第17話

 そして翌朝。

 サトルはPCの表計算ソフトに向かって、カタカタとデータ入力していた。


「これをこっちにコピーして……」


 一番上の段には、

『五賢竜討伐クエストのロードマップ』

 と打ち込んである。


 つまるところ、五賢竜をどの順番で倒すのか?

 そのために必要な装備は何なのか?

 お金は?

 集める素材は?

 どのくらいの時間が必要か?

 等々のデータを一枚の表にまとめている。


 情報を集めまくったところ、挑戦するのは、


 焦炎竜しょうえんりゅう……バーン・ドラゴン

 毒爪竜どくそうりゅう……ヴェノム・ドラゴン

 寄生竜きせいりゅう……パラサイト・ドラゴン

 石化竜せきかりゅう……メデューサ・ドラゴン

 鉄鋼竜てっこうりゅう……アダマント・ドラゴン


 この順番にした方が良さそう、と判明した。


 悩ましいのが装備だ。

 パーフェクトの状態で挑むのか?

 攻略スピードを優先させて、対策はほどほどにするのか?


 完全にトレードオフだな。


 せっかく防具を作成しても、一回きりでお蔵入りするのはもったいない。

 よって、汎用性の高そうなやつから用意して……。


「これだと全部で12日か」


 お金が枯渇こかつするのも痛いな。

 仕方ない、コレとコレを削ったら……。


「よしっ! これだと五賢竜クリアまで10日だ!」


 部屋の向こうから、サトル〜! 朝ごはんを食べなさい! という母の声が響いてきた。


「わかった! すぐいくよ!」


 サトルはファイルを保存してPCの電源を落としておく。


 加瀬家の朝は、和食と洋食が半々くらいだ。

 ご飯の場合、いつも納豆がついてくる。


「最近は家を出るのが早いわね。学校で朝活でもやっているの?」

「ああ……そうそう。一緒に問題集を解きましょう、みたいな集まりがあって……」

「なるほど。その中にサトルの好きな女の子がいるのね」

「ッ……⁉︎」


 びっくりするあまりお茶を吹きそうになった。


「そんなんじゃないってば」


 これが女のカンというやつか。

 血のつながった母とはいえ油断ならない。


「それじゃ、いってきます」


 早めに登校してきたサトルは、エリナの姿を見つけて、そっとあいさつした。


「おはよう、伏見さん」

「うん、おはよう、加瀬くん」


 今日のエリナはコンタクトレンズだ。

 メガネ姿もいいけれども、こっちもかわいい。


「どう? ゲームは順調?」

「まあね。敵もドンドン強くなってきたから、気合いを入れないと」

「それって、特訓するってこと? レベル上げとか?」

「いや、手元で計算するんだよ」


 相手の攻撃力とHPはどのくらいか?

 どの装備なら時間内に倒せそうか?

 クリアできるラインを見極める。


「ものすごく上手いプレイヤーなら、正直、紙装甲みたいな防具でも勝てちゃうんだけれども……」

「へぇ〜、自分たちのプレイヤースキルも計算に入れているんだね」

「そういうこと」


 エリナは頬杖をついてニコニコする。


「加瀬くんって、頭いいね。戦場をコントロールする指揮官みたい」

「あ……ありがとう。昔から計算するのが好きなんだ。残されている石油は、あと何年くらいで枯渇するのか? 喫煙者の寿命は、どのくらい縮まるのか? この街の人口は、将来、何万人になっているのか? 等々」

「えっ? 地元の人口まで? すごいなぁ〜。どうやったら計算できるの?」

「この街と全国。2つの人口ピラミッドを用意して……」


 毒にも薬にもならない話だけれども、エリナは楽しそうに聞いてくれた。

 感心したようにうなずいた後、思いがけないセリフを口にする。


「もし、私がたくさん子どもを産んだら、加瀬くんの計算は狂っちゃうのかな? 孫の代、ひ孫の代になると、ねずみ算式に人口が増えるよね?」

「それは……」


 たくさんの家族に囲まれているエリナを想像して、その隣に立っている自分まで想像して、サトルはとても恥ずかしい気持ちになった。


「ねずみ算式に狂うだろうね」

「うふふ、ねずみ算式なんて言葉、はじめて口にしたかも」

「ああ、俺もだよ。伏見さんはとても知的な女性だ」

「ありがとう。知的といわれたのも人生初」


 ダメだ、サトル。

 あまり調子にのると火傷やけどするぞ。

 頭じゃわかっているけれども、うっかり本音が出てしまう。


「知的な人というのは、好きというか、嫌いじゃないかな」


 これじゃ、まるで I love you。

 真実を口にするのは、どうして照れ臭いのだろうか。


「うふふ、ありがとう」

「いや、ごめん、変なこといったかも」


 ケフン、ケフン。

 サトルはわざとらしく咳払せきばらいする。


「そういえば、伏見さんの家はゲーム機って置いてあるの?」

「うん、弟や妹がいるから。リビングのテレビにつないでいるよ」


 どんなゲームがあるのかいてみた。

 あまり詳しくないけれども……、と前置きした上で、


「イカみたいなキャラクターを操作してインクを撃ち合うゲーム」


 と教えてくれた。

 ああ、スプラなんちゃらね。


「伏見さんはゲームをやらないんだ?」

「う〜ん、最近はやらないかな。そもそも、アクション性の高いゲーム、苦手でさ」


 あれ?

 これと似たセリフ。

 どこかで耳にしたような……。


「でも、加瀬くんのゲームの話を聞くのはおもしろいよ。ぜひ完全攻略するまでのストーリーを教えてほしいな」

「そういってもらえると、俺のモチベーションも上がるよ」


 視界の隅っこに登校してくるエリナの友人が映った。


「じゃあ」

「また」


 2人の親密さだって、ねずみ算式に増えてくれたらいいのに。

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