第16話 死線
二人に肉薄した宮坂の右手が蓮の頭部に目掛けて飛ぶ━━が、間一髪で上体を退ける形で避けてから大きく後退、距離を取ると、三身が一体になっている短剣をジャケットの裏側から取り出して、構える。
青龍からドロップした短剣、如何なものか。
宮坂は勢いを殺さずに駆けて、勢いをつけた回し蹴りを蓮に喰らわせて体制を崩す。 が、頭から地面に崩れ落ちる前に地面に手をついて前方に回転、再び距離を取る。
蹴りをまともに喰らった足の骨がじんじん痛む。
これが生命力を帯びた蹴りであったのなら、足は粉砕されていただろう。 蓮の額に汗が伝う。
宮坂は脚に生命力を充填、人を超越した脚力によって地面を蹴り、圧倒的な速度て再び蓮に肉薄する。
短剣の性質に一縷の望みをかけて、蓮は短剣を大きく振るう━━と、前に進まんとする宮坂を大きく後退させる激しい爆風と、服や肌はおろか生命力で硬質化した脚をも切り裂く鋭い鎌鼬が剣先から放出された。
宮坂は大きく後ろに吹き飛ばされ、スーツは所々が破れ、スーツの下の傷口から滲んだ血が露出していた。
鎌鼬が路地裏のビルの壁に残した深い裂傷が、その威力の高さを物語っている。
あまりの威力に使用者である蓮本人が目を剥いてしまう。
宮坂は再び開いてしまった距離を詰めるべく、地面を蹴るが━━それよりも蓮が短剣を振るう方が早い。
再び、宮坂を短剣から放出された爆風と鎌鼬が襲う。
辛うじて硬質化した両腕で頭部をガード、致命傷から逃れる。
このまま、隙を与えずに短剣を振り続ければ、勝機はやってくる……! 圧倒的な脅威を前に絶望しかけていた蓮の心の中に、確かな希望の光が灯される。
「うおおおおおお!!」
蓮は再び短剣を振るおうするや否や、宮坂は右手を前方に曲線を描くように振るう。 そして、蓮は何かが腹部に沈み込む鈍い感覚を覚えると吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
壁に衝突して肺の中の空気が全て吐き出されると、吐瀉物を撒き散らす。
なんだ、これは……
「……仕留め損なったか」
宮坂は短く舌打ちをすると、蓮を睨めつけ、再び右手を振るう。
おそらく、この動作は攻撃の予備動作━━そこまで思考は追いついているが、不可視の攻撃に蓮は為す術もない。
殺られる。
そう思うや否や、雷撃の如き速度で目の前に金色が広がる。 蓮はこの色には、よく見覚えがあった。
そして、爆発に近い激しい音と、前からやってくる衝撃波、風圧に思わず目を瞑った。
びゅうと風が頬を過ぎ去っていく感覚を覚えて、生きていることを認識した蓮はゆっくりと目を開ける。
目の前には━━━━アリスが蓮を守る形で血反吐を吐き、膝を立てて地面に蹲る宮坂の前に立っている。 見覚えのある金色は、アリスの頭髪の色だった。
「まさか「属性変換」を看破されていたとはな……」
宮坂は喀血を手の甲で拭うと、仇敵を見るような憎悪に満ちた目でアリスを睨めつける。
属性変換とは、己の生命力を世界に存在する六つの、それぞれ相性のある属性「炎・氷・風・雷・獄炎・祝福」のいずれかに変換すること。 それをエネルギーとして消費、放出したり、纏わせたりして攻撃手段に用いたりするのは、アビスの悪魔を見ていて、属性変換については知っていたが、人間がそんなことをしてくるとは、想像がつかなかった。
おそらく、雷属性で相殺できない属性に生命力を変換、射出していたのだろう。
「……そんなの、アビス生まれの悪魔からしたら常識です」
アリスは嘆息を漏らすと、右手の指と左手の指の間にばちばちと紫電を走らせる。 電撃でショックを与えて気絶させようとしているのだろう。
「貴様が生命力を電撃以外の属性に変換できるなんて……データになかったはず」
宮坂が生命力を右手に充填させようとすると、アリスがその右手を容易に左足で踏み抜いた。
半端に硬質化された右手は血飛沫をあげながら、コンクリ地面に沈み込む。
宮坂の喉からは痛苦の声が漏れた。
「私は電撃が特別、得意というだけで、全ての属性に適正を持っています。 少し練習すれば簡単に習得出来ますし、私は貴方達を倒すのに努力は惜しみません。 話はもうおしまいでいいですね?」
蓮はそう言ったアリスの声から苛立ちが伝わってくるのを感じていた。
無関係の人間を殺された怒りに、三人の家族を殺された怒りに打ち震えているのだろう。
