第二十七話 インシデントナイトメア

四人でのゲームを終えて俺と妃さんは会社に帰ってきた。研究室でコーヒーを入れながら帰りの光景を思い出す。南と仲良さげに笑いながら帰宅する二人の背中を見ると上手くいったと思うが、俺は正しくあれたのだろうか?


「ちょっと何ニヤニヤしてるのよ」


「あ、いや別に」

できあがったコーヒーを妃さんと植木さんに渡す。


「それで明日で最終日だけど何か手がかりはみつけたかね?」


「それが、まだ何も…」


「やはり、そう簡単に情報は見つからないか」


「いたって普通の学校、特に問題はないものね」


「・・・・」


「あ!そうだ一つ気になる情報がありました!」


「何かね?」

俺は生徒から聞いた噂、夜中に旧校舎に現れる悪魔と、悪魔を見たという生徒が複数いるらしいという旨を説明した。


「う~ん…」

植木さんは深いため息をついていた。


「これ、何かあると思いませんか?」


「その噂はいつ頃から?」


「それが、例の教師が銀行強盗する少し前の話みたいなんです」


「そう、なら何かあるかもしれないわね」


「そこでなんですが、夜中に行ってみてもいいですかね旧校舎」


「う~ん気になるが、不法侵入になっちゃうからね~」


「そこを何とかなりませんか?」


「う~ん…仕方ない今のままじゃ何も手がかりがないんだし、旧校舎なら迷惑かからないだろう」


「ありがとうございます」


「でも念のためだ、私が作ったこれを持っていきなさい」

植木さんはデスクからマスクのようなものを取り出し手渡してきた。


「これは…」

鏡を見ると口元だけが出ている目出し帽のようなマスクだった。しかし映画で見るような何かアメリカンヒーローのマスクにも似ていた。植木さんは一体どういう理由でこれを作ったのだろうか…


「いやー病葉君似合ってるよ!それで顔はバレないね!一応丈夫な素材でできているからね!」


「ただの怪しいコスプレ男ね」


「今度妃ちゃん用も作っといてあげるからね!」


「いりません!先生!」


一度マスクを脱ぎ、ポケットにしまいイヤホンを耳に装着し、コートを着て準備をする。


「それじゃあ行ってきます」

バイクを走らせ俺は灯星高校、旧校舎へと向かう。


“どう?通信は大丈夫?”

妃さんの声に返事する。


「ええ、良好です。もし悪魔を見つけたらすぐに連絡します」


“もしかすると、転移者かもしれないんだから気をつけなさいよ”


「はい!」


そして灯星高校前に到着する。俺は旧校舎側の道路で目立たない所にバイクを止める。そして植木さん特製のマスクを被り、念のためだこのまま改造したグローブは付けて行こう。


旧校舎前の比較的低いフェンスの前まで歩みより、周りに人がいない事を確認してよじ登り敷地内に侵入する。黒いコートに今日は黒いシャツを着ているので遠くからは滅多な事では見つからないはずだ。


校舎の壁に沿いちょうど侵入に適した窓を見つける。見ると鍵はかかってるがかなり古いタイプの簡単な施錠だ。だが油断してはいけない、俺は妃さんに教えられた通りに、まず鏡で内側の窓枠周囲を確認する。後付けの防犯センサーがないか確認するためだ。そういったものが取り付けられていない事を確認し教えられた通り外から施錠を外す。そして静かに窓を開け慎重に内部へと侵入した。


「校舎内に侵入しました」

辺りを見渡すが真っ暗だ。


“それじゃあ亮の位置と内部の地図を表示させるわ”

すぐにスマホを取り出して画面を確認する。


“あ、それとライトはこの表示されているボタンを押してね”

ライトのマークを押すと薄い赤紫のような色でスマホの背のライトが点灯した。


“この光はすぐに分散され遠くからは見えないわ”


「さすが妃さんです。まずはどこから調べましょうか?」


“どこって一階から順に上って調べるしかないわよ”


「ですよね」

銀行の時使ったソナーも考えたが広範囲の探索には不向きだ。


俺はライトで照らしながら校舎内の廊下を進んだ。建て替えが必要なだけあってこの校舎はかなり古いようだ。まるでホラー映画に出てきそうな色褪せ、所々剥がれた木造の廊下や壁は時代の流れを感じとる事ができる。これは確かに悪魔や幽霊が現れてもおかしくないかもしれない…


とりあえず、一階の端まで歩いて来たが異常は見当たらない。そして二階への階段を上る途中踊り場にある大きな鏡を見て、驚いたが深呼吸をして高鳴る鼓動を押さえようとする。二階に上り一階と同様にかく教室を窓越しに内部を確認しながら廊下の先へと歩みを進める。時折、壁の掲示物やポスターを見て懐かしさを感じるが、深夜の学校は不気味であった。


三階に上るが、これまでと何ら変わらない雰囲気にやはりただの噂にすぎないのかと少し落胆した。


―――――――が、しかし


三階の廊下を少し進むと、遠くの方で何か音が聞こえてきたのだ。それは規則正しく鳴っているようで何かリズムのようにも聞こえる。近づくにつれそれはバイオリンの音色だった。そしてそのリズムの正体はパガニーニ、カプリース5番だと気づいた。


その瞬間、暗闇の少し先そこには大きな金属製の扉が現れたのだ。それは錆びて変色し所々塗装が剥がれているが、元が白い扉だというのが想像できる。


「これは、防火扉か?」


“どうしたの?何か見つけた?”


