第35話

 ドラハンデビューを果たして、そろそろ3ヶ月が経過する。

 定期テストのせいで、1週間ほどINしない期間があったけれども、それ以外はライダーさんと毎日会話していた。


 あと、エリナとのあいさつ。

 月から金まで欠かしたことはない。


「おはよう、伏見さん」

「おはよう、加瀬くん」


 エリナは周囲を警戒しつつ、好奇心を隠しきれない様子で質問してきた。


「ねえねえ、そろそろ次のテストが近いじゃん。加瀬くんって、いつも何番目くらいなの?」

「ああ、俺はだいたい……」


 不思議なものだ。

 テストの順位なんて、近しい友人にしか教えたことがないのに。

 まさか女の子に打ち明ける日がやってくるとは。


「おお〜。やっぱり、頭いいんだね」

「前回はいつもより調子が良かったから。自分でもびっくりしたくらい」

「いやいや、すごいよ。ゲームにも情熱を注いでいるのに。ちゃんと勉強と両立できるなんて」

「恐れ入ります」


 いつの時代も、女の子からめられるのは嬉しいものだ。


「そういう伏見さんは?」

「え〜と、うぅ〜、にゃ〜」


 なにこれ⁉︎

 猫みたいな愛らしさに、鼓動がいっきに高まる。


「言い訳じゃないけれども、前回のテストは、あまり成績が振るわなかったから……」


 教えられた順位は、サトルの予想よりも少し下だった。


 それだけドラハンに熱中していたのか。

 あるいは家庭が忙しいのか。


 質問できない自分がもどかしい。


 この伏見エリナが?

 本当にライダーさんの中身なのか?


 今でも信じられない。

 あの夜の一件は何かの間違いで、本当は別々の人間じゃないかと、心のどこかで思っている。


 もしここで……。

『伏見さんって、本当はライダーさんだよね?』

 そう指摘したら、エリナはどんな顔をするだろう。


 笑って誤魔化すのか?

 動揺のあまりパニックになるのか?

 まったく予想できない。


「加瀬くんがやっているゲーム、そろそろクリアだっけ?」

「うん、もう一歩だね。今週中には全クリできそう」


 その前に1個だけ。

 サトルの口からエリナに聞かせておきたい話があった。


「これはラスボスの画像なのだけれども」

「おお、なんか格好いい」


 サトルが差し出した携帯の画面を、エリナは興味深そうにのぞいている。


「俺って、あんまりゲーム内のストーリーを意識しない派なんだ。RPGならともかく、オンラインゲームとか、アクション寄りのゲームって、ストーリーはおまけみたいな存在だからさ」

「ありきたりで陳腐ちんぷってこと?」

「そうそう。魔王が復活して、光の勇者が立ち上がって……みたいなストーリー。10回くらいは耳にしたことがあるよね」

「それは見解の一致だね」


 ドラハンのボス勢はナンバーでくくられる場合が多い。

 二皇竜、三帝竜、四聖竜、五賢竜、六騎竜……。


 ラスボスも例外じゃない。

 彼らの総称は七星竜しちせいりゅう


「こいつは七星竜のリーダー格で、ゲーム内のラスボスとされているドラゴンなんだ」

「つまり、加瀬くんがこれから挑む相手ね」


 極星竜きょくせいりゅう……スターダスト・ドラゴン

 全身がキラキラしており、クリスタルみたいに発光している。


「ゲーム内には、とある言い伝えがあって……」

「うんうん」


 スターダスト・ドラゴンに実力が認められた場合。

 そのハンターは、いかなる願いも叶えてもらえる。

 富だろうが、名声だろうが、思いのままになる。


「まるでお伽話とぎばなしだろう。10回くらい聞いたことがある設定だろう。……でも、そういう立ち位置のドラゴンを、ラスボスに持ってくるのって、案外悪くないかな、と思ってね。そのことを伏見さんに伝えたかった」

「へぇ〜、すてきね。私はそういうストーリーが好きよ。何でも願いが叶うって、数千年前の人たちも憧れていたのだから」


 エリナは人懐っこい笑みをくれる。

 何かを期待させるような、やさしい上目づかいで。


「伏見さんなら、そういってくれると思ったよ」

「加瀬くんは何かお願いするの? 戦いに向けて、期するものってあるの?」

「そうだね。考え中かな。ゲーム以外にもう1個くらい、熱中できるものが見つかったら嬉しいかな。ちなみに、勉強以外でね」

「きっと見つかるよ」


 サトルはハッとした。


「加瀬くんは、頭がいいからさ」


 ほんの一瞬、エリナがさびしそうな表情を向けてきた。

 このゲームが終わってしまうのを惜しむかのように。


 とても嬉しい。

 なのに切ない。

 こんな気持ち、生まれて初めてだ。


「その時は、伏見さんに話してもいいかな。このゲームをクリアしたとき、俺がどんなことを想ったのか」

「うん、いいよ。とても楽しみにしている」


 これで心の準備はできた。

 あとはゲーム内でつちかってきた技術をぶつけるのみ。


 サトルは今夜、ずっと目標にしてきたドラゴンに挑む。

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