第二十六話 青春のカプリース

「妃さんって凄いんですね」


「別に私じゃなくてもこれくらいできるわよ」


俺は洋服のボタンほどの大きさの四角いプラスチックをまじまじと観察していた。これは妃さんが作ったGPS発信機だ。以前銀行で使ったものとは別に位置情報だけが発信される機能だけにしぼり小型化された品物である。


「けど、作ったは良いけど今のところ何も転移者の手がかりはないんでしょ?」


「そうなんですよね…」

灯星高校での授業に参加し生徒と話したが、いたって普通の高校であり教師の方たちもみな真面目で人当たりがよく、とても良い学校というのが印象だ。


「あら、これは何を見てたの?」

妃さんが俺のパソコン画面を覗いた。


「ああ、これは川島詩子というバイオリニストの紹介サイトですよ。灯星高校の生徒だったみたいで昨日偶然会ったんですよ」

川島詩子は確かに世界の名だたるコンクールで賞を受賞しており、幼い頃から有名な指導者にも指導されるような天才日本人バイオリニストとして有名だった。


「こんな凄い子が市立のそれも音楽の実績もない高校に転校って不思議なものね」


「そうなんですよね、サイトには海外ではなく日本で活動していきたいというのが本人の希望らしくて、それで灯星高校に転校してきたとか…」


「それでこの子になにかあるの?」


「いえ、ただ良い演奏だったなーと思って」

妃さんはいつものように俺をひと睨みした。


「まぁいいわ、そろそろ学校へ行く時間よ用意して」


「はい」


授業二日目となり流石に初日よりは生徒の数は減ったがそれでも多くの生徒が新しいスタイルの授業を見に集まっていた。今日は様々な生き物の3Dモデルを用いての生物に関する授業をしていた。筋肉や臓器が動く様を先生が解説するが、その生々しい映像に生徒たちはいささか嫌悪感を表していたようだった。


それでも、今までにない授業は盛況で最後は拍手で終わる事ができた。今日は二日目という事もあり数人の生徒に残ってもらい授業の簡単なアンケートと感想聞く事になっていた。捜査のためにこの高校に来たが、やはり会社のために仕事もきっちりこなさなければ会社に申し訳ない。


妃さんは最終日の打ち合わせのため退席したので、俺が生徒から感想の聞き取りを担当した。が、感想はそこそこに生徒たちと世間話で盛り上がっていた。


「へぇー、そんなのが流行ってるんだー」


「病葉さんの頃は何が流行ってたんですか?」


「俺は工業高校出身だから、みんなバイクの免許とって放課後はクラスメイトとツーリングばっかりだったかな」


「へぇー」


「それに、これは俺が話した事は先生に秘密だよ。友達と夜中に学校に忍び込んでで、肝試ししたりして少し悪い事もしたかな。次の日バレて怒られたけどね」


「いいなぁー私もしてみたーい!」


「こらこら」

生徒たちと談笑していたが、ここで気になる話を耳にする事になる。


「けどうちの学校は本当に幽霊が出るんですよ」

一人の女子生徒が話だした。


「違うよ、悪魔だよ」

男子生徒が訂正にはいる。


「なになに?その話聞かせてよ」

俺もオカルトや都市伝説の類は割かし好きな方で、興味本位で聞きたくなった。


「実はうちの旧校舎には夜になると悪魔が現れるって噂なんです。何でも新校舎の警備員が見かけたとか」


「そうそう!それに突然悪魔が見えたって騒いだ生徒がいたらしくて、ほら3年5組の!」


「違うよ、2年4組の生徒だよ!それも5人くらいが見たとか!」


「え、私は1年生の生徒が3人だって聞いたけどな…」


「で、その悪魔を見た生徒はどうなったの?」


「噂じゃ、怖くて学校に来れなくなったって、それで悪魔の呪いなんてのも今流行ってます」


「へぇー、それは怖いね」

よくある学校の七不思議というやつだろうか、しかし大体は偶然起きた事象の話に尾ひれがついて誇張され伝わる都市伝説のようなものだろう。所詮は噂、信じるに値しない話、少し前ならそう思ったのだろうしかし異世界転移という当事者になった今の俺には何か気がかりに感じた。


そして、聞き取りを終え生徒たちを帰して、俺はまた教室で製品の明日の下準備を行っていた。この授業も明日が最後だ気合を入れて準備しよう。


今日、南は委員会だか係だかの用事で放課後の授業は見に行けないと連絡があったが、こうして生徒たちと談笑した後に放課後の教室で一人机に座り作業するのは、何だかノスタルジックな感じがしてそれはそれで良いものだと窓の景色を見ながら感じた。


