第4話 自己紹介

 初めてのホームルームは、反省会のような空気になりました。

 それもそのはずです。早々にクラスメートが失神させられたのですから。自業自得ではありますが。

 その後、霧島先生は淡々と学校の行事の説明やテスト、長期休みの話など、必要ではあるが重要ではない話をきっかり五分で終わらせました。

「さて、残りの時間はみんなに自己紹介をしてもらいたい。だが、まぁこんな空気だ。発言するのも気が引けよう。今回は机を動かして四人グループを作り、その中で自己紹介でもしてもらおうか」

 先生の発言に、誰も反応しません。無視とかではなく、純粋に迫力に飲まれていて。

 それに気付いたか、先生は黒板を強めに一度、叩きました。耳に衝撃音がビリビリと響きました。

「早くしろ」

 みんなが一斉に机を動かしました。

 引きずる音、机同士がぶつかる音、色んな音が教室を包みます。

 チラリと横目で先生を見ると、心なしか笑っていたような気がしました。


 四人グループ。私は最前列で、隣が高梨さん。高梨さんの後ろは初対面の男の子で、私の後ろは不良少女。

 必然的に、この四人になるのです。

「…………」

 席を動かした後、我々のグループは誰も話し出そうとはしませんでした。

 後ろにいるだけでプレッシャーを感じるのに、机を向き合わせたことにより、今は不良少女が目の前に。

 自然と目が泳いでしまい、自分が自分で恥ずかしい限りです。

「おい、さっさと自己紹介しろよ」

 不良少女が言います。そう思うのなら、自分からやってしまえばいいのに。

「『血まみれ伝説』さんからで良いよ?」

 高梨さんがぶっこみました。さすがに不良少女も目を丸くしていました。


「その『血まみれ伝説』っての、本当に裏でそう呼ばれてるのか、私は……」

「ううん。私がそう呼んでるだけ」

「即刻やめろ。変な噂が立つ」

「噂も何も、朝は血まみれだったよね……?」

 不良少女が無言で高梨さんを睨みつけました。高梨さんが一瞬で凍り付きました。

「二度とそんな呼び方、するな」

「誓います……」

 声を裏返しながら頷く高梨さん。なぜ彼女は怖いくせに躊躇わずに話しかけるのでしょうか。

「私は猪川奏良だ。つか、そもそも慣れ合うつもりは毛頭ない。勝手に自己紹介終わらせてくれ」

 気だるそうにそういうと、椅子をゆらゆらと後ろに傾けて遊び始めました。


 次に自己紹介を始めたのは、もう一人の男の子でした。

 背は小さく、もしかしたら私と同じくらいか、ちょっと小さいくらいかもしれません。

 体格も恵まれた感じではなく、どちらかと言えばインドア派なのでしょう。袖から見える腕も、首も、日に焼けず白いままでした。

 男子にしては少し長めの前髪が顔にかかり、表情が見えづらいです。

「ぼ、僕は津田義弘です。今年から、家族の都合で県外からこっちに来たから、友達がいないんだ。仲良くしてくれたら、嬉しい、です」

 津田君は緊張しやすいのでしょうか。少し声を震わせていました。

「えと、津田さんは何か部活とか考えておりますか?」

「僕は考えてない、です。えと……キミは、天音さん、だったよね?」

「はい、そうです。でも、なぜ私の名前を?」

「さっき、猪川さんと話してたから……」

 思い出しました。少し恥ずかしいですが。

「おい、気安く呼んでんじゃねぇよ陰キャ」

「ご、ごめんなさい……」

 何が気に食わなかったのか、猪川さんが津田さんに目くじら立てました。

「猪川さん、今のは失礼ですよ」

「知るか。私はなよなよした男が一番嫌いなんだよ」

「私は乱暴な人が一番嫌いですね」

「良いじゃねぇか。嫌い同士。仲良く棲み分けしようぜ?」

 椅子ごと前のめりになり、私の机の方まで身を乗り出してきました。

「気に入らないなら無視をしろ。私のことに突っかかって来るな」

「おかしいことをおかしいと言って何が悪いのですか? 私は自分を曲げません」


 さっきまで怖かったのに、なぜか私もこういう時は恐怖心を無くして言い返してしまいます。

 自分を止められないというより、自分を止めてはいけないような、そんな気持ちになるのです。

「自分を曲げられない奴はな、誰かにへし折られるもんなんだよ」

「そうやって喧嘩して、私も折ろうってことですか?」

「勘違いすんな。お前と私は喧嘩するほど仲良くねぇ」

 意地の悪い笑みを浮かべ、また鼻で笑いました。

「いつでも言ってくれれば教えてやんよ。喧嘩と暴力の違いをな」

 私は何も言い返せず、ただその目を睨み返すことしか出来ませんでした。


「えと、私の自己紹介まだしちゃダメ?」

 私と猪川さんに、高梨さんが問いかけてきました。私も猪川さんも、津田さんすら驚いてしまいました。

「お前……ビビりの癖によくそんなこと聞けたな?」

「だって、長引きそうだったから……ごめんなさい」

 謝ってはいますが、その理由も中々に挑発ではないでしょうか?

「くそ、何なんだよこいつら……調子が狂うわ」

 不機嫌になってしまったものの、ほんの少しだけ猪川さんの闘争心が薄れた様子でした。

「どいつもこいつもビビりの癖に、妙な肝が据わりやがってよ。苦労してんだろ、その性格」

 猪川さんが嫌味たらしく言ってきます。

 何か言い返してやりたい気持ちもありましたが、何も言い返せませんでした。だって、その通りなのだから。


「私はそうでもないよ! 私は私だもん。でも、殴られるのは嫌だから、そういう事にしておくね!」

 高梨さんが笑顔で言いました。猪川さんは、もう無視することにしたみたいです。

「私は高梨雀! 趣味は読書って言えるくらいに読書したいな! 本読むの好きじゃないけど!」

 それは自己紹介というのでしょうか……?

「えっとね、あと、何を言えば良いかな……天音ちゃん! 私、あと何を言えば良い??」

「え? で、では、何か得意なこととか、自慢できるものとかはどうでしょうか?」

「自慢できることかぁ……えっとぉ」

 少し目を閉じて考えて、高梨さんはポンと手を叩きました。


「私、学年一位の成績で入学したよ!」


「化け物か、お前……」

 私も津田さんも何も言えませんでした。

 無視を決め込んでいた猪川さんだけが、そう呟いていました。

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