ルームツアーと目撃者

『こんにちはー、オヒトリチャンネルの、レナです、今日は以前から要望の多かった企画、ルームツアーをやってくよー』

パチパチー、待ってました~、ドンドンパフパフ、とみるみる更新されていくコメント。

私はいつも通り、ライブ配信者レナの面を被り、カメラには移らない角度から視聴者に向かって呼び掛けた。

移動自粛、外出自粛、自粛自粛自粛の負の連鎖が続いた我が国の民は、理不尽な理由で人との接触を禁止されたストレスや孤独感を動画配信サイトを見る事によって埋め合わせているのだ、かくいう私も配信者側ではあるが、孤独感を埋め合わせる為に動画投稿を始めた哀れな女なのである。

そしてそんな哀れな女と画面の外で繋がるこれまた哀れな民達がコメントをどんどん更新させていっている、観客達がこうまで熱中するのには訳がある。

私は生配信を主な活動としたチャンネルだ、部屋を写す事も多い、編集した動画というのも一時期やっていたが、このやり方がファンとの距離を最も近くに感じれて私はハマっている。

ここ何度かの配信で、ルームツアーをやってほしいというコメントや、SNS上の私のアカウントにもそういったコメントが多く寄せられていたのだ、そういう背景もあり、私は今までに無いこの企画をやるに至ったという訳だが、コメントが途切れる事無く流れ続ける様はそこそこ気分が良い、ファンレターの男のような不快感もこれなら感じない。


『じゃあ、先ずは、キッチンから!』


カメラを片手に、ルームツアーを開始する。

勿論配信前にある程度綺麗に片付けて、余計な情報をネットに与えないよう家を特定をされそうな要素は全て洗いだし済みだ。

リハーサルを何度も行い、満を持して今日この配信を始めた私に油断は無い。

台本通り、適度にコメントを拾いつつ順々に部屋を回っていく。

観客のテンションが適度に温まってきた所で大トリ、寝室の登場だ、コメントの流れも先程とは比にならない程早くなる、私もついついニヤケが止まらなくなっている。

承認欲求という奴だろうか、パンデミックが起き私は部屋を出る事がめっきり少なくなり、日に日に美容にも手間を掛けなくなっていた。

しかしこの職業を始めてからというもの、直接顔を写す訳ではないのにあれやこれやと化粧をするようになれた。

そして今、私の寝室を見る観客達が1人また1人と私を褒め称えるコメントを残していく、その光景を見て以前までの私が見たら恐らく嫌悪感を示す事だろう。

そう自分でも思う程私は以前の私から豹変している。


撮影は滞り無く終わり、およそ台本通りに進行できた、私はその日の夜、妙に興奮したままの心を落ち着かせられず、眠る事ができなかった。

眠れない日々が続いた時期のある私は、眠れない時は諦めてネットサーフィンをして時間を過ごす、という強行突破のルーティーンがあったのだが、自分の健康の事を気にするようになってから夜更かしをする事も無くなった為、私は天井を見つめ眠気が来るのを待っていた。

その時だ、私が天井に何か黒いシミを見たのは。

あれ?あんなシミあったかな?そう思った次の瞬間、その黒いシミがまるで心臓のように鼓動を始め出した、私はギョッとして体を起こそうとした、しかし体が重く動かす事が全くできない、恐怖から逃れる為目を瞑りたかったが、それもできない。

呼吸もできる、自分の心臓の音も五月蝿い位に聞こえる、けれど何らかの力が私が動かぬようがっちりと抑え込んでいる。


『何!?何なの!?』


経験した事の無い状況が立て続けに起きた私を恐怖が支配する、先程から冷や汗が止まらない。

僅か30秒程の短時間で私のこれまでを更新する恐怖の元凶、天井のシミの鼓動は段々と大きくなり、その鼓動に合わせシミは広がりを見せ始めた、最初見つけた時の水滴が垂れた程度のシミは、人の頭程の大きさへと変容ししていた。


『ハァッ、ハァッ、ハァッ』


呼吸ができない、私に恐怖を与えるたかがシミに意識を集中せざるをえない状況が私を追い詰める。

呼吸の仕方も忘れ、天井とにらめっこしていた地獄の時間は突如終わりが訪れる。


目があった。


シミの中央、こちらを見つめる目。


その時私の意識は完全に無くなり、気付いた時には朝になっていた。

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