第三十五話 モーターロリポップ
原色の明るさをそのままに赤や青、黄色といった虹のような色彩のキャンデーを口いっぱいに頬張り、パソコンで設計図のようなものを一心不乱に作成し作業をしている。
「あの…」
「まっへっ!いまいひろころ、だはら!」
少女は頬張ったキャンディーを置く暇もないくらい両手は忙しそうだ。
「あ、はい…」
身長は150cmぐらい、髪はお団子留めにしてツナギ作業着の上半身だけ脱いで、Tシャツ姿で作業する目の前にいる人は、どこからどう見ても中学生ぐらいの少女に見える。大企業の実験場、研究室にはとても似つかわしくない、いで立ちの人物であった。
初対面がおもいっきりダイブされるという、意外すぎる出会い方をしたが、彼女はすぐに立ち上がりパソコンに駆け出すと、見ての通りそれから何か作業に没頭している様子だ。それはまるで、テレビゲームに夢中の子供にしか見えない。
だが油汚れで真っ黒になった指先でキーボードをタイプしている彼女と、この環境をよく見ると普通の少女ではない、俺より遥かに優れた技術者なのが理解できた。
作業所内をぐるりと見回して見る。工作機器はどれも最新のものではあるが、所々使いこまれている跡が見てとれ、しっかりと整理、整頓、清掃がされている。そして恐らく整備中のバイク車両だろうか、フレームむき出しで様々な部品が取り外されているが細かく各部品やネジ一つまでも綺麗に並べられており、なにより工具類がじかに地面に置かれておらず、ちゃんと入れ物に入れて作業しているのが分かった。
そんな細かい事、だからなんだと言う人もいるがこういった基礎の所での意識の違いが積み重なり、一流のメカニックとそうでない者とに分かれるのを俺は知っている。そうここは昔の俺が憧れたバイクメーカー直系のファクトリーチームのピットそっくりだった。
ここは、機械に自分や他人の命を懸ける重みを知っている人の仕事場だ。
そう気づいた時、緊張感というかなんというか、こう胸が締め付けられるような苦しさを感じた。
「おみゃ、はへ!」
椅子をくるりと回転させ、頬張ったキャンディーを口から外した。
「さっきは、ありがとなっ!ところで君は誰だい?」
「あ、俺は病葉亮です。あの植木さんの部下で、ここに来るよう言われて来たのですが…」
「おお!そうかそうか!」
彼女は立ち上がり近づくと、肩をバシバシッ叩いた。
「ふむ、ふむ細身で筋肉も申し分ない、これなら良い実験ができそうだなっ!」
「実験…ですか…?」
「ああ、プロジェクト企画書は読んだか?」
「ええ、はい。自動二輪の試作車両開発だと…」
「そうだ!その通りだ!そして本企画の提案者であり、プロジェクトリーダーはこの私!
その芳賀さんは片足を椅子の上に乗せ、仮面ライダーのような決めポーズをして物凄いドヤ顔で名乗った。
「あ、はぁ、よろしくお願いします…」
この時が、ここに来る前の植木さんや妃さんが言った意味を身をもって理解した瞬間だった。
「ところで、他のプロジェクトメンバーはどこに?」
「そんなものいないぞ」
「え、」
「私がマシンを作り君が実験する!二人で十分じゃないか?」
腰に手を当て、胸を張り芳賀さんはとても誇らしげだ。
「そ、そうですね…」
そんな事あるか、二人で良いわけがない。マシン一台作るのがどれだけ大変だと思ってるんだ!と心で叫んだ。だが、あまりにも自信満々に言い放ち、恐らくこの先の上司になるであろう先輩に出会ってすぐ文句をつけるという発言はその瞬間、会社員である自身の損得勘定が働き、俺はその発言を封じ込めるのに成功したのだった。
「いや~。植木さんには助かったよ~。なんせ内に二輪部門なんてないじゃない?テストライダー欲しかったのよねっ!」
「もしかして、それでさっき自分でテストしてたんですか?」
「あー。そ、そうなんだけど…」
「まぁ!これからは病葉くんが乗るんだし、私の事はいいの!」
「よっと。で、これがその試作車両ね」
芳賀さんは書類を手渡しながら、二台のバイクを紹介した。
「これは……」
「どうだ!この二台の技術実証機は凄いぞ!」
「エンジンではなく電動モーター駆動なんですね…」
俺は近くに寄って細部までまじまじと観察する、いや目をくぎ付けにされた。
「一号車は従来のモーター車とさほど違いはないが、バッテリーに硫化物型全個体電池を用いてモーターと一体化、小型化しモジュール化してある。さらにキャスター角を走行中に可変させる機構を搭載した、万能型って感じだな」
