第23話 永遠のアイドル
Japan Knightsのメンバー全員が死去した日を境に、藍島からの連絡は途絶えた。
藍島から連絡がつかなくなったのは俺だけではなく、高校の同級生を頼って人づてに聞いてみると、その後の藍島はなんとか一年後に大学は卒業したけれども、事件後はほとんど誰とも顔を合わせずに他者との接触を絶っているらしい。
(とりあえず生きていれば、それでいいはずなんだが……)
SNSの更新をチェックする度に俺は、藍島のアカウントを見て安心も心配もできない、微妙な気持ちになった。
藍島のアカウントはリポストや文章がない風景写真の投稿の更新だけはあったので生存の確認はできたが、彼女が何を考えているのかはわからなかった。
そしてJapan Knightsは俺の予想通り、生前以上の人気を博し、一時の流行を越えた永遠のアイドルになっていった。
命日である元旦から数カ月後に行われた葬儀はほとんど国葬のような扱いで、各地に設けられたファン向けの会場には何万もの人が押し寄せた。
死去したその日からすべてのシングルとアルバムがチャートに入り、毎日喪服を着て生活するファンたちの姿はニュース番組にも取り上げられる。
元旦が命日となったことから、おそらく紅白歌合戦では今後毎年Japan Knightsの追悼コーナーが設けられ、ファンが涙することだろう。
老いてビジュアルやパフォーマンスが劣化していくこともなく、マンネリズムや活動方針の違いによって脱退・卒業が発生することもなく、熱愛や結婚の報道でファンを落胆させることもなく、解散後元メンバーが落ちぶれて犯罪に手を染めることもない、若くして全員が同時に死んだスーパーアイドルは理想的な夢物語だった。
おそらく今後世界のアイドル史はJapan Knights以前とJapan Knights以後で語られ、後世の日本人は令和の代表的な事件としてJapan Knightsの死を歴史書に書き残すだろう。
しかし日々Japan Knightsの楽曲が流され、繰り返し映像が再生される一方で、テロ事件の真相ははっきりしないまま日々が過ぎていった。
ロケバスに爆発物を仕掛けた犯人らしき人物は、警察が発見したときにはもうすでに自殺していて、うっすらと動機を匂わせる情報が出ただけで報道は段々と消えていった。
事件から数週間後の週刊誌のリークによって、警察が事前の兆候を見逃さなければテロの実行前に犯人を捕まえられていた可能性が広く知れ渡り、批判が強まった結果警察上層部の何人かが辞職することになったが、その後は特に大きな動きは無くなる。
自殺した容疑者はJapan Knightsへのファン感情を拗らせて事件を起こしたのか。それとも何かしらの政治的な意図があって彼らを狙ったのか。もしくは相手は誰でも良い無差別的な犯行だったのか。
俺はしばらく毎日ネットニュースを検索してチェックしたり、陰謀論じみたものもあるSNSの考察を読みふけったりして真相について考えたが、犯人についての情報があまりにも少ないので、そうだったのかと納得できるところまで理解は深められなかった。
何もわからないまま終わっていく事件は気味が悪く恐ろしいが、世間で振り返られるのは裁判などで生きている容疑者が話して話題を提供する事件の方である。
だからJapan Knightsがその死によってイエス・キリストのように祀り上げられても、自殺した犯人は人々の記憶から忘れ去られていった。
彼らが人々に愛され、そして死んだというストーリーさえあれば、裏切り者のユダの実態が見えなくても気にしない人の方が多いのである。
(だけど藍島はきっと、そうじゃないだろう)
俺は収穫が無かったネットニュースの検索画面を閉じながら藍島のことを想い、彼女はきっと社会が適当に用意する物語に流されはしないと確信する。
SNSで生存を知らせながらも藍島が沈黙を守り続けるのは、彼女がまだ彼女の言葉で推しの死について語ることができないからだと俺は解釈していた。
俺は彼女が再び言葉を発するその日が早く来てほしいと思ってもいたし、その日がずっと来なければ良いとも思っていた。
彼女が帰ってくるそのとき恐れながら、俺は俺の言葉を紡ぎ、自分の小説を書いて待つことにした。
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