第7話 侵入その2
アリスに目配せすると、彼女は丹田に力を込め、全身に電力に変換した生命力を纏わせる。 頭部から電力製の鼠の耳のようなものが生えて、人目につけられない見た目となった。
と━━━━蓮は全身の中身が無くなったような奇妙な感覚を覚える。
アリスの「紫電一閃」を応用した移動手段だ、電流のような凄まじい速度で門を飛び越え、庭内を駆け、あっという間に扉の前まで辿り着いた。
「アリス、これに思いっきり電気を流してくれ」
蓮は小型カメラの付いたインターフォンを指差す、とアリスは頷いてそれに手を伸ばす━━━━
その瞬間、広い庭内の装飾品の光が全て消える。 アリスが強大な電流を流すことで、邸内のセキュリティシステムをはじめとした機能を停止させたのだ。
蓮がドアノブに手を伸ばし掴む、とガチャと音がしてドアが開く。 もし、開かなかったらどうしようと思っていたが。 セキュリティシステムが停止した際に、邸内の人間が外に出られるように設定されているのか、ドアの鍵は開いていた。
「よくやった」
蓮はそう言ってアリスの頭を撫でてやる。 と、アリスはんふふともえへへともつかない笑い声を漏らして誇らしげにしている。
蓮はそれを見て改めて、可愛いやつだな、と思う。
XD拳銃を構え、アリスを後ろに付かせてゆっくりと侵入━━周囲を睨め回し、人の気配を探る。
もっとも人の気配があったら、人間よりも遥かに優れた聴覚、嗅覚を持っているアリスが教えてくれるだろうが。
それでも最悪の事態が起きる可能性を念頭に起き、なるべく音を立てないように、慎重に、だが着実に後藤のメインPCが置いてある部屋を探る。
妻のSNSの呟きによると、今日は後藤はゴルフ大会らしく、家には誰もいない。 後藤もゴルフ大会にメインPCを持っていくとは考えづらい、絶好の機会だった。
フローリング床の長い廊下を歩いて、一つ一つドアを開けていく。
一階をくまなく探したが、大きな台所とトイレ、大広間があるだけで、情報機器の類は見つからなかった。 想定していた通り、PCは後藤の自室にありそうだ。
軋む音を立てて、階段を上がっていく。 まさか、この人生で人の家に忍び込むことがあるとは、思わなかった。事実は小説より奇なり、とはよく言ったものだと蓮は思う。
二階は相変わらず幅の広い廊下だったが、部屋全体の素材がフローリングから大理石のような光沢のある、白い素材に変わっている。 壁には何枚かの抽象画が掛けられ、誰が管理しているのか、五メートル感覚で机の上に花が並べられている。 それらの光景は蓮に成金趣味を想起させた。 これを掃除をするのは大変そうだ。 家政婦でも、雇っているのだろうか?
