二話 壮年時代
人族が竜族と協力して巨人族の脅威をノース山脈のさらに北側へ追い払った戦いから、すでに二十年以上が経過し、竜族とはほどほどに交流しつつも人族たちはそれなりに繁栄を謳歌していた。
バタンッ
突然の大きな音、木の扉が乱暴に開かれる音に、その場の全員の視線が入り口と、そこから現れた人物に向けられる。
村内でも広いその建物はスルタ冒険者ギルド。通常の獣より魔力を多く持ち人族の脅威である魔獣を狩り、人族の生存圏を守り広げる職業である冒険者を統括する組織のスルタ村支部だった。
「助けてくれぇっ!」
「どうした、何があった」
全身汗だくで息を切らした男の声に、建物内に併設された食事処で仲間と談笑していた一人の冒険者が反応する。
長い黒髪を一束に纏めたその美丈夫は、殊更に落ち着いた所作で語り掛け、少しでも冷静さを取り戻させようとする。
「ガウベアの群れがオラたちの村に向かってぇ! もう猶予もねぇ、年寄りも多いから逃げるにも間に合わねぇんだ!」
「っ!」
しかし返ってきた言葉によって、逆に冒険者の方が冷静さを失う結果になった。長髪冒険者も、その仲間も、離れて聞いていた冒険者たちも、皆絶句していた。
「あなたの村というのは……?」
「セッタ村だ」
「――っ! 隣村じゃないか」
ガウベアは単体でも非常に強く、ごくまれに群れで暴れだした場合は希少な特級冒険者が二パーティは必要とされるほどの脅威だった。
そんな災害級の魔獣がスルタ村のすぐ隣に位置する場所目掛けて襲撃しようとしている。田舎支部の冒険者ではどうすればいいか分からず、動きを止めてしまうのも仕方のないことだった。
「ん、あんたは……?」
長髪冒険者はそこで、開きっぱなしだった入り口から、もう一人汗だくの人物が入ってきたのに気づいた。
先ほど駆け込んできた一人目とは違い、今度はどこか浮ついた、心ここにあらずといった雰囲気の女性だった。
「あなた……」
「おぉ、どうした? みんなの避難はどうなってる!?」
どうやら最初に駆け込んできたセッタ村人の妻であるようだった。
「あなたが助けを呼びに村をでてすぐに、その……」
「ど、どど、うした?」
口ごもる妻にセッタ村人は不安を露わにする。こんな状況では最悪の結果を思い浮かべるのは当然のことだった。
しかし、全ては人型の“暴力”によって覆される。いや、覆された後だった。
「そのクマどもの群れなら、オレが潰しといたぞ」
さらに後から入ってきた壮年の男、鉄塊のような両刃剣を背負った巌のような人物がそんなことを天気の話でもするように言いながら入ってくる。
「ギルド長……? 何の話を……?」
混乱する長髪冒険者の目をしっかりと見据えて、今ギルド長と呼ばれた男は、改めて説明を口にする。
「セッタの近くにいたガウベアの群れ……三十くらいだったか?は、全部オレが斬った。今から解体しにいくから、手が空いてる奴は五、六人ついてこい」
田舎の小村に過ぎないスルタ村は、この後十数年で隣村であるセッタ村も吸収しつつスルタの町、そして交易都市スルタとして急成長していく。
その要因のひとつ、いや最大要因は、魔獣の脅威を脅威たらしめない歴戦の英雄ヴァルアス・オレアンドルが、その壮年時代をスルタ冒険者ギルドのギルド長として過ごしたからだった。
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