三話 中年時代

 「あの子供たちについては本当に頭が痛いのだ……」

 「都市のことはお前の責任でもあるだろうがよ」

 

 今や大都市になりつつある新興の交易都市スルタを統括する都市長にして、地域一体を領地とする貴族でもあるガネア・スルタ・ソータ。彼はスルタを行き交う狡猾な商人たちすら震えさせる鋭い双眸を、情けなくハの字にして対面の相手を見た。

 

 ただ愚痴を言っただけで痛烈に言い返してきた長年の友人。自分が王国からスルタ村を含む地域の代官として派遣されたいち文官に過ぎなかった頃からの旧友である冒険者ギルド長。

 

 彼はいつも通りに彼らしく、ぞんざいに正論を言う。

 

 「都市として孤児院も設立した。しかしあの路上孤児たちは入ろうとしない。どうしろというのだ? 厳しく罰する訳にもいかんし……」

 

 スルタが規模を大きくするにつれて、かつては無かった問題が色々と増えてきていた。その一つが路上孤児、親も家もなく、日々軽犯罪を繰り返しながら路上でその日暮らしをする子供たちだった。

 

 根本的解決策としてソータ家出資の孤児院を開設するも、誰一人入ろうとしなかった時点でガネアはお手上げとなり、こうしてこの場に至っていた。

 

 「厳しく罰する訳にはいかんのか? ガキとはいえもはや立派な犯罪集団だろうがよ」

 

 脇に置いた愛用の両刃剣を磨きながら、ガネアの相談相手はそんなことを口にする。

 

 「どうやら今回は相談に乗ってくれるようだ」と気まぐれなところのある友人の反応に内心ほっとしながら、ガネアは状況を思い出して口にする。

 

 「子供だということもあるが……、実際やっていることは軽犯罪。スリやかっぱらい、それかちょっとした詐欺くらいだからな。何より君の言った通り、都市長である私としては責任も感じている。無茶はできん」

 

 ガネアが考えながら紡いだそんな言葉に、相談相手は剣を磨く手を止めて、その手を口元へ当てる。

 

 「おかしいな……?」

 「何がだ?」

 

 問題ではあってもこうしたことはどこの大都市でもあること。しかしこの相談相手はそれをおかしいといった。

 

 「まるで統制された犯罪組織だな。ガキの集まりが暴走もせず、そんな“絶妙な”さじ加減でお前を怒らせないように維持してんのか」

 「む……」

 

 いわれてみればその通りだった。権力者を本気にさせない範囲で、まるで駆け引きでもするように目こぼしされるぎりぎりの所を保ち続ける。それではまるで裏社会に名高い王都の盗賊ギルドだ。

 

 「たぶん頭の切れるリーダーがいやがるな。そいつと話をつけてきてやるよ。その代わり……まあそれは後で話すわ」

 

 鉄塊を背に収めたヴァルアス・オレアンドルは、中年となっても衰えを見せない力強い歩調で部屋を出ていく。頼もしくも自分勝手なその背中を、ガネアはただ呆れ半分の笑みで見送るしかなかった。

 

 そしてそれからしばらくの後、交易都市スルタから路上孤児はいなくなってソータ孤児院に収まり、スルタ冒険者ギルドには来歴不明ながら非常に優秀な副ギルド長が、異例の若さで就任することとなるのだった。

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