「俺を殺したところで、第二第三の刺客が現れてお前達を倒す。 公安ハンター第二課の人間には敵わんだろう」
宮坂はアリスの感情を逆撫でするような口ぶりをすると、とてもこれから殺されると思っているとは思えないほど、軽い笑いを漏らした。
「私達は……貴方達と違って簡単に人を殺したりしない!」
アリスの両手の間でばちばちと光っていた電流が、感情の爆発に伴って爆ぜ、それと同時に彼女の体に電流が走り、毛先からばちばちと電撃が発生する。
蓮はそんなアリスを見て、酷い自責の念に駆られた。
復讐や正義のためとはいえど、人を殺してしまうのは、やはりいけないことなのだろう。
蓮は公安ハンター第二課の人間や、この計画の首謀者に出会ったら確実に殺すと決めていたが、その己の身をも焦がす復讐の炎が一瞬、揺らいで消えかけた。
「一点の曇りもない正義なんぞあるものか、そんなものはすぐに破滅する」
人を殺したら、もう二度と日常(こっち)には戻ってこれない。
この宮坂という人間と一緒になる。
しかし、人を殺さないで成り立つ正義がないというのも、また事実だ。
蓮の中で新たに生まれた二つの歪みが、相反し合って、心を揺るがす。
「喋りすぎだ、宮坂」
そんな、聞き覚えのない、男の枯れた声が蓮の思考を打ち切った。
そして、つかつか、つかつか、と音を立てて四人のスーツ姿の男女が路地裏にやってきた。 そして、微かに鼻腔に通る煙草の臭い。
先頭には━━彫りの深い端正な顔に、無精髭を伸ばし、長く伸ばされた金色に染められた髪を垂らしているという容姿をした齢三十くらいの男。 口には茶フィルターの、半分くらい燃焼している煙草を加えている。
その後ろに、透明感のある肌をして、肩まで伸ばした黒艶の髪を後ろで結っている童顔の美女。 一人だけジャケットは着ておらず、スーツパンツに白いブラウスという姿でいる。
女の右隣に、髪をマッシュルームカットに整え、チェック柄の入った紺のテーラードジャケットの下に赤いパーカーを着込んだ、一見すると、普通の大学生のような風貌の男。
そして一番後ろに、整髪料で整えられたダークブラウンの髪に、銀縁の眼鏡をかけた神経質そうな長身の男。
全員、アビスの悪魔なんて比ではない、尋常でない死の気配を漂わせている。
自分と同じ、人の形をしているとは思えないほどに濃密な死の香り、体に突き刺さるような威圧感━━
コイツらは一体……?
大学生風の男が肩で息をしながら自分達を睥睨する宮坂に右手を向けると━━宮坂の顔面が灼熱の炎に覆われる。
「がっ━━━━ああああああああああああ!!!」
体が焼ける痛みに悶える声も、炎が全身に行き渡るに伴って、小さくなっていって、体が消し炭のように真っ黒になって、スーツと体の境界線が分からなくなる頃になると、ぴたりと止んだ。
蓮は極めて不理解な現状に当惑する。
彼らの正体も、この能力の原理も、全く見当がつかない。
「さて、目的は分かっているな?」
先頭の髭面の男がつかつかと蓮に、何の警戒もなしに歩み寄ってきて、虫でも見るような目で言った。
「俺たちは公安ハンター第二課の人間、お前達の仲間の悪魔を殺した張本人だ。 俺は隊長の「小牧(こまき) 幹久(みきひさ)」。 お前を排除する……わけだから、まあ、名乗っても無駄……なのかな?」
男はそう言って、後ろの女に笑いかける。
「貴方が任務の時は必ず名乗るって決めたんでしょうが、私は「南 紫音(しおん)」」
紫音と名乗った女はそんな男を見ると嘆息を漏らす。
「俺は「金木 秀斗」だ、短い間だがよろしく頼む」
大学生風の男は一見すると親しげなしかし、よく見ると不気味に映る、蓮にとっては酷く不愉快な笑みを浮かべて名乗る。
「……「小橋 貴明(たかあき)」だ」
紳士風の男は眼鏡を中指でくいと正すと、呆れ顔で名乗った。
「と、挨拶も済んだところで……早見 蓮、改めて俺たち、公安ハンター第二課がお前を排除する」
コイツらが……三人を殺した公安ハンター第二課の人間……
蓮は突然の仇敵の登場に当惑し、覚えた不安と怖気によって体が強ばりながらも、確実に、今までにないくらいに復讐の炎が煌々と燃え上がっていくのを感じている。
小牧と名乗った男は煙草を路地裏にぽいと捨てて先端の炎を足で踏んで消すと、どこまでも冷徹な、冷めきった顔をして、蓮に向かって構えた。
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