第19話 大事なお姉ちゃんを助けてください
そろそろお姉ちゃんが帰って来る時間です。
今日は、高梨さんの家に遊びに行ってから帰るということだったので、帰りが遅くでちょっと寂しかったです。
でも、高校入学までのお姉ちゃんは、勉強とか家事とかに一生懸命で、自分の時間を殆ど作らなかったので、私は安心しています。
早く私も大きくなって、お姉ちゃんを助けてあげたいのです。
今こうやって、2人ながら楽しく生活できるのもお姉ちゃんのおかげ。
今日の晩御飯の当番は私だったので、お姉ちゃんの好きなシチューを作っておきました。ソーセージの入った、天音家特製のシチュー。お母さんがよく作ってくれていました。最近はその味まで再現できるようになってきたので、私は料理の天才かもしれませんね。えっへん。
「お姉ちゃん、早く帰ってこないかな?」
時計をみると、もう七時になろうとしています。
外も暗くなり、近くの街灯が点き始めました。
帰る時間を見計らって皿に盛ったシチューが、美味しそうな香りを漂わせている食卓で、テレビも点けずに待っています。テレビを点けてても良いのですが、帰ってきた時にちゃんと玄関に迎えに行きたいので、出遅れ防止の対策なのです。
そんなこんなしていると、玄関の方で声がしました。
お姉ちゃん……と、男の人の声です。
何を話しているのか、その内容までは分かりませんが、何とも親しげな口調で男の方は話しています。お姉ちゃんのお友達でしょうか?
……もしかして、今日はその方と一緒に遊んでいたんでしょうか?
だとしたらスクープです。大ニュースです。報道陣が黙っていません。
少し寂しい気もしますが、お姉ちゃんの恋をあれば私も全力でサポートせねばなりません。今まで私のために頑張ってくれたお姉ちゃんの幸せ、これを望まずにいられますか!
ただ、相手がどのような人かを見極めるのは大切です。いくらお姉ちゃんが好きだろうとも、悪い男ならそれを諭してあげるのが優しさというもの。お姉ちゃんは面倒見が良い分、俗にいう『ダメ男』に捕まりやすそうなのですよね……。
この間観たドラマの女性も、良くない男と恋をして、泣かされていました。
その女性の性格がまた、お姉ちゃんにそっくりだったんですよね……本人は全くと言っていいほど気付いていない様子でしたが。
ここは一つ、憂いを無くして全力で応援するために、こっそりとお相手のことを確認させてもらいましょう!
対面して話すのはちょっと緊張しちゃうので、こっそり玄関の覗き穴から見て判断しましょう。そこなら、話の内容も少しは聞こえるでしょうし!
玄関まで足音を立てないように近づき、息を殺しながらそっと外の様子を覗き込みました。
その瞬間、お姉ちゃんは男に後ろから殴られ、倒れたのです。
そもそも、話している男以外に数名、大きな男の人がいました。大きな男たちは何も言わずにお姉ちゃんを担ぐと、どこかへ行ってしまいました。
いつも元気なお姉ちゃんが、まるで人形のように倒れこむ瞬間を見てしまった私は声を出しそうになるのを、口を手で覆って何とか免れました。
どうしよう。お姉ちゃんが連れていかれちゃった。
恐怖と動揺で、覗き穴から離れられません。
滲み出る汗が額から頬へ伝います。
「おっと、ご家族の方にも挨拶をしないとだね」
残った小柄の男はそう呟き、自分の足元に落ちている何かを拾い上げました。
お姉ちゃんが持っていた、家の鍵です。
倒れた拍子に落としたのでしょう。それを拾い上げると、ゆっくりとこちらへ歩いてきました。
あちらからは見えていないはずなのに、まっすぐにこちらを見ているようで、逃げるにも足がいう事を聞いてくれません。
荒くなりつつある呼吸を聞かれないように、必死に息を殺しました。
鍵が差し込まれ、ゆっくりと回されていく。
私はそれを急いで抑え、鍵が回りきらないようにしました。
「あれ、開かないぞ」
鍵を回す力が強くなります。
私も必死に抑え、絶対に空けないように抵抗しました。
「……もしかして、そこに誰かいる?」
「……!!」
男の冷たい言葉が、私の心臓を串刺しにしました。危うく声を出しそうになりましたが、何とか生唾と一緒に飲み込みます。
数秒、何時間にも感じる長い沈黙の後、静かに鍵は抜かれました。
「建付けが悪いのかな? まぁ良いか」
男が諦めたようで、玄関から離れていきました。
「おい、お前ら。玄関で見張ってろ。家の人が出てきたら、学校に連れてこい。大人しく連れて来られるなら、手段は選ばん」
「「はい」」
覗き穴から見えない角度から、別の男の声がいくつかしました。まだ他にも仲間がいるのでしょう。もう何が何だか、私には理解が追い付かないのです。
まるでドラマみたいな展開で、なのに本当に自分に降りかかってて。
しかも、唯一の家族である大切なお姉ちゃんが攫われていきました。
どうしよう。
ふと、近くに立てかけてある傘に目が付きます。
武器を持てば、私にも戦えるでしょうか。
いや、簡単に傘を奪われ、お姉ちゃんと同様に連れていかれるだけです。私には武術の嗜みも無いし、何より大きな男に立ち向かう度胸もない。
頼れるお姉ちゃんも今はいない。
そんな私に、何が出来るのでしょう。
玄関の外から感じる威圧で、どんどん呼吸が浅くなっていきます。
息苦しい。助けて。
……そういえば、こんな事が前にも一度だけありました。
その時は、お姉ちゃんじゃなくて私が男に襲われていたのです。
あれは、お母さんとお父さんが死んで間もない頃の夜でした。
お姉ちゃんに反抗し続けていた、最後の夜の話でした。
震える指で、自分のスマホを操作して、今までのメッセージ履歴を遡りました。
先月、先々月、もっともっと前まで。
幸い、お姉ちゃんとしかやりとりをしないので、すぐにそのメッセージを見つけることが出来ました。
「お願い……助けて……」
あの日の夜、私はヒーローに出会いました。
男に襲われる私を、ヒーローは颯爽と飛び出して男達に立ち向かい、武器を手に大立ち回りを繰り広げ、その悪者を追い払ってくれたのです。
月明かりに照らされたヒーローの笑顔を、声を、私は忘れることはありません。
震える指が、何度も入力ミスを繰り返します。
どうしても上手くいかず、私は音声入力をタッチしました。
もう、最後に連絡してから何か月も経っています。
もしかしたら、この声は届かないかもしれない。
それでも、もしもう一度あなたがヒーローになってくれるなら……。
「お願い……助けて……奏良さん……!」
消え入りそうな声が、メッセージ履歴のトップに表示されました。
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