02 彩斗・後
「バトル、スタート!」
ゴゥン! 牛崎のスマホから試合開始の鐘の音が響く。
それと同時に、タウラスは砂利を蹴とばし、真っ直ぐに突進してきた。
「ぶっ飛ばせ、タウラス!」
「ブォォォォッ!」
「突進癖は相変わらずだな……」
文字通りの猪突猛進を、回避することは容易い。
軽く右に跳んで身をかわすボイドだが、牛崎はそれを想定していたらしい。
「そこだ、蹴り上げろッ!」
主の指示に従い、タウラスはその場で急停止すると共に、足元の砂利をボイドへ向かって蹴り上げた。
「おわっ……!?」
咄嗟に剣でこれを防ぐボイド。足を止めた彼に、タウラスの大角が追撃を差し向ける。
「もらったぜェ!」
「誰がッ……!」
ボイドはそれも剣で防ぐが、勢いを消しきる事は出来ない。
ぐわり。灰色の駆体が持ち上げられ、放られた。
「よっしゃあ! 牛崎がボイドを捉えたぞ!」
「そのままぶっ潰せーッ!」
「っつーか賭け! 勝負が決まる前に賭けんぞ!」
わやわやと周囲が盛り上がり、タウラスだ、いやボイドだと騒ぎ立てる。
彼らの乱痴気騒ぎを耳に入れながら、ボイドは中空で姿勢を整えた。
落下位置は、変えられない。既に地上では、タウラスが次の一撃を狙い澄ましている。
「どーだボイド! 俺たちが最強だって思い知らせてやるぜ!」
「気が早いな、バイスタウラス?」
勝ち誇るバイスタウラスだが、ボイドは焦りを見せない。
剣を逆手に持ち替えて、突き刺すような動きに切り替えた。
このままの軌道で進めば、タウラスのツノがボイドを捉えると当時に、ボイドの剣がタウラスの頭部に直撃することだろう。
「相討ち覚悟ってか? 上等ォッ! やっちまえタウラス!」
それに怯む牛崎たちではない。
(第一よぉ、体力じゃこっちが有利なんだ!)
破損の影響だろう。ボイドの体力ゲージは平時よりも低い値を示していた。
更に先ほどのかち上げで、剣越しにも微量なダメージが入っている。
反面、バイスタウラスの体力は万全。もしも同時にダメージを受けても、タウラス側が有利な事は間違いない。
勝てる。ニィと笑みを浮かべた牛崎を、ボイドは横目でちらと見た。
――想定通りの反応だ。
「誰が相討ちだなんて言ったよ」
ボイドは答え、手にした剣をそのまま下へと押し込むように投げ出した。
「なっ……!」
ガィン! ボイドが地表に到達するより僅か先、放たれた剣はタウラスの頭部へ激突し、鈍い音を響かせる。
その衝撃でぐらりと揺れた頭部に、ボイドは全体重を乗せた蹴りを放ち、空中で一回転しながら着地した。
「うぅぅ、痛いぜぇぇ」
「ぼぅっと突っ立ってるからだ」
「ぶもがーッ! だけどお前、素手でオレに勝てるかよぉッ!」
タウラスの指摘通り、ボイドは現在武器を手放してしまっていた。
叶うならタウラスの頭を蹴った際、剣と同じ方向へ跳べれば良かったのだが……
(角度が悪くて反対側。カンタンには拾えないな)
下手に取りに向かえば、その隙をタウラスに突かれるだろう。
今は彼の言う通り、素手で相手をするしかない。
そうなれば、角という武器を持つタウラスの方が有利なのは明らかだ。
「引き潰せ、タウラス!」
再度タウラスが突進を仕掛けてくる。
速度は初手より僅かに遅い。避けられた際のリカバリの為、力を制御しているのだろう。
いっそ全力で迫ってくれれば、回避の流れで武器を拾いに行けたかもしれないが……
「ぶもももーッ!」
直進をサイドステップで回避するボイド。
けれど瞬間、立ち止まったタウラスは首を大きく振り、角での殴打を試みる。
更に距離を取ろうとするボイドだが、じゃり。足場が滑り、思うように跳べない。
「チッ……」
がぎんっ! 動きの鈍ったボイドの側面に、角の殴打が命中する。
(体力……残り、半分!)
