閉じ込められたオリヴィア 2
テイラーとともに地下の倉庫にやってきたオリヴィアは、倉庫を一つ一つあけて検分して歩いていた。
地下と言っても、壁に埋め込まれた燭台には灯りが灯されているのでとても明るい。
用途別に並ぶ倉庫を開けて中を確かめるという作業を四部屋ほど続けたところで、テイラーが「ほら、何もないですってば」と肩をすくめた。
「倉庫ですもの。据付のクローゼットとか、怪しい扉とか、あるはずがないですって」
「そうね……」
テイラーの言う通り、倉庫として利用するために作られた部屋は、どこも石壁で、床に絨毯すら敷かれていない。
機能性を重視した飾り気のない木製の棚が並べられていたりはするけれど、隠し部屋につながりそうな、怪しい扉もクローゼットもなければ、床下収納すら存在しなかった。
「天井にもないみたい。……じゃあ、あれかしら? 部屋の中じゃなくて、廊下に、一見扉とは見えないような扉が隠されていたり……」
「オリヴィア様、小説の読みすぎですよ」
テイラーが一度廊下に出て、部屋の扉を数えながら首を横に振る。
「おかしなところはありません。扉も等間隔に並んでいますし」
「……じゃあ、地下牢?」
「地下牢はダメです」
「そうよね」
地下室を思いついた時は名案だと思ったのに、手掛かりらしいものが何もなくてオリヴィアはがっかりと肩を落とした。
「もう一度調べてみましょう。わたくしはこっちの端から調べるから、テイラーは突き当りから調べてみて」
諦めきれないオリヴィアに、テイラーが仕方がないですねと嘆息して、突き当りの部屋へ向かう。
オリヴィアもテイラーとは反対方向の部屋に向かって中を覗き込んだ。
ごつごつした石壁に、オリヴィアの背丈ほどの棚が並んでいて、米や小麦、芋など、保存がきく食料が並べられている。地下室だけあって中はひんやりとしていて肌寒かった。
どこか動くところはないかしらと壁に手を這わせて、オリヴィアが真剣に隠し部屋を探していると、ふと、背後から影が差して振り返る。
「テイラー? もう終わったの?」
てっきりテイラーだと思って振り返ったオリヴィアは、そこに立っていた人物に目を丸くした。
「……こんにちは、モアナ様」
そこにいたのは、アーネット伯爵夫人モアナだった。エリザベートの学友らしく、彼女がエドワールのチームに加わると聞いた時に、一度顔をあわせている。穏やかそうな女性だった。
「ごきげんよう、オリヴィア様。何をなさっているの?」
「隠し部屋を探しているのですけど……残念ながらはずれのようです」
「地下はエドワール殿下とサイラス殿下が昨日探しに来られて、なかったとおっしゃっていましたわ」
「え、そうなんですか?」
「ええ。そんなことより、隠し部屋を探していらっしゃるなら、手伝ってくださらないかしら? 怪しい部屋を見つけたのですけど、一人では扉が開かなくて」
地下に隠し部屋はないらしいと聞いてがっかりと肩を落としたオリヴィアだったが、怪しい部屋を見つけたというモアナの発言にぱっと顔をあげた。
「どこですか?」
「ご案内いたしますわ」
「あ、少しだけお待ちください」
オリヴィアはモアナに断って、テイラーを呼びに行った。奥から二番目の部屋の棚の下に体を潜り込ませて探っていたテイラーが、埃だらけになった頭を振りながら振り返る。
「ほら、だからこんなところにはないって言ったじゃないですか」
「そうね、ごめんなさい」
埃まみれのテイラーのお仕着せの背中をはたきつつオリヴィアは謝罪して、テイラーとともにモアナが待っている場所へ急いだ。
モアナが言うには、怪しい部屋は今は使われていない騎士の宿舎らしい。
新しい宿舎を建てたので、数年前から空室で、誰も使っていないそうだ。
騎士の宿舎は城の中にあるが、入り口は外につけられていて、城の中からは入れない。だからだろう、オリヴィアたちは、自然とその部屋を「城の外」と認識してしまって、調べていなかった。
