11 【第一話 完】
もっとも繁盛しているダンジョン口の一つである池袋駅の緊急医療センターには、医療魔術、つまり白魔術と呼ばれる技術の専門家が常駐している。24時間体勢でダンジョンからの負傷者や死者に対応しているのだ。
時間は早朝五時すぎ、まもなく夜が明けようとしている。
その医療センター内にある「リザレクション室」の一室で、つい今しがた冥界の門を往復してきた人物が目を覚ました。
美しい金髪の長髪の少女。目を開けてすぐに上半身を起こした。医療用の薄い一枚布の服を着ただけの少女は、自分の周りで涙を流す人たちの姿を見て、すぐさま事態を把握した。
ダンジョンの往復を強引に行い、復活魔法のためのサポートを寝ずに行っていた四人のパーティーメンバーは皆、目の下にくまを作り、疲れた姿でありながらも、喜びに輝く目で彼女を見ていた。
「どうやら、みんなに苦労かけたみたいだね。ゴメンナサイ、ありがとう」
ペコリと頭を下げた途端、仲間が一斉に飛びかかり、我先に抱きつこうとしてもみ合いになった。
落ち着き、水分を補給しながら少女、ホリーチェは聞き返した。
「つまり私はパンツ一丁の中年男性に助けられた…と」
復活した早々の彼女の視線は厳しい。仲間は全員、首を縦に振るか横に振るかで悩んだ。
「いや、パンツ一丁だったのは結果であって、あの人のパーソナリティーを表すものではなくてね…」
シンウは説明に窮した。
「後から聞いたんだけど、服やアーマーが気づかずに糸を切っちゃうと負けるから、肌で糸がかかるのを感知するために服も靴も脱いだって…」
恩義ある男性に対してフォローをしておこうとジングが話しているが、彼も半信半疑だ。
「パンツだけじゃなくて真っ白い液でネバネバでちょっと臭かったね~」
ニイが悪意なく余計な情報を挟むので、ホリーチェの可愛い顔が歪んだ。
「あの男はパンツと手斧だけであのモンスターを一人で倒したのだ…と思う。呼び返された時にはもうスパイアントは死んでいて、ホリーチェは救出されていたんだ」
スイホウも結果は知っているが、過程は一切見ていないため、事態を正確には把握していない。
「どうやってかわかんねーけど、大型モンスターが縦に真っ二つになってたんだぜ、斧とパンツしかなかったのに」
ジンクも何をどう信じたらいいか分からなかい様子だ。
パーティーメンバー全員の情報を聞き集めホリーチェが導き出した結論は、
「つまり私はパンツ一丁の中年男性に助けられたと」
変わらなかった。
「まあとにかく、本人に聞くのが早いでしょ。お礼もちゃんとしないといけないし。
で、そのおじさんとやらはどこ?」
「尾地さん?」
「オじさん?」
「おジサン?」
みんながみんな、ホリーチェのイントネーションの間違いを指摘した。
「あの人、仕事は終わったからって言って、帰っちゃったよ。池袋ついたらすぐに」
ジングがガッカリしたように言うと、みなが驚いた。
そういやいないな、あの中年、気づかなかったと。
ジンクはあの男からもっと聞きたいことがあったと残念がり。他のメンバーも、このぼんやりとした謎の結末の詳細を聞きだしたかった。
「派遣で全額前払いだったしね。仕事終わったら、用なんてないか、私達に…」
シンウは寂しそうだった。
「あの人といると、ちょっと面白かったな。便利だし!」
「私はまだ信じられない。パンツだけで戦ったなんて…」
ニイの素直すぎる感想とスイホウの戸惑い。
ベッドの上に座るホリーチェは、このパーティーの最年少でありながらリーダーでもある。その彼女は尾地に一度も会っていないので、感傷もなくサバサバとしたものだった。
「また会えるでしょ、派遣なんだし。ダンジョンに潜っていればいつか、また交わることもあるでしょ…その……オジサン?に」
「尾地さん」
全員がツッコミを入れた。
「とりあえず、みんな無事だった…。この御礼はいつかちゃんとしよう、あの人に」
すべての仕事をやり遂げたシンウはそう心に決めていた。彼女は自らの最悪の時を救ってくれたあの男に大きな恩を感じていた。
医療センターの一室で、取り戻したリーダーの少女を中心に、彼女の愛する仲間たちが集って笑顔を見せている。これを取り戻すために命をかけたのだ。自分も、あの男も。
彼女は駅医療センターの窓から池袋駅構内を眺める。朝一番の電車から降りてきた冒険者達がダンジョン口へと向かっていく。駅構内の賑やかさが増してきた。また今日も多くの冒険者達がここから冒険に旅立つ。
沈没しダンジョンと化した東京へと。
それが毎日続く。
そこには彼女たちのパーティーもいて、
派遣で働く、あの中年男性もいるのだ。
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