すると微かに音楽が聞こえてくる。昨日とは違いもの悲しいスローテンポなバイオリンのメロディーだった。それを聞いたら居ても立っても居られなくなり俺は音楽室へと自然に体が動いていた。扉の前で気づく今日はピアノの音もする、静かに音楽室の扉を開けなかに入ってみる。するとやはり川島さんが華麗にバイオリンを演奏しており、しかしピアノの席に人の姿は見あたらない。おそらく自動演奏なのだろう。その様子からかは分からないが、華麗な演奏にもかかわらずどこか悲しげに感じた。彼女は俺に気づいたが止める事はなく演奏し続けた。


時には情熱的でそれでいて切なさのようなものを感じる彼女の演奏は素晴らしいの一言だ。そして演奏を終えるとお辞儀をした。それに拍手で答える。


「ごめんね、練習中なのに邪魔しちゃって」


「いえ、私も誰かに聞いてもらえる方が練習になりますわ」


「凄い情熱的なダンスマカーブラーで感動しました」

これはお世辞などではなく、事実彼女の演奏には凄まじいものを感じた。曲名は日本語では『死の舞踏』を意味し、十代にもかかわらずこれだけの表現力を有しているのには驚きだ。


「病葉さんはクラシックがお好きですのね」


「ええ、特にバイオリンは大好きですよ」

彼女の圧倒的な技術を前にして尊敬の念からか、敬語が入り混じって変な話方になっている自分に自分で困惑した。


「それは良かったですわ、今日はお一人ですか?」


「ああ、南は何か用事があるらしくて」


「そうですか」

「病葉さんは、花岡さんととても仲良しですのね」


「ええ、まあ偶然知り合ってそれで仲良くなって、バイト紹介したりして・・・」


「あら、あなたが原因でしたのね」


「え?」

その瞬間、開かれた音楽室の窓から強い風が舞い込む。


「いえ・・・蝶が羽ばたき、そして竜巻が起きる。あなたはそれをいつの日か目にするのね」

舞い込む風に川島さんの髪は流れ、真っ直ぐと俺を見つめる瞳には得体の知れない不安感のようなものを感じた。


「それは?どういう…」

一流の演奏者、アーティストの感性は独特で常識を超えるとよく言われるがこのような不思議な発言がそう言われる由縁なのかもしれない。この時そう思った。


そして、変な沈黙で気まずくなったので話題を変える事にした。

「ピアノは自動演奏?」


「ええ、そうですの。この学校に難しいクラシックを弾ける人はいなくて」

そりゃそうだ、部活や教員レベルでは川島さんの伴奏なんて務まらないだろう。


「それならどうしてこの高校に?川島さんならもっと専門的な学校の方が良いんじゃ?」


「そうですね、そうかもしれませんが…」

何か言葉に詰まっているようだった。


「あ、ごめんごめん。何か事情があるよね」


川島さんはピアノの前に座ると、見事にピアノを演奏し始めた。そして1フレーズ弾き終えると話始めた。

「そうですね。私の父はピアニストで母はバイオリニストでした。物心ついた頃から楽器を教えられて、私にはそれが当たり前でした」


「母には特に厳しく指導され、小さかった私は毎日泣いてばかりでしたがそんな時、いつも父がピアノを優しく教えてくれて慰めてくれました」


「今の私があるのは母のお陰なのは間違いありません。でも優しい父は母と違いピアノを強制せず『詩子は広い世界を見て、将来なりたい自分になりなさい』というのが口癖でした・・・」


「それがこの高校に転校してきた理由?」


「そうかもしれませんね。私は心のどこかで音楽から離れて普通の生活を求めているのかもしれません」

俺はなんと返答して良いのか悩んだ。


「そうか、なら学校生活楽しまないとね」


「ええでも、手遅れかもしれません。私が転校する前から生徒には私が転校してくる事が伝わっていたみたいで、有名人扱い、腫物扱いのようで一人も友達を作れず、こうして放課後にバイオリンを練習する事しかできない…」


「・・・」

悲しげにうつむいている彼女。その時バイオリニストとしてではなく一人の高校生として見えた瞬間、俺は自分の過去を思い出した。忘れ去られていたその記憶は今、鮮明に思い出されたのである。


