隠し部屋 3

 そのころ、サイラス達は二階の西の貴賓室の隠し部屋にいた。

 該当の部屋はたまたま誰も使っていなかったので、メイドに鍵を持って来させて中に入る。


 使っていない部屋とはいえ、毎日の清掃は行われているので、室内はとてもきれいだ。大きな窓から入り込む日差しに照らされた部屋は広く、天蓋付きのベッドや高価な家具は、サイラスやオリヴィアにあてがわれた部屋と同じものだった。貴賓室はどこも同じように作られているのかもしれない。


 入って右手にバスルームがあり、左手に内扉でつながれた部屋がある。左の部屋は主人の侍女たちが使うことを想定しているのか、天蓋のないベッドが二つに、ドレッサーが置かれているだけのシンプルな作りだった。

 サイラスは城の見取り図をソファの前のローテーブルの上に置いた。


「部屋の造りから考えると、バスルームか、左の部屋のどちらかでしょうか。真ん中のこの部屋は、両側の部屋と、窓と廊下に囲まれているので、隠し部屋は作りようがないですから」


 サイラスが見取り図を覗き込みながら言う。エドワールもサイラスと同意見だった。しかし、ほかの部屋ほど大きく縮尺が異なるわけでもない。リッツバーグがテーブルの上に置かれた見取り図を覗き込んで「ここはほんの少しのずれしかなかったので、隠し部屋ほどのスペースはないかもしれません」と言う。


「そうかもしれないが、念には念を、だ。私はバスルームを探してみよう。サイラス殿下は左の部屋を頼めるだろうか」

「ええ、わかりました」


 エリザベートは朝から体調が優れなかったので、部屋で休んでいる。

 あまりに体調不良が続くため、心配になったエドワールが侍医の診察を受けるように命じたのだ。エリザベートはただ疲れが出ただけで大げさにしたくないと言ったけれど、青白い顔でそう言われても説得力に欠ける。エドワールが少し強い口調で、侍医の診察を受けなければ、チームから外すと脅せば、エリザベートも渋々ながら了承した。


 コリンは誰かが入ってこないように部屋の入口のところで待機してもらう。

 サイラスは左の部屋へ向かうと、まずクローゼットを開いた。部屋の中で一番隠し部屋を作りやすそうだったからだ。

 クローゼットは広く、奥行きがあった。当然だ。侍女が使うことを想定しているとはいえ貴人の部屋である。荷物も多いだろう。スペースは充分に必要だ。


(奥の壁に動かせる部分はなさそ、か)


 一通り確かめたあとで、サイラスはクローゼットの可能性を捨てた。

 振り返ればリッツバーグが部屋の壁を確かめている。


「壁の線もなさそうです。ただ……、右の壁が他と比べて少し分厚い気がします」

「右の壁?」


 右と言うと、続き部屋とつながっている方だ。内扉を開けて壁の厚さを測ってみると、リッツバーグの言う通り、他よりも二十センチばかり分厚い。が、二十センチの幅に隠し部屋が作れるはずもないから、たまたまだろう。

 壁ではなく床の線も考えたが、床にはぴっちり絨毯が敷かれている。ベッドやドレッサーが乗っているので、絨毯をはぐのは至難の業だ。この部屋に隠し部屋があると確信が持てれば別だが、怪しいという段階で、絨毯をはいで床まで調べなくともいいだろう。


「他に探せそうなところはないよね」

「はい。特には……窓も、おかしくないですし」


 リッツバーグはまだ壁が気になるようで、先ほどから何度も壁を叩いている。

 リッツバーグがそれほど気にするのだから、何かあるのかもしれない。ほかにすることもないので、サイラスも手伝うことにして、サイラスは右の部屋側から壁を調べてみることにした。


「リッツバーグ!」


 コンコン、と壁を叩き続けていると、一部だけ音の違う部分があった。そこはちょうどタペストリーがかかっている場所だった。

 サイラスが呼ぶとリッツバーグがすぐに駆けつけてきて、サイラスが叩いた壁のタペストリーをはがす。タペストリーの下の壁は、そこだけ長方形に切り取られたような線が走っていた。

 リッツバーグが慎重に探ると、線が入っていた部分がぱかりとはずれる。


「え、まさかここに?」


 サイラスも目を丸くしたが、残念ながら壁の向こうに隠し部屋はなかった。外した壁の中にあったのは折り畳み式の梯子で、ほかに珍しいものはない。


「梯子? ……なんで?」

「さあ?」


 リッツバーグも思わぬものが出てきたと首をひねっている。


(梯子をわざわざ部屋に備え付ける必要があるかな?)


