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「陛下! サイラス殿下とアトワール公爵令嬢が旅行に行かれたと聞きましたがどういうことでしょうか!」


 レモーネ伯爵が血相を変えて国王の元にやって来たとき、部屋にはオリヴィアの父であるアトワール公爵もいた。


 レモーネ伯爵はアトワール公爵の姿を見るなり、目の前に敵を見たと言わんばかりに噛みついてきた。


「公爵もどういうことでしょうか! 王太子殿下との婚約を破棄してすぐに、娘をサイラス殿下に取り入らせるなんて、恥ずかしいとはお思いにならないので?」


「人聞きの悪いことを言わないでいただきたい。サイラス殿下自ら娘に求婚なさった場に、貴公もいたはずだが、まさか覚えていないはずはないだろう?」


 アトワール公爵は、何を馬鹿なことをと言わんばかりに鼻で笑って続けた。


「オリヴィアとサイラス殿下の旅行についても、私や陛下に報告があり許可を出したことだ。貴公にとやかく言われるいわれはない」


「ですが、向かったのはデボラの町だと言うではないですか! あそこは私の領地。私に一言あるべきではありませんか!」


「向かったのは王家の別荘だ。それがたまたま貴公の領地内でデボラの近くだっただけだろう。ですよね、陛下」


「ああ。私もそう聞いている」


 国王はにこりと微笑んだ。


「サイラスはオリヴィアに夢中なようだからね。息子ががんばって旅行に行くまでにこぎつけたのだから、親としては応援してやりたい。それが何か問題だったかな、伯爵」


「ですから、領主である私に――」


「これは視察ではなくただの旅行だ。君に知らせてせっかくの旅行が堅苦しいものになってはかわいそうだから、私が許可を出したのだが。それとも、サイラス達がそなたの領地にある別荘に向かうことに何か不都合があったのかな」


 レモーネ伯爵は押し黙ると、忌々しそうにアトワール公爵を睨みつけて、慇懃に一礼すると部屋から去っていく。


 レモーネ伯爵がいなくなると、国王は顎を撫でながら小さく唸った。


「うーん、これはもしかしなくとも、余計なことを言ってしまったかな?」


 するとアトワール公爵が口端を持ち上げる。


「なに。これで何かあったとして、それで娘を守り切れないような男であれば、サイラス殿下からの求婚を丁重にお断り申し上げるだけです」


「それは困るなあ!」


 国王は一転して面白そうに笑った。

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