「そして二号車はなんと水冷式インホイールモーターを後輪に搭載したタイプだ!こっちは従来の二輪車とはかなり違う走行特性だろうな、しっかり運転してくれよ!」
俺は試作車両を見ながら、その開発書を読み進めるにつれ心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。今までに見た事のないアイデアと技術が詰め込まれたその開発プランは、どれも革新的で尚且つ実現可能な裏付けまでもきちんと研究されていたからだ。他企業からの試作品供給も受けておりこのプロジェクトはかなり現実性が高いという事も分かった。
「これは凄いですよ!これ全部芳賀さん一人で!?」
「ふんっ!どうだ凄いだろ!」
とてつもないドヤ顔を見せられる。
「ええ、こんな車両乗れるなんて夢みたいですよ!今では大手バイクメーカーは量産車で利益第一主義になってしまって、こういう斬新で刺激的なバイクに乗るのが学生の頃から夢でした!」
「おお!病葉くんはこの素晴らしさを分かってくれるんだね!」
芳賀さんも興奮したのか、書類を持つ俺の手を握って目をキラキラ輝かせながら見つめてくる。その輝き俺には分かる。バイクというタイヤが二つしかない危なくて自立出来ない乗り物、それにライダーという人間が融合する事で初めて完成する、その魅惑の乗り物に憑りつかれた同士だという事を!
「僕にできる事はなんでも言って下さい!」
「おお!これから共にがんばろうじゃないかっ!」
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―――――――
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『この時、まるでお互いが運命の人と出会ったかのような感動を二人は覚えたと、
『この先、明るい希望に満ちた夢の世界があると二人は信じていた、しかしそんな二人のゆく先には想像を超える壁が立ちはだかるのだった』
昔見たNHKテレビ番組で、このナレーションのセリフと音楽が共に頭の中で再生された。
地面に倒れて仰向けに転がると、空の青さを知る。まさにここは地上の星に違いない。俺は起き上がり転倒した試作マシンを起こした。電源を入れるがモーターが起動しない…
「嘘だろ、おい…」
転倒して故障したのか、電力が尽きたのか…
「くそっ、ここから研究室まで何キロあるだろうか…」
考えても仕方ない。俺は百キロを超えるマシンを押してテストコースを歩く。
息を切らせて、汗だくになりながらやっとの思いでテストコースから芳賀さんのいる研究所に戻ってきた。
「おー、おかえりー。やっぱダメかー」
到着するやいなや。芳賀さんはマシンにノートパソコンを接続してセッティングを始める。
俺はヘルメットを脱ぎ、レーシングスーツの上半分を脱いで椅子に倒れこんだ。
「はぁ、はぁ、芳賀さん…モーターのパワーバランス設定ミスしてますよ、出力が高すぎて全くコントロール出来ません」
「ん?それは予定通りだ」
「え?」
芳賀さんの表情一つ変えない様子に悪い予感がよぎった。
「ちょっと見せて下さい」
「あ!見るなー!」
俺は芳賀さんからノートパソコンを手の届かない高さに素早く奪い取り、設定データを確認する。
「芳賀さん…」
「なんですか!このめちゃくちゃな設定は!」
「だ、だってぇ~」
「パワーウェイトレシオ0.33kg/PSって、正気ですか!?俺を殺す気ですか!?」
「いや、だって生きてるし…」
「最新のスポーツ車で1.00kg/PSですよ?こんなの人間の乗り物じゃないでしょ!」
俺は怒って芳賀さんに詰め寄る。
「うぅ…」
「それになんで目標巡航速度が時速200kmになってるんですか!?そんな市販車作っても世界中のどこも走れませんよ!?」
「あとこれも、」
「まぁ、待て!言いたい事はわかる!」
芳賀さんは小さな手を目一杯広げて俺を制止させる。
「病葉くんは一つ大事な事を忘れているぞ…」
「…なんです?」
「それは、早いバイクは何よりもカッコいい!!」
芳賀さんはいつも通りのドヤ顔で誇らしげに答えた。
そしてこれも同じく、俺はげんこつをした。
「痛っ!あー、またげんこつしたな!私は上司だぞっ!パワハラだぞっ!」
「それ、矛盾してるから!」
「いいですか、芳賀さん。せっかく素晴らしい革新的な技術があるんだから、せめてまともに乗れるモノにしましょうよ!」
「だって早いんだぞ!カッコいいんだぞ!」
「じゃあ走行可能時間はどれくらいですか?」
