第十三話 潜熱の焔 前編
「恐れるな」
俺は頭をバイクのシールドの内側に伏せるような態勢でコーナーに突っ込んだ。それと同時に目の前で炎の塊はぶつかり爆ぜた。火炎で視界はふさがれ、ヘルメットの隙間から熱風が入ってくるのが分かる。後輪が滑る感覚を全身で感じた。だがアクセルを緩めるわけにはいかない!
炎に包まれながら、自身の筋感覚だけに全てを集中させた。右足は後輪ブレーキを踏み調節する、右手のアクセルはできるだけ戻さずコーナリング後に素早い立ち上がりをするため、高いエンジン回転数を維持する。右手、右足で繊細な調整をする。包まれた炎から脱出し、遠心力で起き上がろうとする車体を右半身全体で抑え込みながら、道路の端ギリギリで曲がり切れた。
すぐに全開で加速する。奴との差は少し縮まったように見えた。衣服に防炎対策をしていて助かった。それにあの炎弾は見た目は派手だが、可燃物が燃焼しているというよりか、空気自体が燃えているようで質量は感じられない。視界はなくなるが、あれならまだ追える!
しかし奴はこの辺りに土地勘があるのか、巧に道路を曲がり続ける。辺りは港近くのようで潮の香りがし始めた。物流倉庫が沢山見えるが人影が全く見当たらない、しかし俺は初見の市街地で無茶な走りは出来ない、自滅するだけだ。少しずつ奴のテールランプが遠ざかる。
そして、奴は大きな倉庫のような所にバイクごと入って行った。
俺はその倉庫前で停車した。いよいよ覚悟を決めないといけないかもしれない。そう考えると今までの出来事で興奮していた感情が一気に冷め、凄く冷静になれた気がした。念のためバイクの向きを変え、すぐに走り出せるように逃げ道も確認する。
そして大きな扉が開かれた倉庫内部に足を踏み入れた。
中にはフライス、旋盤などの工作機械が並んでいた。ここは何かの工場のようだ。内部は薄暗く、古い木造建築のようで白熱電球のライトが風で揺らぎ、金属のこすれる音が鳴っている。足を進めるとライトに照らされバイクにもたれかかった奴が待ち構えていた。
「やっぱり、あんただと思ったよ」
そう答え俺を見る目は異様にぎらついているようだった。
まずは話をしよう、交渉すれば乱暴事は避けられるはずだ。
「あー、最近この街で放火しているのは君かな?」
「ああ、そうだ。あんたオレが燃やした奴だよな?なんでここにいる?」
「偶然街で走っていると君を見つけてね、話をしたくて追って来たんだ」
「ふーん」
よし掴みはまずまずだ。なんとか話し合いが出来そうな雰囲気に持ち込めた。交渉はとにかくリスニングだ、説得側は聞き役に回るのが鉄則。そして相手と俺が利害が一致するように誘導させ、相手がNOと言うような質問は避け、YESと返事させる質問を続ける。そしてラポール形成、つまり信頼関係を築き警察に引き渡そう。本は沢山読んでいて正解だ、まさかこんな局面に合うとは。
「君かなりバイクの運転上手いよね?どこで覚えたの?」
「ああ、アメリカで大体の事は覚えたよ」
「へぇー、アメリカか。向こうは広大な土地があるからさぞかし、」
会話の途中にもかかわらず炎弾が迫ってくるのが見えた。
俺はとっさに顔の前で両腕をクロスさせ身構えた。炎弾は俺に当たるとちりじりに弾けた。次の行動にそなえて腕の隙間から奴を見た。
「fuck、あんたのその目つきが気に入らねえ!」
「それにだ、普通の人間なら最初にまず!この火の事を真っ先に聞くはずだよなぁ。それは何なんだとか?お前は何者なんだってさぁ」
奴はポケットから煙草を出しくわえ、右手の黒い手で人差し指立てるとそこからライターのように小さな火を発生させ、吸い始めた。
「はぁー、つまりあんたはそれよりも何か目的がある。オレを見つけたのも恐らく偶然じゃない。第一声が放火犯かどうか確認したよな?しかし警察には見えないようだが…」
こいつは炎とは裏腹に、冷静で頭がきれるぞ。しかしあの手から炎が出る仕組みはなんなんだ?分からない事は多いが、アプローチの仕方を変えた方が良いな。だがどうすれば…
「ああ、俺は警察じゃない、説得するために来たんだ。その手から炎が出る仕組みは分からないが、これ以上人に危害を加えるような事は辞めるんだ」
「仕組み?これだけ見てまだ分かんないの?これはオレにだけ与えられた才能だよ!」
そう言い、彼は手を挙げると皮膚の色が肌色から黒色に変化し燃え上がった。
俺は目の前の事が理解できなかった。本当に人間が手から炎を出している。驚くような特殊な能力を持っている人は確かに存在する。記憶力だったり身体能力であったりと、しかしこれは物事の法則に反しているのではないのか!そう彼は子供の時に読んだ小説の主人公のような、たしかパイロキネシスだったか。それが目の前の現実に存在しているだと?可燃物、酸素、火元この三要素がないと燃焼という現象は起こらない。それがルールなはずだ!
