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エレベーターは終点に到着しシンウたち五人は降りた。エレベーターの扉が開くときは一同緊張したが、待ち構えているモンスターはいなかった。
そもそもこのエレベーター自体、人の手で設置されたものではない。ダンジョンの誕生と同時に出来たものであり、電力がどこから来ているかも謎である。冒険者たちは鈍感さを駆使し便利さを優先して、出自不明の移動装置を有効利用してつづけている。
地下深くに到着した五人。役目を終えた無人のエレベーターは静かに上昇を開始した。
地上でだれか冒険者たちがボタンを押したのだろうか。エレベーターホールは地下の吹き抜け空間で上空高くまで暗闇が広がっている。その暗闇の中をエレベーターの光が静かに地上界まで昇天していく。その道行きの長さを見て、降りてきた距離の長さを再確認できる。かなり深い。だいぶ深い。
ただし、これでようやく出発点だ。
巨大なダンジョンとなった東京の始まりの階層に降り立ったにすぎない。ここより底にダンジョンは深く広がっているのだ。
尾地は自分の冒険者免許をひとしきり見せた結果、だれも興味がないという事がわかったようで、さみしげにしまった。ユコカカードと同じパスケースに入れているようだ。
シーフとマッパーを兼任した職業、スカウトのシンウは端末を見て現在位置を確認する。まだまだ低層のこの地区は冒険者たちが設置したwiーFi中継機によって電波が届くエリアなので、ネットワークにかろうじて接続できる。エリア情報もモンスター情報も現在位置も確認できる。ただし、ここが地上との最後の接点だ。これ以降は地上との回線も切れ、電波もダンジョンの壁に阻まれる。パーティーの力のみで進まねばならない。
接続した結果、新たな情報はない。自分たちのマップの位置情報が間違っていないことを確認できただけだ。
「それではこのまま予定通り進みます。ここから四時間ほど進んで池袋B14エレベーターに乗ってさらに六階層下に。そのあともう一度だけ上に上がってから下に移動。そこから二時間ほどで目的地に到着の予定。敵を倒してホリーチェを救出します」
ホリーチェ・世来(せらい)。
このパーティーの本当のリーダーの名前であり、現在死亡して、モンスターの巣のある場所に存在している人物。本ミッションの救出対象者だ。
パーティーメンバーの顔から、僅かに残っていた地上の生活者としての緩みが消え、地下の闇を進む冒険者の顔になる。皮膚感覚が鋭敏になり視線の強さと厳しさが強化される。
ただ一人、尾地だけはいまだ気が抜けた印象を残している。まるでここがまだ地上と同じだと言わんばかりの気配だ。だがそんな、中年の僅かな気配の差を、気にしているような余裕は若い一行にはなかった。
廃墟のエレベーターホールからいくつも枝分かれする通路のなかから一つを選んで、侵入を開始する。端末の立体マップの進行ルートと自分たちの動きが同じであることを確認しなら進む。事前に情報を収集し、確かなものを準備してきたため、一行の足取りは確かで早い。この付近のモンスターなど敵ではないという自信もある。実際、このあたりのモンスターは弱い、そして冒険者が頻繁に行き来する便利な通路であるため、通るたびに狩られているためめ遭遇率も低い。
ただそれでも安心できない、不確実で不幸なモンスターとの遭遇ということも、このダンジョン内では絶対はない。
ダンジョンの通路は普通の商店街のように一見見える。印象としては、ではあるが。実際はその商店街の上から逆さまにした同じ商店街を押し付けたような、同じ建物が上下にお互いを潰し合って通行不能の壁を作っている。その上下食い合い建物の壁がはてなく続いている。電柱も電柱と上下に潰しあい食い合い壁の一部と化している。建物の窓の内側にも潰れて溶け合った室内が内臓のようにみっしりと詰まっていて侵入不能だ。
天井には通路と同じ道路が逆さまになって前方に伸びている。
パーティーメンバーの装着している機械の鎧、エグゾスケイルアーマーは各部が発光し、頭部や背中のバックパックハンガーに付いたライトが前方を照らしている。
だが、そういったライトが無くてもこのダンジョン内部はほんのりと明るく、潰れた建物の窓や街灯が所々で発光して、道を薄暗く照らしている。
先頭を歩くのはスカウトのシンウ。彼女のアーマーにはマップデータ収拾のセンサーが付いている。頭部センサーが常に周囲の3D地形データを収集している。このデータは後に冒険者ギルドに収められ、ダンジョン内の正確な3Dマップ製作を助けとなる。
そのセンサーは当然、前方のモンスターの索敵も行っているが、今、センサーにそういった敵の気配はない。一緒に付いている音響、赤外線、動体センサーも全て無反応だ。彼女の頭部センサーは動物の耳のようにピコピコと動き続けている。
姉に続くは弟のジンク。姉のセンサーに反応があればすぐにでも飛び出して、切り込み役を務めるのが彼の仕事だ。カーボンのフレームで作られた黒いショートソードは背中のハンガーに収められているが、一瞬で抜き出せる。