「モアナ様はお一人で調べていらっしゃったんですか?」
「ええ。今日は手分けして調べましょうということになって、皆さま散らばって探っていますわ」
モアナによると、サイラスとコリンがもう一度二階部分、リッツバーグが書庫で古い書物からヒントを探していて、エドワールの側近たちが、エドワールとともに三階を調べているという。モアナは一階部分を探っていたそうだ。
モアナに連れられて、オリヴィアとテイラーは一度城の外へ出た。
ぐるりと壁伝いに回って、古い騎士の宿舎の前でとまる。騎士の宿舎は城の外に出っ張るような形に作られていた。
扉には鍵がかけられていたが、モアナが鍵を預かってきていたので、それを使って扉を開けた。
ずっと締め切られたままだったようで、部屋の中は埃臭い。
ここは、宿直の騎士たちが使っていた部屋だそうで、入ってすぐの大きな部屋のほかに、小さな部屋が三つほど作られている。交代で仮眠を取る部屋のようだ。
ぐるりと部屋の中を見渡したオリヴィアは、すぐにその違和感に気が付いた。
「大きさの割に部屋が狭いですね」
この部屋は、外に張り出すように作られているが、その張り出した部分だけの広さしかないような気がした。
「ええ。わたくしもそう思って……」
モアナが城側の壁に近づいて、壁一面に張り付けられていたフィラルーシュの大きな国旗をめくる。
国旗の下には、扉があった。
「扉までは見つけたんですけど、ドアノブを回してもあかないんです」
「本当ですね。ドアノブが回らない……?」
いくらドアノブを回そうとしてもピクリとも動かない。
オリヴィアの次にテイラーも試してみたが、やはり動かなかった。
「おかしいですね。鍵がかかっていたとしても、錆びついているだけだとしても、少しくらい遊びがあるはずなんですけど」
まったく動かないというのが不思議だった。
扉を押したり引っ張ったりしながら首をひねっていたオリヴィアは、「あ」と声を上げた。
「蝶番がない」
「え?」
オリヴィアがつぶやくと、テイラーがきょとんと眼を丸くした。
「そうですね、蝶番はないですけど……反対側についているんじゃないですか?」
「そうかもしれないけど……でも、うーん」
オリヴィアはドアノブの反対側に指を這わせて確信した。
「これ、引き戸だわ。ドアノブがあるから勘違いしただけよ」
「引き戸ですか?」
「ええ、だって、ほら、壁が手前側にあって、奥に重なるように戸板があるでしょう? これ、引き戸の作り方よ」
オリヴィアがそう言って、ドアノブを回すのではなく左側に引くと、ぎいっと音を立てて戸が開いた。
「ほらね」
「まあ」
モアナも目を丸くする。
「さすがです、オリヴィア様!」
テイラーが感動したように手を叩いて部屋の奥を覗き込んだ。
「真っ暗ですね」
「そうね。灯りが必要みたい」
「それでしたら、わたくしが取ってまいりますわ」
モアナがにこりと笑って、部屋の外に出た。
そして、ぱたんと部屋の扉を閉めてしまう。
テイラーが眉を寄せた。
「ちょ、締め切られたら空気が悪くてやれないですよ!」
城の建設当時、ガラスが高価だったからだろう、この部屋の窓はもともと板張りだったようで、部屋を使わなくなってから、不審者が入り込めないようにするためか、窓はすべて外から打ち付けられてあかないようになっていた。だから、入り口を閉められると、どこからも空気が入らない。
テイラーが埃の匂いに耐えられないと怒って、モアナが閉めた扉を開けようとした。――が。
「……うそ、開かない……」
ガチャガチャとドアノブを揺らして、テイラーが茫然とつぶやいた。
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