12
「さすがティアナだな、もう仕事が片付いたようだ」
アランは休憩がてら庭を歩きながら、ほくほくとつぶやいた。
アランの半歩後ろを歩く補佐官のバックスは、アランが書類のことを言っているのだと悟って、言いにくそうに口を開いた。
「そのことですが……、それらの書類を処理されたのは、レモーネ伯爵令嬢ではなく、オリヴィア様です」
「なに?」
アランは足を止めてバックスを振り返った。
「オリヴィアが? 馬鹿を言うな。オリヴィアが処理できるはずがないだろう。第一、書類はティアナに回すように伝えたはずだが」
「その件ですが、レモーネ伯爵令嬢が陛下に直談判されたそうです」
「は? 直談判?」
「ええ。なんでも、王妃教育で忙しく、書類にまで時間が割けないため、一か月ほどオリヴィア様に代わって処理いただきたいと」
アランは目を丸くしたが、すぐになるほどとうなずいた。
「そうだな、王妃教育は大変だろうから。時間が割けなくとも仕方ない。オリヴィアは遊んでいるのだろうし、どうぜ替え玉でも立ててほかのものに書類の処理をさせているのだろう。一か月くらいかまわない」
「……。殿下。オリヴィア様は替え玉など立てておりません。書類についても、すべてオリヴィア様の直筆で、的確に処理がなされていました」
「冗談を言うな」
「冗談ではございません。恐れながら、これまでもすべてオリヴィア様がお一人で処理なさっていました。あの方の仕事は的確で無駄がないと、オリヴィア様に仕事を頼んだものは皆そう申しております」
アランは怪訝そうに眉を寄せた。
「そんなはずは……」
ない、と言いかけたアランは、遠くから「殿下!」と呼ぶ声に顔を上げた。見れば、ティアナの王妃教育を担当している教育官のワットールがこちらへ向かって小走りに駆けてくるところだった。
「どうした?」
ワットールは何かに怒っているようだった。アランのそばまでやって来た彼は、モノクルを指先で押し上げると、まくしたてるように言った。
「殿下。レモーネ伯爵令嬢の王妃教育ですが、私のほかにも一般教養レベルの教師をお付けしていただきたく」
「なぜだ。ティアナはもう十七。一般教養など……」
「習得されておりませんからそう申し上げております。はっきり言って、私が教鞭をとるに値する知識レベルとは思えません」
「ワットール、いくらお前でも不敬だぞ」
「そう思われるのであれば、実際に殿下がご覧になればよろしいではございませんか? ともかく、歴代の王の名前どころか、簡単な算数もできないような方の相手は出来かねます」
「そんな馬鹿なことがあるか。第一、オリヴィアはもっとひどかったはずで――」
「お言葉ですが殿下。オリヴィア・アトワール公爵令嬢には私が教鞭をとる必要がございませんでした」
「そうだろう。オリヴィアは学ぶ姿勢すら――」
「私が教える必要もないほどに、充分すぎる教養と知識を有されていらっしゃいましたから」
「……なに?」
「殿下は何かを勘違いなさっているようですので、この機会にはっきりと言わせていただきます。オリヴィア様は天才です。ティアナ様はオリヴィア様の足元にも及びません。それでは」
言いたいことを言って憤然と去っていったワットールの背中を見つめながら、アランが茫然とする。
思わずバックスを振り返ると、補佐官はため息交じりに言った。
「……恐れながら、私もワットール様と同意見にございます」
アランは沈黙した。
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