「まぁ、信じられないのも無理ないかもな、オレも最初は目を疑ったよ。しかしこの能力でオレは何でもできるんだよ!」
腕をぐるぐる回すと空中に火の渦が広がり、それは停滞し火の粉が降り注いだ。その光景はあまりにも美しく神秘的だった。それを見た俺はこの世の物理のルールを捨てた。
「確かに信じられないが信じるしかないようだ…それでお前はその能力でこれからどうするつもりだ?」
「そうだなオレの気に入らない奴は燃やすかな、犯罪者やそれに、特に女を燃やして叫び声を上げさせてやるのも良いな」
「俺がそうはさせない」
「alright!男に順番が変わるだけだ」
両者の間に火の粉が舞い散り少しの睨み合いの間の後、俺は奴に向かって飛び出した。
奴はすぐに手のひらを向けて炎弾を放つ。再び腕をクロスし炎の中を突っ切た。
そして懐に飛び込むと、顔面めがけて右ストレートを放つ。しかし奴は左に上体をそらしかわした、そして上体を戻すバネを利用し俺の脇腹に重たいパンチを加える。しかしそのパンチは俺に効かない。
俺はその右手を掴み、そして少しかがみ肩を奴の脇の下に差し込み、後ろに背負い投げ飛ばした。そしてすぐさま奴の背中に馬乗りになり、右腕を腰のあたりに引っ張り、足のスネに全体重かけて拘束した。
奴は地面に押さえつけられながら話す。
「あんたいろいろ仕込んでるなプロテクターか?だがこれから、だぜ」
「無駄だこの手の位置からじゃ炎は当たらない。それに解っただろ?俺の服は全身防火対策してある例え炎に触れても燃える事はないぞ」
「はっ、はは!あんたはオレの能力を勘違いしてるよ」
「なに?」
奴は左手で俺の足に触れた。そして一瞬で燃えあがり熱さと驚きのあまり拘束を解いてしまった。そして蹴飛ばされ俺は弾き飛ばされた。すぐにしゃがんで左足の火を両手抑え込み、消火した。熱さで顔がゆがむ。念の為はいていた対切創インナーまで燃えていた。馬鹿な。表のズボンは引火しないはず…混乱しながらも立ち上がり拳を構えた。
「オレの能力は手に触れたものを燃やす能力のようでね、つまり今までは空気を燃やしていたに過ぎないのさ」奴は近くの工具箱からレンチを手に取った。
「つまりこうすると、少し時間はかかるがこんな事もできる」
手に持ったレンチに奴は集中しているようだ。すると次第にレンチから火が上がり、そして炎に包まれた。
有り得ない事が次々に起きる。レンチの素材は高硬度の合金だぞ!それが燃焼するなんて何百度の火が必要だと思ってるんだ。そんな手で触られる…なるほど並みの防火対策じゃ何の意味もないって事か…
「人間を燃やすにはどれくらい時間がかかるかなぁ」
不敵な笑みを浮かべている。
どうする…!
俺は頭をフル回転させ突破口を考えるが、自身の万能感に酔いしれ余裕の笑みさえ見える奴の表情に確かな恐怖を感じた。が、何故か逃げるという選択肢だけは思いつかなかったのだ。考えろ。考えなければ殺される。最初の背負い投げからの拘束しかプランは考えていなかった。後はノープランだ。
まてよ、奴は今、“時間がかかるが”と言った。それはどういう意味だ?その言葉から推察されるのは、やはり燃えにくい物は燃やすまで時間がかかるという事だ。生きている人間はかなりの水分を有しているはず。つまり長く奴の手にさえ触れなければ人体が燃える事はないわけだ。
どうにか隙を作り、仕方ないあれを使うしかない。
次回 【第十四話
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