星を追いかける

春夜如夢

第1話

暦の上での春は訪れてもまだまだ風は春を知らせてはくれない2月の夜。


小高い丘の上、星空を見上げる影が寄り集まっていた。


大小様々なシルエット

少し離れて立つ街灯の光がかすかにダウンのジャケットやカラフルなマフラーを淵どっていた。



頭ひとつ大きな影が全体に呼び掛ける。


「みんな夜空をよく見てね。一番目立つ星はどれだと思う?月以外で答えてみて」


小柄な影が背伸びするように空を指さして答えた。


「う~んあれ!あの星っ!」



「そうだね。池田くん。あの星が一番輝いて見えるね。何て言う名前の星かわかる人~!もしかしたら聞いたことある人もいるかな?」



「ん~わかんないや……圭わかる?」


少年は隣の友達に声をかけた。



「……シリウス。おおいぬ座の一等星」


ポツリと友達は答えた。



「お、甲斐谷くん正解。勉強してるねぇ。」



「すごぉいね……圭は星くわしいんだ」



「去年の星空教室でも言ってたろ?真人が忘れただけだよ」


白い息を吐きながら答える少年は穏やかにわらっていた。


「シリウスは太陽と同じ恒星で冬の大三角形のひとつ。

神話では狩人オリオンの飼っていた猟犬が優秀でゼウスに認められおおいぬ座となったっていう話があるね。」


「先生~オリオンってオリオン座の?」


「そう。シリウスがあるすぐ近く、星の3つ並んだところがあるね。

あそこはオリオンの腰の部分とされているよ。大小18の星からなる星座だね。

つなげると狩りで獲た獅子の毛皮と棍棒を掲げたオリオンの姿にみえるいわれてる。

まぁ実際そうは見えなくても神話から連想しているといったところだね。」



「オリオン座の神話はあるの?」



「あるよ~せつないお話が。聞きたい?」


「「「「聞きたぁ~い」」」」


「よろしい!では話してあげよう

オリオンとアルテミスの悲劇のおはなしだ。」




※。.:*:・'°☆※。.:*:・'°☆※。.:*:・'°☆※。.:*:※




全知全能の神ゼウス。その娘で、月の女神アルテミスという美しい女神がいました。


アルテミスは優しく美しく活発で狩猟を司る女神でもありました。


よく狩りに出掛けては野山を走り、狩人たちと狩りの腕を競って楽しむことも多くありました。


美男子の巨人族で腕利きの狩人であるオリオンとは仲が良く一緒に狩りに出掛けていました。オリオンは猟犬ライラプスを連れて、アルテミスは弓を持ち二人で得物を仕留めることも多くありました。

ともにお互いを認め、惹かれあっていました。


二人はきっと結ばれるに違いないと周囲の狩人たちや妖精も思っていました。




面白くないのはアルテミスの兄で太陽神のアポロンです。


自分と対をなす月の女神でもある可愛い可愛い妹が、むさ苦しい人間の狩人と仲良く……ましてや恋心を抱くなど絶対に許せませんでした。

過去のオリオンの素行を知っていたアポロンはなおさら許せずアルテミスに言います。



「美しく聡明な愛する妹アルテミスよ、オリオンはお前の愛を捧げる相手には相応しくない。

あの男はかつて酒に酔って王女に乱暴を働こうとして両目を抉られ海に打ち捨てられていたのだ、両目はこのアポロンが癒してやったが……性根が早々変わるとも思えん。考え直すがいい。」