 貴人が梯子を使ってシャンデリアの掃除をするはずがない。それはすべて使用人の仕事だ。使用人のために梯子を部屋に置いておく必要はない。彼らは掃除をするたびに、倉庫からそれを持ち出してくるのだから。


「……ってことは、意味があるはずだ」


 梯子があるならば、調べるのは上である。

 天井を確かめていたサイラスは、ふと小さな違和感を覚えた。


「あ……わかったかもしれない」


 サイラスがつぶやくと、リッツバーグが顔をあげた。


「どこです?」

「多分天井。窓の上の壁の高さが他の部屋と比べておかしくない? 窓は同じ高さにあるのに、あきらかに上の壁の大きさが違う。この部屋だけ天井が低いんだ」


 リッツバーグが急いで左の続き部屋を確かめて戻ってきた。


「本当です。この部屋だけ天井の高さが違います」

「となると……天井に何かあると見るのが普通だよね」


 コリンにも手伝わせて天井におかしなところがないか探していると、部屋の隅に、正方形の形に切れ込みが入っている部分を見つけた。


「あそこかな」

「見つけたのか?」


 エドワールがバスルームから顔を出したので、サイラスが天井を指さす。


「上だと思います。あそこの板が外れそうです。梯子も見つけましたけど、古いものなので、これは使わずに踏み台を用意した方がいいかもしれません」

「わかった。踏み台を持ってこさせよう」


 清掃メイドに言えば、シャンデリアを掃除するときに使う踏み台を借りられるはずだと、エドワールは一度部屋を出てメイドを呼びつけに行く。


「じゃあ俺は、燭台を持ってきます。天井ですから、灯りは入らないでしょうからね」


 コリンがそう言って部屋を飛び出して行った。






 メイドたちが部屋の中に踏み台を運び込んだころ、燭台を手にコリンが戻ってきた。

 天井を確かめるのは、四人の中で一番運動神経に優れているコリンに任せた。


 躊躇なく踏み台を昇って行ったコリンが、切れ込みが見えた天井の板を上に押すと、それはあっさりとはずれた。

 コリンはそのまま天井の上に昇って、そして、天井の穴から下を見下ろした。


「部屋があります。天井が少し低いですけど、床は頑丈なので、一人二人なら上って来ても大丈夫だと思います。全員は、避けてほしいですけど」

「よし、行ってみよう」


 エドワールが踏み台に足をかける。

 エドワールが上ったあとでコリンが降りてきたので、交代でサイラスが上った。

 天井裏に作られた隠し部屋は、コリンの言う通り高さがなく、腰をかがめながら探らなくてはならなかった。


 コリンが置いてくれた燭台のおかげで部屋の中の様子はわかるけれど、それほど大きくない部屋には、家具らしいものは何もない。

 ただ、何もない部屋の壁に一つだけ、不思議なものが飾られていた。


「古い地図のようだ」

「そのようですね、地名が今と異なる」


 エドワールとともに地図を覗き込んで、サイラスは首をひねる。


「ここにピンが刺してありますけど、なんでしょうか」


 地図に金色のピンが一つ刺してあった。

「今の名称だとサハバの町だな。……昔の言い方だと……古語でしかも筆記体か。私はあまり得意ではないんだが……」

「ベルーチェ、と書いてあるようですね」


 サイラスもそれほど古語が得意ではないが、オリヴィアの影響で昔から古典を読んでいたので、読む分にはそれほど苦労はない。意味まで取れと言われると時間がかかるが、町の名称ならばそこに意味を考える必要はないから、読めさえすればいい。


「ベルーチェ……? その町になにか意味があるのだろうか?」

「どうでしょう。まさか、剣がここに隠されているとか?」

「それはないだろう。選定の剣は代々城の中に隠される。城から持ち出されることはないから、こんな遠いところまで運んだとは考えにくい」

「そういえばそうでしたね」


 選定の剣は城の外には持ち出さない。隠し場所は昔から同じなのだ。


(ここに貼られているのが城の見取り図ならまだしも、なぜ国の地図が貼られているのだろう)


 この地図に深い意味はないのだろうか。だが、隠し部屋に地図だけ残されていることから、これに何らかの意味がある気がしてならない。考えすぎだろうか。


「ともかく、ここに剣はなさそうだ。別の部屋を当たろう」

「そう、ですね」


 まだ気になるには気になるが、いつまでもここにいても仕方がない。


(オリヴィアに相談したいな。……でも、本当に競争になっちゃったから、相談はできないよね)


 部屋に戻ったら、今の地図にベルーチェの名前とともに印をつけておくことにして、サイラスはエドワールとともに次の部屋に向かったのだった。


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