「うっ、それは…」
「ガソリンエンジン車より重いはずのバッテリーモーター車でこの出力、おかしいですよね?どれくらいですか!?」
芳賀さんに詰め寄る。
「2、2分…とか?」
「・・・」
「2分だけ走れるバイクなんか作ってどうするんですか!?」
「俺がどれだけ苦労してここまで運んで来たと思ってるんですか!」
「あ、うぅ…」
「このポンコツ開発者!」
「あ!言ったな!今、ポンコツって言ったなぁ!」
「このまま同じ事を続けるなら、この先も言い続けますが何か問題でも?」
「くっ、このぉ…」
「そ、そうだ!お前、植木さんの部下という事はさては高瀬妃の部下だなっ!」
「そ、そうですが、妃さんは今関係ないでしょ!」
「ふっ、ふーん。それはどうかな」
芳賀さんはスマホを取り出すとどこかに連絡したようだ。
「何してるんですか?」
「ふん!今に見てろ」
芳賀さんは何故か余裕の表情を浮かべながら、時折口笛を吹いてノートパソコンで作業しだした。その様子を見て疑問を感じたが、しばらくして研究室の扉が開いてそこには妃さんが現れた…
「あ、妃~~!」
芳賀さんは妃さんの姿を見るやいなや飛びついた。
「み、美幸先輩どうしたんですか?」
妃さんは困惑した表情で答えた。
「妃~~!お前の部下が私をいじめるぅ~~~!」
「え、先輩って…まさか妃さんの?」
「あなた先輩になにしたの?」
芳賀さんは妃さんに泣きついている様子だが、一瞬俺の方を見てニヤリと笑みを浮かべたのを見逃さなかった。
「あ、いや。実は…」
俺は誤解を解くために、ありのままの事を妃さんに説明した。
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―――――――
――――
「はぁ…そいう事ね…」
「美幸先輩、それは先輩がいけません」
「だって…」
芳賀さんはいじけた様子だ。
「いいですか、先輩はやれば出来るんです。天才と呼ばれた立派な研究者なんですから」
「そ、そうか!?」
「ええ、先輩は天才ですよ」
「うふ、やっぱそうかー。そうだと思ってたんだー」
その二人のやり取りは、まるで母親が子供をあやしているような様子だった。
「そうですよ。それに出来の悪い部下の要望を叶えるなんて天才の先輩からしたら朝飯前ですよね?」
「ま、まぁな!確かに…」
「おい!仕方ないからもう少しお前の乗りやすいように開発してやる!」
芳賀さんは俺にこう捨てセリフを吐くとパソコンに駆け寄って仕事の続きを始めた。
「あ、ありがとうございます」
「ふぅ、先輩は一つに事に集中すると周りが見えなくなるのよね…」
「あの、先輩っていうのは?」
「ええ、パリの大学にいた時知り合った私の先輩よ」
「あ!そうなんですか!ビックリしましたよ。海外の大学じゃ飛び級できますもんね」
「あー。えと…、確か先輩は今年で35歳かな…」
この時俺が受けた衝撃は、生涯忘れる事はないだろうと確信した。と同時に開発への情熱と機械への愛情を捧げる姿も忘れられない。こうしてこの技術研究プロジェクトに俺は熱中し、しばらくの月日が経過してゆくのであった。
次回 【第三十六話 ある日の魔王の
関連情報紹介
一般的なバイク、車について:車やバイクはエンジン、いわゆるガソリンと空気による爆発を起こして動力としている内燃機関と、電気によるモーター駆動のもの二つに大きく分けられる。その両方を備えたモノはハイブリット車とよばれ、その他に水素や太陽光をエネルギーにして走る車両もある。
パワーウェイトレシオ:パワーウェイトレシオとは車両の速さの指標としてよく用いられ、実際にはエンジン特性や走行環境、ギヤ比やタイヤの種類など様々な要因が絡むので絶対的な指標とは言えない、しかし「車両重量÷最高出力」という単純な性能指標であり、特に加速性能が分かりやすいため業界で用いられる用語である。数値が小さいほど加速性能が高い。市販されているスポーツ二輪バイクだと1.00kg/PS前後。スポーツ四輪車だと10.00kg/PS前後である。
パワーウェイトレシオ測定方法、及びデータ解析参考動画YouTubeリンク
326BHP Kawasaki H2R spits flames on Dyno @ Motorbeurs Utrecht HD 1080
https://www.youtube.com/watch?v=wYYiSqMh8hs
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