「南は?南は友達じゃないのか?」


「花岡さんは…転校してきてから初めて話しかけてくれました…」


「・・・」


「その時どう思った?」


「その時は…私は食堂でお昼ご飯を食べていて…それで…」


「…その。嬉しかった…と思う」

ピアノの椅子の上で、もじもじして、そして恥じらいながら答えるその姿は演奏していた時の彼女とは大違いで、どこにでもいる高校生そのものだった。


そうか、きっと彼女は慣れし過ぎたのだろう。特殊な環境で幼い頃から大人とばかり接していた事から、考え方や精神が大人と並んでしまった。そして俺のような大人とは上手に話せるが、しかし本来接するべき同年代とどうしてもギャップを感じてしまい、結果距離感が分からずどうコミュニケーションをとって良いのかが分からないのだ。


俺はそんな彼女に膝をついてしゃがみ語りかける。

「南とは友達になりたくないのか?」


頭を勢いよく左右に振り「そんな事ありません!花岡さんは明るくて…優しくて…でも、友達なのかなって…」


「私は!友達というのが何なのかわからないんです、人とはコンクールで争う事ばかり…そんな私には…もう…」


「そうか…」


川島さんの気持ちは理解した。そこで俺は脳をフル回転させ今、自分にできる事それだけを考えた…いい機会だし、やるだけやって見るか。


「川島さんこれから時間ある?」


「はい、今日は特に用事はありませんが?」


「ならよかった、見せたいものあるんだ」

俺はスマホを取り出して連絡をとり、準備する事にした。



15分後、一階教室にて―――――――



電子黒板を前に俺は近くのコンビニで買ってきたジュースとお菓子を並べて準備を整える。


「病葉さんこれは一体…?」


「いいから、いいから川島さんは座ってて!」

そうこうしている内に扉がガラリと開けられ南が飛び込んできた。


「は、花岡さん」


「ごめんね詩子ちゃん遅れちゃって、あ、わーいい!やったー!ジュースとお菓子もあるー!」


「病葉さん、一体何をするの?」


「友達と集まり、ジュースとお菓子を食べながらする事といえばただ一つ…」


「それはゲームだ!!!」


「おおー!亮さんさすがです!学校でゲームできるって聞いて急いで来ましたよー。けどこれでゲームできるんですか?」


「ふっ、お嬢ちゃんたち…松澤の技術力をなめてもらっては困る、こんな事もあろうかとオプション装備のゲーム用コントローラーも持ってきてある!」


「おおーさすがー!」


「けど、あと一人遅いなー」

するとちょうど扉が開かれ、妃さんが入ってきた。


「言われた通り、先生方に許可もらってきたわよ」


「ありがとうございます」


「で、何するの?」


「ゲームでーす!」

元気よく南が答えた。


「あ、あなたそんなもの用意して…!」


「まぁまぁ、生徒と交流を深めてより良い教育に貢献しましょうよ」

俺は無理やり妃さんを座らした。


「じゃあ最初はパーティーゲームから」


「あの、私、ゲームなんてした事がなくて…」


「じゃあ私が教えてあげるね!」

南は丁寧に川島さんに教えているみたいだ。


友達とゲームするなんて何年ぶりだろうか、みなで笑いそれを共有する時間。川島さんも最初は慣れない様子だったが、さすが手先が器用なのだろう何回かやっている内にあっという間に初めてのゲームに適応した。それに比べて…


「き、妃さんって意外と不器用なんですね…」


「うるさいわね!あなたが私の取ろうとしたアイテム取るからでしょ!」


「では、私のをどうぞ」


「あ、ありがとう」


「あー!ダメだよ、詩子ちゃんそんなにアイテムあげちゃ!」


川島さんは昨日、今日では見せた事のない笑顔でゲームをしていた。きっと今まで寝ても覚めてもひたすらバイオリンだけの毎日だったのだろう。そして常人じゃ理解できない苦しい努力の日々を彼女は過ごしてきたはずだ。その無邪気な笑顔を見て俺はどこか安心した。自分の今できる事を考えた結果が、この時間だった。


「じゃあ次は人生ゲームでもしようか」


「人生ゲーム?」


「これはね、自分のキャラクターを成長させながら人生を決めていくゲームなんだよ。だからゲームに慣れてない詩子ちゃんでも大丈夫!」


「ちなみに、さっきビリだった人には俺が名前をつけます!」


「何よそのルール…」


「妃さんかぁ~何にしようかな…『ツンデレねこ型ロボット』と」


その後リアルファイトになり変更させられたのは言うまでもない。


次回 【第二十七話 インシデントナイトメア】


YouTubeリンク Saint-Saens Danse Macabre by Clara Cernat & Thierry Huillet

https://www.youtube.com/watch?v=_Ye03Gu2dHA

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