右腕でこれを受けたボイド。胴体に直撃するよりはマシなダメージだったが、かなりの痛手だ。次に同じ攻撃を受ければ、ダメージオーバーで敗北が決定してしまうだろう。
「ッハァ! 終わりだボイド!」
牛崎が歓喜の声を上げ、追撃を命じる。
依然ボイドとタウラスの距離は近く、下手なステップで回避をしても、先ほどのように攻撃を合わせられてしまうだろう。
(なら、敢えて!)
ボイドはタウラスに向け、一歩を踏み出す。
「血迷ったかァ!? 止めだ、タウラス!」
「ぶもッ!」
迎え撃つように駆けだすタウラス。
直撃を防ぐ剣は無い。誰の目にも、ボイドの行動は無謀に見えた。
「なんだ、ここまでじゃん」
失望したような少年が呟く。
その興味がボイドから離れようとした、その時に。
たんっ、とボイドは地面を蹴り、跳ぶ。
手を伸ばし、掌が中空でタウラスの額に触れて。
ふわり。腕をバネにし、ボイドの体はタウラスの真上を飛び越していく。
「なッ……!?」
牛崎が息を漏らす。
タウラスは余力を残している。けれど背後を取られ、即座に反転するまでは……
「ッ、まだだぜ凱吾!」
牛崎の惑いをかき消すように、タウラスが雄叫びを挙げる。
そうだ、まだ勝負は着いていない。突進を回避したボイドは、タウラスに背を向け落ちた剣を拾いに走っている。
――間に合えば、まだ、挽き潰せるッ……!
「行けやッ、バイスタウラスッ!」
「ぶもがァァァァッッ!」
角を振り上げて身を翻したタウラスが、猛然とボイドの背を追った。
砂利を蹴とばしながら進む二者のディアロイド。
「……っ」
決着へ繋がる走駆に、少年は思わず息を呑んだ。
冷たく薄く向けられていた双眸は、彼が思うよりも強く大きく広げられ。
そしてボイドの右手が、剣の柄に触れて――
「ぐっ……!?」
掴めない。握れない。体が強張る感覚と共に、指先が柄から離れる。
フレームの歪みが、彼の可動域に影響したのだ。
(ったく、タイミングが悪い!)
「運が悪かったな、ボイドッ!」
その刹那あれば、タウラスの角が届く。
もはや命運は尽きたか。……否。
「いつもの事だ、不運はなッ」
ずざり。砂利に足を取られ、姿勢を大きく崩しながらも、ボイドはその場で踵を返した。
そのまま倒れ込むように、落ちた剣を今度こそ手に取り、握る。
だが既にタウラスの巨角は目前。この体勢では、まともに防ぐことは叶わない。
故に、勢いのままに身を転がし……真下から、タウラスの顎を切っ先で突き上げた。
「ぶがっ……」
重厚なタウラスの巨躯が、瞬間的に持ち上がる。
同時にボイドはその腹部へと蹴りを入れ、反動で更に転がり、身を起こした。
ダメージは、浅い。ボイドが起き上がった頃にはタウラスも体勢を直し、更なる追撃を始めている。
……最後の攻防であると、互いに理解した。
「ぶっ飛ばすぜ、ボイド!」
「それは困るな、タウラス!」
ガィンッ! タウラスの角をボイドの刃が防ぐ。
重い。ボイドは刀身を斜めに傾け、勢いを流すと共に体を回転させる。
攻撃を凌がれたタウラスは角を振り上げボイドを追おうとするが、それより早く、回転の勢いを籠めたボイドの剣が、タウラスの側面を斬り、払った。
「ぐわっ……」
斬撃が撫ぜた身に、傷らしい傷は刻まれない。
しかし演算された衝撃は、ダメージとなってタウラスの体力ゲージを削る。
