた。

 

 剣としての頑丈さが達成できているかどうかまでは、それこそ打ち合ってみないとわからないが。

 

 「……確かにすごいな。こうして会話できているその疑似精霊とやらも凄まじい。だがそれがどうした。戦わないというのなら、ワシはもう行かせてもらう」

 

 ここまでのやり取りで、実際に敵意――疑似精霊というものにそれがあるのならば――は感じられないと判断して、ヴァルアスは奥の階段へと向かって歩き出す。

 

 「私で手を引きませんか?」

 「――何?」

 

 ちょうど横まで来たところで、唐突な提案が投げかけられた。

 

 驚くヴァルアスが見るも、リーフの横顔は相変わらず何の感情も表さない。

 

 「私を、この魔剣リーフを持って、塔を出ていきませんか? あの村でのことは、あなたには直接の関係は無いはず」

 「冒険者として引き受けた仕事で不義理はせん。というより……」

 

 矜持を示してはっきりと拒絶したヴァルアスは、ふと頭をよぎった考えを好奇心から口にする。

 

 「それこそあの理術使い……エンケというのか? 奴を倒したあとで、戦利品として持っていくのと何が違う」

 

 リーフは首だけをぐりっと横に、ヴァルアスの方へと向けて口を開く。その目は相変わらず無感情だが、何かこもるものがあるように、深く暗い色合いにも見えていた。

 

 「意思ある魔剣である私を使うためには、私の承認を得ることが絶対条件となります。でなければ、ただの少し頑丈なだけのロングソードと成り果てます」

 

 通常品よりもさらに頑丈といえるだけの強度まで実現しているのか。と、話の筋とはずれたところでヴァルアスが内心で舌を巻いていると、さらに説明は続けられる。

 

 「なにより、私の存在はこの塔に依存しています。そしてこの塔はエンケ・ファロス様の理術によって維持されます。――さぁ、選んでください。私という絶大な力を得て引き返すか、形の無いもののために進むか」

 

 丁寧に説明されたように、きっちりと二択として用意されているらしい。

 

 冒険者であれば喉から手が出るほど欲しい魔剣という力か、受けた依頼を完遂するという矜持か。

 

 普通なら迷うのかもしれない。力を選んだとしても不思議ではない。……しかしヴァルアスは、怒っていた。

 

 “用意された”二択という状況にでもあるが、力を与えるなどという傲慢さに。

 

 その傲慢さに付け入るなどとうそぶいて塔へと侵入したヴァルアスだったが、その実、見下されるのが嫌いという相手の事をいえない性分をしていた。

 

 「絶大な力などという言葉をこのワシに、ヴァルアス・オレアンドルに向かってほざいたことをエンケに後悔させてやろう。そのために、お前さんには悪いが進ませてもらうぞ」

 「……そうですか」

 

 先ほどこのリーフが言った言葉を鵜呑みにするならば、このまま進んで理術使いエンケを討伐すればリーフは消えてしまうのだろう。

 

 それを彼女が“死”と認識しているかはヴァルアスにはうかがい知れないことではあったが、「悪い」という言葉はごく自然に出てきていた。

 

 一方できっぱりと提案を拒絶されたリーフは首を前向きに戻し、完全にヴァルアスが上がってきた時と同じ状態で再び静止する。

 

 それ以上には言葉を重ねることもなく、またリーフの方も本当に戦う素振りをみせるようなこともなく、ヴァルアスはついに四階へと向かう階段へと足をかけたのだった。

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