十七話 駆け出し行商人の受難・五
活気あふれる声と騒がしい作業音が当たりに満ちている。
ヴァルアスが絶命させた魔獣ウォートータスの解体作業に、隊商総出で取り掛かっている音だ。
「ではこれで」
「うむ……確かに」
ケネから受け取った袋の中身を確認してヴァルアスが頷く。それはウォートータス討伐協力への報酬だった。
ヴァルアスがウォートータスから採れる素材の一切を権利放棄したこともあり、その金額は莫大。故に魔鉱貨での支払いとなったため、逆に袋は軽くなっていた。
これが一般に流通する銅貨、銀貨、金貨での支払いであれば大重量の大袋を担ぐはめになっていたところだ。一枚あれば庶民がなんとかひと月暮らせる価値の金貨が百枚で魔鉱貨一枚。
今回のような大事件の報酬を一般貨幣で支払っては大変な枚数になる。
ケネが大商いを終えて王都へと帰る道中であったことが幸いした。
通常は大商人や国同士の取引にのみ使われる魔鉱貨など、おいそれと持ち歩いてはいない。しかし旅の途上にあるヴァルアスは、信用状などで貰っても困る。
もう少し行けば王都へ向けてこの街道を逸れていくケネとは、次にいつ会うかわからないのだから。
「……」
冒険者としてすべきことを終えたヴァルアスは、とうとう周囲に人が寄り付かず、一人で黙々と作業をしている少年をじっとみる。
「ヴァルアスの旦那も……気になるのですかい?」
ケネの探るような目つきと声音。
“どちら”の感情で気になるのか、それを探っているようだった。
「あのウォートータスなぁ……、確かにあの小僧、ペップルだったか? ……を見とった」
少し声を抑えたヴァルアスが、ケネにしか聞こえないように慎重に言葉を紡いだ。
「っ!」
ケネの方は驚いてとっさに声も出ない。
ペップルの不運については、隊商の皆が言っていたし、ケネもヴァルアスに言ったことだ。
しかしそれが根拠ないことであるとは自覚していたし、ヴァルアスにしても「ほどほどにしておけ」と釘を刺してきた。
「……あれかもしれん」
「は?」
しかしヴァルアスにしても言い掛かりにただ根拠を与えるために、そんなことを口走ったのではない。
自分であれば首を突っ込めるかもしれない、そういう見込みを得たからこその言及だった。
「ち、ちょっと旦那。あれとは?」
ケネの疑問に答えることなく、ヴァルアスは大股でずんずんと歩き出す。
その進む先はもちろんペップルだ。
「え!?」
驚異的な実力を披露した冒険者の目的地になっていることを気付いて、少年は右、左、そしてまた右と見回して慌てる。
しかしそんなことをしていても、残念なことにその場で作業をしていたのは彼のみであり、ヴァルアス、そしてその後を追ってきたケネがすぐに辿り着く。
伝説といえるほどの功績を数々残す老冒険者ヴァルアス・オレアンドル。
そして海千山千の商人の世界で
そんな二人の共通点は体格が良いこと。そして顔の造形が厳ついことだ。
つまり……
「あ、あわ、あわわわ……」
ペップルは見た目通りに十代の半ばを過ぎたばかりの年齢で、さらさらとしたはちみつ色の髪も麗しい白皙の美少年だ。
背はあまり高くなく、胸板も薄いことを本人も密やかに気にしている。
絵面で言えば幼気な美形の少年に、強面の老人と中年が絡むという構図。しかし周囲の反応はさもありなん、「とうとうあいつが断罪されるぞ」というものだった。
「っ……、ぁ……」
喉の奥から微かな音だけ発して怯えるペップルは、首から下げたペンダントの先、精緻なカメオを握りしめる。
出発に際して兄から渡されたそれは、今回の行商で辛い時にも支えとなってきたお守りだった。
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