警戒心が高まり、XD拳銃を構え直す。
真っ先に対面したドアを開ける━━とそこは目を凝らしてやっと女の趣味と分かる。 それも、かなり若い印象を受ける内装だった。 妻、夏美の部屋であろうか。
例えるならば、就職し、新生活を迎えるオフィスレディの部屋から、掃除機などの家事用品を取り除いたという感じ。 まるで生活臭が無くて、無機的━━一言で表現するなら無味乾燥。
SNSでのやり取りから、蓮の中で構成されていた彼女の明るく、朗らかで良妻という人間像からは想像もつかない部屋だ。 また小柄な、しかしそれでいていい値段がすると分かるノートパソコンがあるだけで、それがメインPCである雰囲気は一切しなかった。
ここには目当てのものはないだろう、と踏んで部屋を出る。
そこからしばらく歩いては、ドアを開けて……を繰り返していたが、邸内の最奥部に来て、やっと今までのドアとは明らかに違うことが分かる、襖を見つける。 その襖からは、もはや老年男性に近い、後藤にしては老けている趣味が伺えた。
スッーーと、音を立てずに襖を開き、中に入る━━生け花や書き初めが飾られ、木造の棚にスコッチ・ウイスキーやバーボン・ウイスキー、そして蓮でも知っているような年物のジャパニーズ・ウイスキーが丁寧に置かれている……細かいところを除けば、内装も極めて和風という感じ。 それだけに、木造の作業机の上に鎮座している三つの大きな画面、二つのキーボードから成されている大きなデスクトップPCは異質であった。
「これか……」
幸いなことに、PCの電源は点いたままであった。 暗証番号を入力する必要がない。
慣れないPCの操作に若干、戸惑うが、中学の情報技術の授業での経験によって、なんとかGmailでの重要そうなやり取りを探し当てることができた。 USBメモリを差して情報を抜き取る━━パーセンテージの表示がなかなか進まず、緊張。 手のひらに汗が滲む。
その間、目に付いた、日本語の文章に目を凝らしていると、蓮にとって看過できない単語が目に付いた━━
「早見 蓮」「第六区のダンジョン」 「秘奥の心臓」 「平田総理大臣殿」 「U.S. government」
第六区のアビス……そこは、蓮達がアリスと再開したところ。
秘奥の心臓……思い当たる節はないが、緊張感に包まれ心臓の鼓動が深く刻まれるようになる。
そして、この騒動には総理大臣のみならずアメリカ政府もが関与している━━
自分はとんでもない事に巻き込まれてしまったのだ、と改めて蓮は思った。 思わず、喉のつばを飲み込む。
メモリのパーセンテージが百パーセントになっているので、引き抜いた。 これは、早急に図書館に向かって情報を改めて確認しなければなるまい。
これらの僅かな情報だけで、蓮の情緒は絵の具でグチャグチャに塗り潰されたように乱れた。
何をどうすればいいのか分からず、心配そうにしているアリスの顔も見れないでいた。 ただ、来た道を戻るために無心で足を進めていた。
そんな蓮の意識を強制的に現実に引き戻したのは、アリスの一声だった。
「お兄さん!」
アリスの声で"初めて気付いた"目の前に男が立っている━━袖を捲りあげた白いワイシャツ、銃の収められたホルスターや剣鞘が腰に携えられた漆黒色のスラックス、それらを「威圧的」という一つの印象に結びつける引き締まった体。 そして━━左眉から頬まで走っている古い傷跡を除いたら極めて特徴のない中年の顔、何を考えているか、分からない表情。
「セキュリティシステムが停止したから、最もここの近くにいた俺が派遣された」
男はゆっくりと、だが着実に二人に近付いてくる。
「早見 蓮、お前を処刑する━━」
「お兄さん!」
アリスが駆ける━━電撃で気を失わせるつもりだろう。
しかし、蓮はそんなアリスを止めようと手を伸ばした。
『おい、アリス……コイツはお前に気付かれずに、俺らの近くまで来ていたんだぞ……』
アリスの第六感を持ってすれば、邸内の人間の気配を察知するなど朝飯前のはずなのだ。
「止まれ! アリス!」
しかし、アリスは伸ばした手の遥か遠く、男の攻撃の届く範囲内にいた。 蓮の蛮声にアリスが振り返る━━その刹那。
アリスの胴体と四肢が切り離された。 切断面は遠目に見ても正確に、真っ直ぐ切り取られている。 相当の手練であろうことが伺える。
ドシャ、と音を立てて白い床に四肢と胴体が落ち、血の染みがドンドン広がっていく。
「あ……あ……」
蓮の情緒が、音を立てて崩れ去る。
頭の中の常識と、目の前の事象が結び付かず思考回路が停止しそうになる。
「うわああああああああああ!!」
蓮はやっと、妥当な論理を導き出すと、理解を拒み、また深い絶望と恐怖によって、発狂した。
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