「あ、いえ」


俺は恐る恐る扉に触れる。冷たく金属の重量感を感じ、その扉は施錠されていないようで押してみると金属の擦れる音をたてながら簡単に開いた。扉をくぐり先へと進んでみる、その間も音楽がやむ事はなく鳴り続けている。俺はなぜかその音源の元へとたどり着かねばという使命感のような思いに駆られた。


しかし廊下をゆっくり進むにつれて違和感を感じる事になる。校舎の壁のおもむきは変わりはじめ、消毒液のような匂いがしだした。さらに歩みを進めると、廊下や壁は木造ではなくなりタイルやコンクリートに変化していた。


そして、どういう事か車椅子が数台ならんで置いてあるのだ。そう、まるでここは病院だ。天井を見ると案内板がぶら下がり、壁には病室の部屋番号を表す札が取り付けられていて教室の入り口があるはずの所には、病室の入り口がある。


俺はその暗闇の病院の先をさらに進む。すると左右に何もない廊下が続き、その廊下の窓ガラスは割られ外は漆黒の暗闇に見えた。


それでも歩みを止めない。進むとスマホの明かりは突然消え、確認するとスマホの画面も真っ暗になっていた。光を失った俺は辺りを確認する、すると少し先に道路の外灯のような白い光が見える。俺はその光の元へと歩みを少し早めた…


光の正体はやはり外灯であり、しかも電柱に備え付けられている。外灯に照らされた足元を見ると舗装された道路に俺は立っており振り返ると、ただ真っ直ぐに歩いて来ただけのはずが見知らぬ道端にポツンと一人立っていたのだ。


辺りを見回す俺に、天からの水滴がぶつかりはじめる。そして勢いを増し夕立のごとく雨が降り始めたのだ。俺のコートは確かに濡れている。そして手に触れるこの雨の感触も本物だ…


俺は今になって我に返り、この異常な状態に恐怖を抱いた。


「妃さん!聞こえますか!妃さん!!」

俺はイヤホンを手で押さえ、必至に何度も呼び掛けたが返事はかえってこない。


「どういう事だ、俺は学校を探索して廊下を歩いていたはずじゃ…」


「なぜ雨が降る、これは…」


混乱しながらも辺りを見ると、道の先へと続く外灯の列が並んでいる。俺はこの灯の列が続く先を行くしか選択肢はないように思えた。それは今自分が置かれている状況、この悪夢のような異常な環境から、一刻も早く逃れなければならないという焦りがそう思わせたのかもしれない。


歩く先の道路にはガラスの破片が散らばっている。破片を踏み、きしむガラスの音は次第に増してゆき、地面が一面割れたガラスに覆われた行き止まりの袋小路へとたどり着く。


雨が降りしきる中その行き止まりの壁を見上げると、高い位置から外灯が俺を照らすためだけのように光を放っている。するとロープのような物が暗黒の天から垂れ下がった。その瞬間は驚き少しのけ反ったが、そのロープに近寄ってみる。その時の俺はまるで芥川龍之介の小説、蜘蛛の糸を見つけた犍陀多カンダタの気分だった。


しかし近寄るとその思いは間違いだと瞬時に気づく。その垂れたロープは絞首刑、首つり自殺に使われるような輪っかが結ばれていたからだ。


俺はゾッとした。


全身の毛が逆立ち後ずさりしながらも、見つめるロープからは雨水とは違う赤黒い液体が滴り落ちてきた。


滴る液体は次第に量を増しロープの下は赤黒い水たまりのようになり、波紋をたてて液面は揺れている。それを見た俺は膝をついて地面に倒れ込み、過去の記憶が蘇り、その先、そこからの悪夢のような未来を想像した瞬間それは現実となりはじめた。


赤黒い水たまりの液面は膨らみはじめ、二メートルほどの高さまで成長するとそれはやがて人型へと変貌し、手の部分がこちらに向けて伸ばされた。


「よせ、よせっ!!!」


俺の発する言葉の力は全くの無力だった。赤黒い人型のそれは手を首へと巻きつかせて、締め付けられながら顔の部分を俺の目の前へと近づける。持ち上げられ膝立ち状態にさせられ、目の前の顔部分には窪みが現れ、口の部分が形作られはじめる。


その時から、高音の音が鳴りはじめそれはバイオリンのようで鐘の音のようでもあり音量はうるさいくらいに増し、鼓膜が破れるほどの爆音となり、と同時に赤黒い顔の作られた口は、目一杯広げられ俺の頭全体を丸のみにしたのだった。


そこから先の意識は真っ暗で、かすかに動くまぶたを開くとそこにはスカートを履いた女性が歩いているのが見えた。途中立ち止まり振り返る彼女の頭には二本の大きな角のようなものが見えた気がした。


それは、まるで悪魔のような姿で。そして俺は気を失う…




次回 【第二十八話 あなたの事を将来忘れない】


YouTubeリンク N. Paganini Caprice no. 5 | Sumina Studer

https://www.youtube.com/watch?v=0jXXWBt5URw

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