続いて真ん中は黒魔法使いのニイ。パーティー随一の火力を誇るが、当然ながら防御は弱い。戦列の中心に配置し守られている。彼女のワンドが振り下ろされる時、ダンジョン内には烈火の火炎が生まれ轟音が轟くことになる。
ニイの後ろには今回臨時参加の派遣の中年男性、尾地。エグゾスケイルアーマーの先進的なデザインが彼の中年的雰囲気からは浮き上がっている。手に武装はなく、腰に小型の折りたたみ式手斧を装備しているだけだ。それ以外には大型の複合樹脂のシールドを装備しているだけだ。
彼の後ろ、パーティーの最後尾には剣士のスイホウ。実は彼女がこのパーティーで一番背が高いため前方の尾地の薄くなりはじめた頭部が嫌でも目に入ってしまう。彼女は時々それを眺めながら、最後尾でしんがりを務めている。バックアタックがあれば対処し、前方に敵が来れば突撃する。パーティーの戦術をまとめ上げる戦術の頭だ。
ストレートロングの黒髪の長身、背中には折りたたまれた両刃の薙刀。このパーティーの武力を統括する立場の彼女としても、臨時雇いの新入り中年が気になる。
前方を歩く中年の観察をする。盾のほかには、腿の横にナイフが一本、そして腰に折りたたみ式の小型斧があるだけ…、これはキャンプに行く装いだ。
かすかにため息を漏らしながら、自分たちの取れる戦術を計算する。盾をもたせて囮役でもやってもらおう。戦力としてはカウントしないのが、もっとも危険のない作戦だ。
そう計算しつつも気になることがあった。
「すまない、その背負っているものはなんだ?ただのリュックじゃないようだが」
尾地の背中にはリュックではなくフレーム状の背負子と寝袋がひとつあるだけだった。
「ああ、これですか、ボディバックとそれ用の背負子です。必要になるかと思ってお持ちしました」
尾地以外のパーーティーメンバー全員の脚が一瞬止まったが、すぐに歩くのを再開したため、行軍に乱れはなかった。
ボディバッグ=死体袋だ。
「あ、ああ、そうだったな。そういうのが必要って、忘れていた…アリガトウ」
スイホウは自分たちの落ち度に気づき、それを無言でフォローしてくれていた中年男性に礼を言った。
尾地の前にいるニイも礼を言う。
「その、こういうの今回が初めてで、そうだよね…遺体なんだもんね」
最前列を歩くシンウは顔を青くしていた。救出のために入念に準備した。自信を持っていたはずなのに、その実、事態の緊急性に飲まれてまるで出来ていなかった。仲間が死んでいる状態であることはわかっていたのに、彼女を「遺体として取り扱う」事を忘れていた。彼女の遺体を池袋駅まで運ぶ。その過程をきちんと想像できてなかった。
「みなさんが慌てていると思いましたので。初めて仲間を失いかけている。仲間をダンジョンの中に置き去りにしている。さすがにきつい状態ですからね。ですので、持っていったほうがいいかもしれないと思いまして…」
尾地は誇るわけでもなく淡々と語る。何度も同じ様にミスを繰り返してきた、痛みから学んできた先達者として。
「みなさんがダンジョンからお戻りになって、十分な休息をなされていないということも予想できましたので…」
たしかにそれもある。仲間が死ぬさまを見て、パーティー全体を戦闘不能と判断し、仲間を見捨てて地上に戻った。
再準備と派遣冒険者の依頼、最短ルートの検索。各員に休息も命じてあったが、焦る気持ちでそれもままならず、目的地に到着する頃には二徹に近い状態になる。アドレナリンの噴出により今は大丈夫だが、いくら若いとはいえ行動の限界時間は近い。そのピークタイムがまもなくなのも体の予感としてある。
「派遣がなかなか決まらないから…余計な時間がかかったんだよ」
さきほどから不満で口を尖らせていたジンクが反論する。
たしかに。派遣の当日依頼への返事が時間を食った原因でもあるが、作戦成功のためには、現在の四人だけでは心もとなかった。最低一人の追加人員は必須だったのだ。
「【レスキューミッション】で募集なされてましたね?」
派遣の募集欄には様々な条件が書かれている。その中から自分がやりたい仕事を派遣側が選択するが基本だ。
「みな、レスキューミッションは避けるんですよ…面倒だって」
派遣される側の意見に皆が色めき立つ
「面倒って何だよ!絶対必要だから頼んでるのに」
ジングが後ろに向かって吠える。しかし尾地は平静に
「普通のミッションならいいんです。戦闘の数合わせとか、荷物持ちとかなら、でもパーティーメンバーの命が懸かっていると正面切って言われると、派遣は避けちゃうもんなんですよ。失敗したら自分にも責任が降りかかる。失敗してできる余計な心の傷なんて仕事を続ける邪魔にしかなりませんから」
冷たい理由を説明する派遣冒険者、だが後ろを歩くスイホウは
「でもあんたは来てくれたんですね」
「仕事ですから、当然です」
派遣冒険者は振り返り、自分より背の高い女性にほほえみを返した。
派遣として仕事をしに来ました、命を助ける仕事をしに来ました、と彼は言ったのだ。
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