15 - 体のせいか、環境か

 メグとエリックと一緒に昼食を食べて、ユキはこの一家が自分を保護してくれたらしいことを知った。詳しい話は夜に家族が揃ってから、とは言われたが、ユキが川原に倒れているのを警備隊の一人が発見し、街まで連れ帰ってくれたそうだ。


 警備隊、街、という単語を聞いて、ユキはここが村から遠い場所だろうと判断した。山の麓の町に、警備隊というものがあるとは聞いたことがない。おそらく、ユキの知らない場所だ。崖から落ちた後、どうなったのかを知りたいが、こればかりは手段がないような気がする。

 メグの夫は警備隊の隊長で、ユキがもしかしたら悪いことをしようと思ってやってきたのかもしれない、またはユキが悪い人に狙われているのかもしれない、ということを考慮して、自分の家に引き取ったそうだ。ユキの身元もわからないし、とはいえ小さな子供だからと、メグが看病してくれることになった。ちなみに、彼女は元シーカーだったらしい。

 例えユキが悪い人間だったとしても、彼女なら抑えられると判断されたそうだ。


 ちょっと鳥肌の立ったユキだった。


「もう少ししたら、ハンスと、上の息子のサイラスが帰ってくるから」


 警備隊隊長のハンス、妻のメグ、子供のサイラスとエリックの四人家族だそうだ。

 夕食を作るメグの傍で、ユキは大人しくキッチンの椅子に座っていた。散々眠っていたようなので、ベッドにいるのも退屈だし、体が小さくなってしまって家の仕事を手伝うのも難しい。一人で座って待っているのも退屈だったから、メグが料理しているところを眺めさせてもらうことにした。


「エリック、お皿を用意してくれる?」

「はーい」


 エリックはもう学校を卒業して、シーカーとして働いているらしい。まだ成人ではないから町から離れるような依頼は受けていないが、こつこつと実績を重ねているそうだ。今日は休養日、とのことで、家でメグを手伝ったりしながらのんびりしていた。


 扉の開く音がして、お帰りなさいと二人が声をかける。ただいまと二人分の声が返ってきたから、ハンスとサイラスが帰ってきたのだろう。キッチンのカウンターが視界を遮って、ユキには二人が見えなかった。


「ユキー、おいでー」


 エリックに呼ばれて、ずりずりと椅子から滑り降りる。体が縮んだおかげで、ちょっとした動作が一仕事になってしまった。

 キッチンから出てとことことエリックの元へ向かおうとして、見えた人影にぎょっとして立ち止まる。メグやエリックを怖いとは思わなかったが、体格のいい男性二人がいると、ちょっと圧迫感があった。思わず後ずさりしそうになって、でも訳もなく怖がるのも失礼かとも思い直して、その場に立ちすくんでしまう。


「あー……ごめん、怖かったね、ユキ」


 進退窮まった様子のユキに、エリックが助け舟をくれた。警備隊の服装のままの二人に、その場から動かないように目配せし、自分はユキに近づいて抱き上げてくれる。おそるおそるといった様子で、しかしぎゅっとエリックの服を掴んだユキを撫でて、ゆっくりと話しかけてくれた。


「あれはね、オレの父さんと兄さん。ユキにひどいことしないよ。大丈夫」


 エリックの言葉を聞いてから、ユキはそっと二人に視線を向けた。お揃いの服装をした二人も、ユキのことを見ている。腰には武器を携えているから、ちょっと怖い。エリックに抱っこされていれば、大丈夫だろうか。


「……はじめまして、ユキでしゅ」


 小さな声で挨拶だけして、エリックにぎゅっとくっつくようにする。まだ会って一日も経っていないが、メグとエリックはユキの味方、のはずだ。ユキが嫌なことはしなかったし。


「挨拶できたね、えらいね」


 撫でてもらって、ちょっとだけ安心した。顔を向けるとエリックがにこにこ笑っていて、安心感がさらに増した。もう一度ぎゅっと抱きついてから、そっと二人の方にも顔を向ける。一人は難しい顔をしてよそを向いていて、一人は困ったように頭をかいていた。


「そんなに怖がらせるつもりはなかったんだけど、そっか、子供からしたらちょっと怖いか」

「そりゃそうだよ、二人ともでかいし、制服のままだし。着替えてきなよ」


 呆れたようにエリックが言うと、二人が廊下に出て行った。ほっとしてエリックにくっつき、キッチンに視線を向ける。メグが嬉しそうにこちらを見ていたのを知った。


「三人目の息子が来てくれたみたいで、嬉しいわ」


 二人が帰ってきたのが嬉しかったのかとユキは思ったが、違うらしい。何かいいことがあったようだ。この短時間に何だろう。


 とはいえ、あの二人が戻ってくるのがまだ怖いので、何も言われないのをいいことに、ユキはエリックにくっついていることにした。

 イケに抱っこされていた時は早く下ろしてほしかったのに、エリックの抱っこは安心できる。状況の違いなのか、ユキの体の大きさが問題なのか。

 うーんと考えている間に、エリックが食卓の椅子に腰かけていた。抱っこのままとんとんと背中を叩かれていると、体を預けたくなってしまう。つい甘えてしまった。


「重たかったでしゅか」


 慌てて体を起こしたユキに、エリックは何でもないよと笑った。


「ユキが懐いてくれてるの、父さんたちに自慢できるから」

「じまん?」


 首を傾げたユキに、エリックはにこにこと笑ったままだ。少年と言ってもいい歳のように見えるのだが、子供好きなのだろうか。ユキとしては、エリックが抱っこしてくれていればあの二人を怖く思わなくて済むので、ありがたい。


 料理が並べられて、ユキの抱っこはメグに移された。昼食の時にわかったのだが、ユキが一人で椅子に座っても、背が足りなくて食事ができないのだ。メグは育児経験のおかげか、ユキを膝に抱いたままでも自分の食事ができたから、ユキのことがひと段落つくまでは、食事時はこの体勢になりそうだ。

 二人が部屋に戻ってきてユキはまた身を強張らせたが、メグが後ろからぎゅっと抱きしめてくれて、何とか落ちついた。


「……想像以上に警戒されてて、ちょっと悲しい……」


 嘆くように言ったのは、先ほど頭をかいていた方だ。それじゃあ、と難しい顔をしていた方を見て仏頂面と出くわし、ユキは慌てて視線をそらした。そんなに怒られるようなことをしただろうか。メグの膝にいて良かった。


「やっぱり警備隊の制服のままじゃ、怖かったんじゃないかしら」


 ユキとしても、助けてもらった手前、あまり愛想がないのも良くないとは思うのだが、体が勝手に反応してしまうのでどうしようもない。小さくなったからか何なのか、今までなら気にしなかったことに驚いてしまうし、怖いと思ってしまう。


「……ひとまず、食事にしよう」


 仏頂面の人の声に、一家がそれぞれ姿勢を正し、彼以外は実に和やかな雰囲気での夕食となった。

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