「けど、まだッ!」
「いいや終わりだ」
連斬。瞬く間にボイドの剣は、三度タウラスの体を滑った。
勢いを利用した初撃と、手首を返しての二撃、そして最後の振り下ろし。
それらはタウラスの体力を全て削り切り、力尽きたタウラスは膝を降り、ずさりとその場に倒れ伏した。
ゲームセット。
牛崎のスマートフォンから音声が流れ、決着を示した。
勝者は、ボイド。
「……、だぁぁぁぁッッ!」
ややあって、敗北を喫した牛崎は吠える。
悔しさに拳を震わせて、肺の酸素を残らず声に変えて。
「……ったく、また負けたぜ。……タウラス、大丈夫か?」
「うん……悔しいぜ、ほんと」
負けを認めた牛崎は、倒れた相棒を拾い上げる。
しょぼくれて目を伏せるタウラスに「マジでな」と牛崎は頷いた。
「さて、と。これで実力の証明にはなったか?」
「……ああ、うん。良いんじゃない?」
そんな彼らを横目に、ボイドは少年へ問いかけた。
少年は一瞬虚を突かれたような顔をしてから、目を逸らし小さく頷く。
何に気を取られていたのか。分からないまでも、お眼鏡には適ったらしいと分かりボイドは安心する。
「じゃあ、条件の話とかするから……来て」
「了解だ。が、その前に……牛崎!」
「あァ? なんだよ」
「古部からの預かり物だ」
ボイドは、脇に置いておいたメモリーカードを牛崎へと投げる。
片手でそれを受け取った牛崎は、「あぁ」と思い出したように呟いた。
「それ、中身は何なんだ?」
「今度バトる相手の情報。つっても、テメェに負けてちゃなァ……」
オレたちもまだまだだわ、と牛崎はため息を吐く。
本気で勝ちに来ていたのだろう。牛崎たちの様子を見て、ボイドは申し訳ないような気持ちになるが、勝負は勝負だ。嘘は付けない。
「ま、最初やり合った時よりはずっとマシだ。強くなってるさ、お前らも」
「……ならいいけどよォ……次は、オレ達が勝つかんな」
「そうだぜ! 首洗って待っとけよ、ボイド!」
「へいへい。出来ればやりたくないが」
牛崎たちが元気に吠えるのを見て、ボイドはため息交じりに返答する。
少年に顔を向けると、彼はちらと周りを見てから、黙って先に歩き出した。
ボイドはその後について進んでいく。歩幅は合わず、少しばかり駆け足になる。
「で、護衛っつってたな」
「そう。期限は一週間、かな。額は一万で良い?」
「額に関しちゃ文句はない。出し過ぎなくらいだ。が……それだけじゃ何ともな」
土手を登りきり、道路に出る。
通りすがった自転車の女性が不思議そうな顔で少年を見た。
そういえば、今は平日の午前中だった。
なんとか学校に連れていくべきか。考えつつも、ボイドは依頼内容を詰めていく。
「誰から守るのか。何で守る必要があるのか。それが大事だろ?」
「……。まぁ、そうだね」
ボイドの問いに、少年は間をおいて答える。
言い辛い事情でもあるのか。ボイドが彼を見上げると、少年は振り返り答える。
「父さんを殺したヤツが、オレを殺しに来るかもしれない」
逆光が、少年の表情を暗く覆い尽くす。
視界のレンズを調整する前に、少年はまた前へと向き直って。
「だから、オレを守ってよ」
その背中に掛けるべき言葉を。
ボイドはしばし、探し続けた。
【続く】
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