30 - お友達からお願いします

 話題にされているのは自分のことなのだが、何が問題なのか全くついていけなくて、ユキは目の前の人物をぼんやり観察していた。

 強そうだな、というのが第一印象だ。シーカーのような装備はしておらず、街の人たちの普段着と全く変わらない服装だが、鍛えられた体をしていることが見て取れる。もしかしたら何かあった時には、本人もシーカーのように対処に当たるのかもしれない。


 ユキの目前にいるのは、アトヴァルカのギルド長である。


「――というわけで、ユキちゃんの養親探しに手を貸してほしいんだけど」

「というわけで、と言われてもな……」


 ため息をついたギルド長に、ユキはうんうんと頷きそうになった。ユキが元々いた村の名前もわからなければ山の位置もわからないのに、どうやって協力しろというのか、という気持ちはよくわかる。


 なお、他ならぬユキが頷くべきではない、ということも理解しているので、頭を動かすのは我慢している。


「……人相は描けるか?」


 苦り顔のギルド長に尋ねられ、ユキは首を横に振った。


「……描くのは難しいでしゅ」


 イケが、というよりは、ユキの問題ではある。

 一応人の区別はつくが、残念ながら、ユキは人の顔を覚えたり判別したりするのが苦手なのだ。はっきり言って、他人の見た目にほとんど興味がない。イケと他の人とを描き分けろと言われても、絵にしようとすればおそらく同じものになる。丸に点が三つ、とか。あとはせいぜい色を付けるくらいだろうか。


「髪は赤くて、目も赤いでしゅ。背はしゅごく高いでしゅ」


 ユキが語れるイケの外見的特徴といえば、その程度なのだ。それ以外と言われても、口数が少ないとかものすごく強いとか、つまり外見とは関係ない情報しか出せない。


「……まあ、見た目は何となくわかったよ」


 がしがしと頭をかいて、ギルド長は再びため息をついた。


「故郷を遠く離れて、育ての親とも引き離されちゃった可愛い男の子を助けたくないの?」

「……メグ、主観が混ざってるからちょっと大人しくしてくれ」

「ここは協力してあげるところでしょ?」


 ママすごいな、話が全然噛み合ってないな、と他人事のようにユキが思っていたところで、部屋の扉をノックする音がした。事前に連絡をして時間を取ってもらっていたはずなのだが、他に訪問予定者がいたのだろうか。


「ギルド長? 戻ったって聞いたから話したいんだけど」


 知っている声だった。


「カイル?」

「え? ユキ?」


 誰からも許可が出ていないのに部屋に入っちゃうのはどうなんだろうか。

 ユキがつい声をかけてから、躊躇なく扉を開けて入ってきたカイルを見て思う。そのまますたすた歩いてきて、ユキを膝に乗せて座るし、それはどうなんだろうか。


「……カイル?」

「ユキのことで相談しようと思ってたんだ。手間が省けた」


 機嫌よく頭を撫でられて、ユキは考えることを放棄した。おそらくユキの心情に一番近いのはギルド長だろうが、そのため息の原因になっているメグもカイルも、ユキのコントロールできるような相手ではない。

 あら、とか、そうなんですよ、とか、後ろの二人が実に好意的に会話を続けているので、ユキがどうにかできる範囲からはとっくに離れているのだ。頭を抱えるように俯いてしまったギルド長には同情するが、一蓮托生になりたいとは思わない。


「……見た目五歳児で、周囲の気配を察知できて殺気を放ったり無意識で魔法を使ったりして、魔力は馬鹿高いしおまけに魔法の属性変化? もう俺の手に負えねぇよ……」


 今のユキの見た目は五歳くらいに見えるらしい。山にいた時はもう少し年上の扱いをされていたはずだから、体が小さくなったというのは動かせない事実のようだ。

 ショックだな、と遠い目をしたユキと、座ったまま項垂れているギルド長がまとう空気は、ほぼ同じものである。


「負わなくていいから、ユキちゃんの養親探しと保護に手を貸してちょうだい」


 ユキはほとんど理解していないが、五歳の子供が周囲の気配を探ったり、殺気を放って相手を威圧したり、というのはまずありえないことだ。よほど殺伐とした環境に置かれていたのか、と周囲の大人に心配されていることにも、気づいていない。今は自覚的に魔法を使えていないにせよ、生まれ持った魔力の高い子供が周囲の人間に利用される、という事例も少なくはないのだ。 加えて、他人が放った魔法を変化させるなど、誰も聞いたことがなければ見たこともない。

 本人がどう考えているにせよ、自身の目的のためにユキを囲い込もうとする人間が後を絶たないのは間違いなかった。そのことを、イケとほぼ二人きりで暮らしていたユキは実感できていない。


「あ、護衛はオレやるんで」


 自分の身を危惧されているらしい、ということはユキにもわかるが、わざわざカイルが護衛まですることなのだろうかと思う。


「あらそう? じゃあ養親のイケさん探しを、ユリウス、お願いね」

「…………わかった」


 本人が口を挟む隙もなく、あれよあれよと何かが決まっていっている気がする。口を挟んでもどうにもならない気もしたが、ひとまず手土産を渡しておこうか。

 メグに貸してもらった魔法鞄から、先日のクッキーを取り出してローテーブル越しに差し出す。


「よろしくお願いしましゅ」

「賄賂かよ」


 恭しく差し出したユキに疲れたように笑って、ギルド長もクッキーを受け取った。そういうつもりはないが、受け取ってくれたということは、メグの頼みも引き受けてくれるのだろう、とユキは勝手に思った。

 メグの頼みというよりは、ユキの身の安全とイケを探すことが目的ではあるが。


「まあ、坊やが危ないのは事実だし、育ててくれた相手に会えないってのも気の毒だ。できる限りの協力はするが……大っぴらにならない範囲になるからな、期待はしないでくれ」


 ユキが首を傾げると、ギルド長は丁寧に説明してくれた。


 いわく、小さな子供が人探しをしている、ということ自体が、まず珍しい。珍しいということは、その子供はいったいどういう人物なのか、と逆に調べられる可能性があるわけだ。調べられて、ユキの特異性が相手に知れれば、今度はその情報を利用される。そして、全く関係ない人間がイケのことを持ち出してきたり、イケの元に届けるといってユキを利用しに来たり、と悪意にさらされるかもしれない。

 そうならないよう、ユキがイケを探していることを、ギルド長としてはあまり公にしない方針だという。


「……しょこまで気にしないといけないんでしゅか」


 げんなりしたユキを、カイルが再度撫でた。面倒かもしれないが、ユキの身の安全を確保することと、周りに害が及ばないようにするためには、慎重を期した方がいい。


「その代わり、オレといっぱい遊んでよ」

「カイルは別に友達じゃない……」

「うわ傷ついた、お友達からお願いします!」

「ほんとにきじゅちゅいてる……?」


 めげない人だなと思いつつも、その軽やかさに気が楽になったのも事実だ。ユキは小さく笑いを漏らして、カイルにぽふんと背中を預けた。


「お友達からよろしくお願いしましゅ」

「はいよろしく」


 差し出された手に小さな手をぺちっと打ちつけて、ユキは歳の離れた友人を持つことになった。友人というか分類としては護衛なのだが、ユキの意識の上では友人だ。


「じゃあユリウス、後のことはお願いね。カイル、今後の方針も詰めなきゃいけないし、うちにいらっしゃい」


 はいはい、とユキを抱いてカイルが立ち上がり、メグと一緒に出ていくのを見送って、ギルド長は深々と何度目かのため息をついた。

 なお、ギルド長の名前はユリウスという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る