「ゲフッ」


 自分がした咳でジンクは目を覚ました。


 今、目の前に見えるは遠く暗い天井。その天井の形から自分がいる場所はすぐに分かった。スパイアントの巣だ。なぜか寝っ転がっている。


 起き上がろうとするとネバリと弾力のあるもので縛られていて動けない。その縛っている物の材質で自分の今の状態を知ることとなった。


 大型モンスター・スパイアントの攻撃で気絶して、奴の糸に縛られ保存食として捨て置かれている。まだ食われていないのが幸いだった。なんとか動く首を回して周囲を見ると、奴の巨大な背中が目の端に映る。することもなくただ停止している状態。奴がわずかでも空腹を感じれば…彼は保存食として人生を終えることとなる。奴の空腹時計がジンクの人生の時計と重なっているのが現在の状態だ



 自分の周囲には同じく奇襲チームにであったニイとスイホウがいる。二人とも同じ様に縛られてはいるが生きている。わずかに揺れる胸が生きている証拠だ。奴の目覚めの遅い腹の虫に感謝だ。


 しかし、死はまさに時間の問題。ジンクは奴の朝飯前か昼飯前の時刻ともに人生が終わることとなる。


 「アイツの口、大きく開くタイプだったから丸呑みだったらいいな…細かく噛み砕かれるのは嫌だ」


 そんな最後を想像しつつも仲間を蹴ってコンタクトをとる。二人ともに意識を取り戻し、しばしジンクと同じように暴れた後に、三人が同じ運命であると知る。


 三人がそれぞれに無言で見つめ合う。互いの最後を、お互いに見させられる事になるという確信。ニイは涙目で、スイホウは覚悟を保とうと無言であった。ジンクは姉がこの場にいないこと、それだけは幸運だと思った。一緒にいたあの中年も姉と一緒であろうか…そう思ったら違う不安が胸をよぎった。


 そしてもう一つ、違うことを思う。


 完全に奇襲は成功していた。スパイアントの視覚外、真後ろからの一撃を仕掛けたのにも関わらず、スパイアントの高速の反撃を受けて、一瞬で倒さてしまったことだ。


 あの一撃を受けて死なずに済んだのは彼らの着ていたアーマーと幸運のおかげだ。それがなければ、こんな風に死の直前まで敗因に悩むことも出来なかっただろう。


 「なぜあんな一撃を食らったのか」


 それだけがジンクの最後の疑問だった。だがその答えが見つかったとしても、次に活かすという機会は自分には訪れない。それが悔しく悲しく、まさに無念であった。そう思っていた所に、


 「ちょっとゴメンなさいよ」


 ジンクの横からムクリとあの中年、尾地が現れた。


 「おまェ!」


 叫びそうになったジンクの口を手早く抑え


 「手短に言いますよ。シンウさんは無事。私も無事。君たちも、まあ生きてる」


 三人の姿を見回して状況を確認している。もちろんモンスターからも目を離していない。


 「で、今からやることを説明しますから、反論は述べずに従ってほしいのです」


 救援に思わず目を輝かす三人であったが、ノソリと乗り出した尾地の姿をみて、皆の目が死んだ。


 裸、いやパンツはかろうじて履いている。


 街中で現れれば変態であるが、ボス敵のいるダンジョンであっても、間違いなく変態だ。


 ナニを思ったか尾地は、ジンクの上にのしかかってきた。中年とジンクの顔は最接近を果たす。そして彼の上で回転を始めた。圧の強い顔がジンクの股間に向かっていく代償として尾地の股間がジンクの顔面を覆った。ジンクはそこで精神の死を迎えそうになっていたが、構わず尾地は続ける。


 「君たちを自由にします。このクモ糸を切ってね」


 尾地は折りたたんだままの斧の刃でサクサクと糸を切って拘束を解いていく。この糸が繭として独立しているのは確認済みだ。


 「その後で私がアイツを引きつけるから、この場からすぐに撤退してください」


 ジンクの次はニイ、そしてスイホウ、手早く糸を切り拘束を解いた。女性陣に対しては股間を押し付けるような真似はしなかった。


 尾地が救助してくれたことに礼を言いたい、尾地が股間を迫らせたことに文句を言いたい、だがジンクは彼の言った作戦とやらに驚いた。彼は一人でみんなを逃がすための囮をやると言っているのだ。それは他の二人も同じだった。


 「でもそれじゃあっ」


 ニイの口を指で塞ぎ


 「反論はなしです。いいね。向こうでシンウも待っている、彼女をピックアップして、迂回路を探して連れ帰ってください。その後を私も追いますから」


 「じゃあ、おじさんも一緒に帰るんだよね」


 「当然です。無事に帰るまでが冒険者だからね。おじさん、その道のプロ。予備校も出たし免許も持ってるから、任せて」


 なんの保証にもならない言葉だが、任せるしかないと、三人はうなずきあった。情けないことだが彼の言うとおりに逃げるしかない。


 武器は全て失って、敵に捉えられてこのザマ、脱出する策はこの男の用意したものしか無いという状況。この窮地から脱して、シンウも生き残ることが出来るのなら…大きな、とても大きなモノをここに捨てていくこととなったとしても、仕方がない。彼らのリーダーはやはりここに残されロストするしかない。


 そういった覚悟が、敗北を受け入れる覚悟が若い冒険者たちに芽生えていることを確認したのか、尾地も三人の顔を見てうなずく。なんの合図もなしに尾地は飛び出し、彼らの生還を阻む巨大な壁であるモンスターの前に姿を晒した。


 体は中年、服はパンイチ。


 実に、勇敢な姿であった。






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