十話 英雄の残り火・三

 ヴァルアスのすぐ前を走る無精ひげの目立つ男が、呼吸を乱しながら顔だけで振り返る。

 

 「はぁ、ふぅ、な、何があるんじゃ?」

 

 足を止めないくらいにはヴァルアスの焦りを汲み取りつつも、今自分たちが走らされている理由についてはやはり気になるようだ。

 

 「詳しいことは省くが、炭鉱の入り口付近も、危ないかもしれん」

 

 こちらは殆ど息を切らさず、ヴァルアスは厳つい造形の顔をさらにしかめて告げた。

 

 とにかく調査中の若者たちに危険がある、ということだけ理解した無精ひげの男ほか老人たちは、無言で走ることに専念していく。

 

 若い時分は屈強な鉱夫であったであろうとはいえ、やはり長老会の老人。ひとり、またひとりと膝に手をついたり、道端に寝転んだりして脱落していく。

 

 そしてヴァルアスを先導するのが息も絶え絶えの二人――無精ひげの男と頭髪の薄い男だけになった頃に、目指す場所が見えてきた。

 

 「あれが……はぁ、はぁ……そう……じゃ」

 「調査を……して、いる……ようです、ね」

 

 示された先をヴァルアスが鋭い目つきで見ると、町のはずれにあたるそこには柱と梁で補強された坑道への入り口が見える。

 

 「あぁ……何も、なかった……ようで」

 

 遠目にもケガ人が見当たらないことを確認して、頭髪の薄い男がほっとした声をあげて走る速さを緩め始める。

 

 「……っ!」

 

 しかしヴァルアスだけは目元の険を深め、無言で加速した。

 

 「「……?」」

 

 老人二人は不思議そうにしながらも、ついに足を止め、もはや役目は果たしたとその場にへたり込む。

 

 *****

 

 炭鉱の入り口近くに絞って調査を始めていた鉱夫たちのリーダー、モディルは唐突に不安を覚えていた。

 

 調査は万全を期して行っている。

 

 口うるさい長老会の面々を町の反対側にある宿へと対策会議と称して追いやりはしたものの、彼らの言の全てを否定するわけではない。

 

 何もわからない内から長老会の持つ怪しげな“ツテ”とやらで冒険者ギルドに連絡をとることにこそ反対したものの、奥まで鉱夫だけで入るのが危ない状況だということには賛成だった。

 

 モディルの推測も長老会と同じくケイブリザードだ。かわいそうなノック――最初にして現状唯一の犠牲者――の傷跡はそうとしか考えられなかった。

 

 あとはそれを確認するだけ。

 

 しかしそのための調査を始めてしばらく経過した今、何かを勘違いしているかもしれないという不安に襲われていたのだった。

 

 「モディルさん、またです」

 「……そうか」

 

 理由は何度目かになるこの報告だった。

 

 入り口付近にケイブリザードの姿は見当たらない。この魔獣は洞窟などの最奥に巣を作る習性があることから、そのことは不思議ではない。

 

 しかし時おり鳴き声が聞こえたという報告だけがくるのだった。

 

 最初は奥にある巣から坑道内を反響してきている、と考えて取り合わなかった。

 

 その内に同じ報告が繰り返され、ケイブリザードというのはそれ程大きな鳴き声を何度も上げるような魔獣であったかと疑問を感じた。

 

 もちろん鉱夫であるモディルは魔獣にはそれほど詳しくない。ただ聞き及んだことのある範囲でいうと、巣に近づかれでもしない限りケイブリザードは威嚇したりまして暴れだしたりしないはずだった。

 

 だからこそ迂闊に奥までは入り込まないように仲間たちに厳命していた。

 

 「一旦引き上げて爺さんたちの意見を……いや、それも……」

 

 己のプライドか、あるいは長老会への不信感か、モディルは判断を悩んでいた。

 

 「なんだあんた?」

 

 しかしその悩みは近くから聞こえてきた誰何の声で中断させられる。

 

 「あれ……確かこいつは」

 

 振り向いたモディルが見たのは、先ほど町内を見まわった時に声を掛けた旅の老人だった。

 

 旅の老人ことヴァルアスは、一応はやんわりと追い出そうとする鉱夫たちの手を乱暴に払い除け、むっとした彼らが文句をいうよりも前に口を開く。

 

 「炭鉱から全員を退避させろ! 特に入り口近くからは距離をとれっ!!」

 バガァッ!

 

 ヴァルアスが強い剣幕で声を張り上げるのと同時に、坑道の入り口からすぐの位置にある壁が大きな音を立てて崩れたのだった。

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