「いいえ、兄様。過去にどんなことがあっても今のオリオンは誠実な男です。酒の上での過ちを悔いて私にも話してくれていました。

今は己を律して鍛えあげ、狩りに対しても誰より真摯に取り組んでいますわ。

私への愛も、差し出す手ひとつ向けられる眼差しひとつから溢れ出るほど示してくれるのです。

そんなオリオンを愛おしく思わずにはいられませんわ。例え兄様に何を言われても。」



アルテミスのオリオンへの想いは変わらないことを知ったアポロンは巨大な毒さそりにオリオンを襲わせます。


さそりの毒を防ぐには海に逃げるしかないと考えたオリオンは、さそりが来られないように沖に向かって泳いでいました。


「あぁ、狩りの約束をしていたのに……愛しい女神アルテミスは俺が現れないことを不思議に思うだろう。

………俺の姿を探してくれているだろうか。もしそうなら嬉しいが、約束を違えたと怒ってしまっていないだろうか。」



オリオンがそんな心配をしていた頃、浜辺でアルテミスはオリオンを探していました。

そこへアポロンがあらわれます。


「アルテミスよ、お前の腕前を見せてみよ。沖に朝日を浴びて金色に浮かぶあの小島にここからお前の矢は届くかな?

一度で射抜くことができたならお前とオリオンのことを少しは認めてやろう。」



「容易いことです。」



アルテミスは弓をつがえ浜辺からわずかに見える小島に向かって矢を放ちました。


真っ直ぐに飛んで言った矢は小島を射抜きました。


小島は海に沈んで沖の海水を赤く染めていき、やがてぷかりと浮かび上がりました。

それは物言わず後頭部から額をアルテミスの矢で射ぬかれたオリオン。


アルテミスは青ざめました。


アルテミスが射た小島は沖に泳いでいたオリオンの頭だったのです。



全てはアポロンの企て。

毒さそりをけしかけて海に逃げるよう仕向けたアポロンはアルテミスの目からオリオンだと分からなくなるまで離れるのを待ち、アルテミスの手でオリオンを亡きものにしたのでした。


「オリオン!!………なんてことっ……?!

──っ……騙したのね……………アポロンっ!!」



「………所詮女神と共に生き続けることのできぬ運命だ。その男もお前の手で死ねて幸せだろう?」



「許さない………もう兄とは思わぬぞアポロン!」


波に漂うオリオンを優しく布で包みアルテミスは父である大神ゼウスにオリオンを生き返らせて欲しいと頼みました。

しかし魂はすでに冥府に旅立った後で呼び戻す術は何も残っていません。


アルテミスはゼウスに頼みオリオンを星にしてもらいました。


「オリオン、愛しい人。私の心は永遠に貴方のもの。他の誰にも愛を囁くことはしない。そしてあなたの眩しい笑顔も暖かい眼差しも永遠に私のもの。星空を見るたび貴方を想うわ。」


アルテミスはその後ずっと誰とも結ばれることは無かったそうです。



※。.:*:・'°☆※。.:*:・'°☆※。.:*:・'°☆※。.:*:・'


「───という悲しいオリオンとアルテミスのお話でした。おしまい。」




「せんせ~切なすぎるよー!」


「色々ひどいし」


幼さの残る子どもたちには受け入れられない部分もあるようで口々に不満が上がった。



「昔から星に色々な思いをのせて人は生きているということだよ。ギリシャ神話でも色々な説があるからね。

アポロンにしろアルテミスにしろ昔の人が自分なりの気持ちで見上げた星空からできたお話と思えば、興味深いと思う。多少突っ込みどころがあるにしてもね。」


星空を見上げて白い息を吐く子どもたちの様子を見渡し今度は空気を切り替えるべく手を叩いた。


「さ、大分気温が下がってきたから今日の星空教室はここまで。展望台のラウンジに暖かい飲み物が用意してあるからもらってね。帰りのバスは20分後出発だよ。」



「「「は~い」」」




ぞろぞろと移動するなかひとつだけ一番大きな影が残る。


愛おしげにオリオン座を見上げた。






「懐かしいわね……オリオン」


しみじみと呟き、手を伸ばした。



開いた手に集めた空気を胸に当て目を閉じると離れたところから子どもたちの声がした。


「「「月子先生~いかないの~?」」」



ふ と微笑み返事をする。



「はいは~い、今いくよ~!」




振り仰いだ夜空に告げる。


「また来るわ、貴方を追いかけに。」









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