十六話 駆け出し行商人の受難・四

 大きくて、力が強くて、速い。

 

 それだけでウォートータスは危険な魔獣だった。

 

 しかし移動要塞とまでいわれる所以である甲羅の存在が、その厄介さをさらに大幅に引き上げていた。

 

 その時散発的に、だがそれぞれがかなりの勢いで矢が放たれる。弓矢を持つ冒険者が放った先制攻撃。

 

 だが全て甲羅にあたって弾かれる。

 

 それをきっかけにするように詠唱が聞こえ、いくらもせずに「ファイアボール」という声と火球が飛ぶ。

 

 「理術使いもおるのか」

 

 ヴァルアスはウォートータスを睨んだまま振り向かずに、感心した様子で呟く。

 

 人族が詠唱によって魔力を導き、特定の現象を起こす技術は理術と呼ばれる。

 

 高い魔力適性と勤勉さが要求されるものの、身一つで魔導大砲に匹敵する威力のファイアボールのような術を使えるようになる恐るべき力だった。

 

 そしてその習得難度の高さから冒険者でも理術使いの数は少なく、それをしっかり確保していたケネの用心深さに、ヴァルアスは感心したのだった。

 

 ドゴォン……

 

 鈍く低い爆発音を響かせて火球が着弾。

 

 「うぁ……」

 

 誰かの呻きが聞こえ、甲羅に小さく焦げ跡を残しただけのウォートータスが短い手足を突っ張って身を起こすようにする。

 

 「大丈夫だ、後は任せろ」

 

 ヴァルアスが前に立つことでやっと攻撃を開始、それも遠距離攻撃での支援に限って……と、商人たちからすると護衛の冒険者たちの行動は頼りないものだった。

 

 しかし自身も若い頃から戦ってきたヴァルアスにとっては、戦場で強敵を相手に一歩を踏み出すことの怖さは身に染みてよくわかる。

 

 だからこそ、これで満足できた。

 

 先ほどはこの期に及んで連中がペップルを恨めしそうに見ていたことに、「どうしてやろうか……?」と内心腹を立てた。

 

 だが彼らは自分の手で戦う意思を見せてくれた。これでヴァルアスは冒険者の先達として胸を張って先陣を切ることができる。

 

 既に身を起こしたウォートータスが後ろ脚にぐっと力を込め、そこの地面が抉れていく。

 

 前へと飛び出しつつその巨体を落として潰そうとしている。そんな予備動作に隊商全員が息を呑む。

 

 綺麗で淀みない動作でロングソードを抜いたヴァルアスが、右脚を引いて腰をかがめ、全身を小さく縮めさせる。極端なほどの構えによって、莫大な力で地を蹴るための溜めができた。

 

 「……ふぅっ!」

 

 鋭く息を吐く音。動き出したのはヴァルアスが先。

 

 姿が霞んで消えるような爆発的な加速で前進を始めるヴァルアス。

 

 後を追って動き出したウォートータスの巨体が前進しながらさらに持ち上がり始めた瞬間には、その真下にロングソードを振りかぶったヴァルアスが到達していた。

 

 足を止めず、勢いを殺さず、突進する慣性のままに老冒険者が、その手にした刀身からカメの巨大魔獣へとぶち当たった。

 

 ブゥゴォァアッ!!

 

 理術によるファイアボールの爆音が情けなく思えてしまう程の轟音が、地を空を周囲を震わせる。

 

 そしてそれ程の轟音の発生源となる衝撃のエネルギーが、下からウォートータスを打ち上げた。

 

 ゴッ……ズゥゥゥン

 

 一軒家に比する巨体が空を飛び、土手っ腹から背中へ貫通する大穴を開けた骸が、冗談か何かのように転がる。

 

 「はぁ?」

 

 誰のものかもわからない信じられないというその疑問の声が、情景の非現実さを象徴していた。

 

 しかしいまだ続く重低音の響きと、確かな震動が、否応なくそれを現実だと告げていた。

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