第23話「ボス戦②」

 頭から喰われているのは、クズの取り巻きだった女性。


 足をバタつかせていたから助けられると思ったが、それはただの反射だった。


 ボタりと落ちる下半身。

 そこから溢れ出す臓物。


「うっっ……」


 胃から何かが込み上げるのを感じた俺達は、目をそむけるしかなかった。


「助けてくれー!!」


 助けを呼ぶ声。どこから聞こえて来るのかと、辺りを見回すが――どこにも人の姿は確認出来ない。


 確認出来るのは、巨大な蜘蛛が残った下半身をムシャムシャと喰らっている姿だけだ。


「エレンさん上です!」


 リリエッタの言葉で上を見上げる。

 プラプラと垂れ下がる蜘蛛の糸。

 その先には、グルグル巻きにされた人の姿が見えた。


「君達助けてくれ! 勿論、僕を最初に!」

「なんでよ! 私達が先でしょ!?」

「そうよ! レディーファーストでしょ!」


「何がレディーファーストだ! お前達のようなビッチが淑女な訳ないだろ。なあ君達! 僕を助けてくれたら礼はたっぷりする! 男にはいつでもヤれる女を紹介するし、女は僕が相手をしてやろう!」

「何よ包茎短小のクセに!」

「もし助けてくれたら私達がお相手するわ! ほら、そっちは男二人でこっちは女二人残ってるし! そこの女達より、よっぽど気持ち良い思いをさせて上げるからっっ」


 なんなんだコイツら。

 醜いにも程がある。

 人間とはこんなにも醜いものなのか?


 まあ、こんなクズ共どうでも良い。

 それよりラヴィ……お前は何で黙ってる。


 助けて欲しくて叫んだんじゃないのか?

 さっきの悲鳴は、間違いなくお前だった。


 ガキの頃から一緒だったんだ。

 聞き間違える筈はない。


「おい、ラヴィッッ!! 助けて欲しいならちゃんと言え!! 私なんかがとか、助けて欲しいなんて言える義理じゃないとか、どうでも良いんだよ!! 謝罪なら、後でなんぼでも聞いてやる! 今は助かりたいか死にたいかのどっちかなんだよ!! お前はどっちなんだ!!」

「「「助かりたいっっ!!」」」


「お前達には聞いてねえからっっ!! ほら、ラヴィ!! どっだ!!」

「だずっ、げでっ……ぐだざぃっっ」


 涙と鼻水を垂らし、最早言葉とも思えないような、うめき声で助けを求めるラヴィ。


 今は酷い振られ方をした苦い記憶だとか、リリエッタへの遠慮とか、そんな事を考えている場合じゃない。


 ただ今は、ガキの頃から一緒だった友達を、助けてやりたいだけなんだ。


「ああ、今助けてやるよ!! シールドバッシュッッ!!」


 レベルが上がった事で得た新しいスキル【シールドバッシュ】――


 使うのは今回が初めてだが、効果はなんとなく想像がついていた。


 盾を構え、ラヴィが吊るされている糸を目掛けてスキルを発動。一直線に飛んでいった盾は、見事に糸を切断して俺の元へ戻ってくる。


 糸が切れて落下したラヴィは、俺の仲間達がキャッチ。


 何も言わずに俺の思った行動をしてくれる辺り、連携を確かめ合った甲斐があったな。


「ありがとうみんな! とりあえず、ラヴィを安全な場所へ移動させてくれ」


 ラヴィが安全な場所に運ばれたのを確認した俺は、今回の元凶となる巨大な蜘蛛を見つめ、ため息を漏らした。


「はぁ~っ、これで心配は一つ減ったが、この蜘蛛をどうするかだ……」


《6才 メス》

 ・名称【ジャイアントスパイダー】Lv18

 ・HP=400

 ・SP=80

 ・攻撃力=180

 ・防御力=220

 ・素早さ=180

 ・器用さ=120

 ・固有スキル【固い糸】【切断】【隠密】



 巨大蜘蛛を評価してステータスを確認。

 体は大きいが、思ったほどの強さはない。

 まあ、それでも強い事には変わりはないが……。


 それよりもっと厄介なのは、そのスキルだ。


 恐らく、【隠密】というスキルは、姿を見えなくしてしまう類のものだろう。それならマッドの【疑惑の目】で見つけられなかったのも頷ける。


 さて、どうするか……姿が見えない敵なんて、厄介極まりない……そう思ったのも束の間――


「み、見えなくなったっすっっ!!」

「ど、どこ行ったのよ~!?」

「いつ襲ってきても良いように注意して下さい!」


 獲物を喰い終わった巨大蜘蛛は、狩場にやって来た新たな獲物――つまり俺達をエサにするべく、その姿を消して牙を研いでいた。


「シューッ……シューッ」


 微かに聞こえる息遣い。

 それは俺達の真上辺りから聞こえてくる。


「僕を早く助けろーっっ!!」

「いいえ私よ!」

「違う!私が先!」

「ちっ、お前ら……ウルセエーッ!」


 シールドバッシュを発動し、上で騒がしい奴らの糸を切る。ボタッ、ボタッと落ちる三人。誰一人としてキャッチしに行かないのは、ご承知の上だろう。


 落下した衝撃で気絶して大人しくなったから、キャッチしなくて正解だった。これで巨大蜘蛛に集中出来る。


「エレンさん後ろっっ!!」


 再度巨大蜘蛛の息遣いを聞こうとしていた所で、リリエッタの注意通り後ろを振り向くと、真後ろで脚を伸ばして俺を狙う巨大蜘蛛の姿が見えた。


「うおっ、と!」


 なんとか後退し事なきを得る。

 いやー、ヒヤヒヤした。


『後ろを振り向いたら巨大蜘蛛に喰われそうになりヒヤリとした』


 これで"ヒヤリハット"一件書けるね。


 ヒヤリハットとは、読んで字の如く『ヒヤリとしてハッとした事』を表す言葉。


 現代日本で暮らしていた記憶によると、製造現場なんかで安全対策の一環として行っていた"不安全"を抽出する方法の一つだ。


 思い出したが吉日。

 俺達のクランでも採用しようかな……。


 よし、とりあえず現実逃避はここまでにしとくか。


 巨大蜘蛛の無数にある目と、あの気持ち悪い脚が目の前にあったもんだから、ついね。


「みんな! ヤツの息遣いに注意しろ! 音が真上から聞こえたら急いで移動するんだ!」


 俺の注意喚起に頷く仲間達。

 ヤツの音を聞くために、注意深く耳を澄ませる。

 それと同時に、俺は目を瞑り【鷹の目】を発動した。


 巨大蜘蛛は、攻撃する時に【隠密】が解け、その姿を現す事がさっきの出来事で分かった。


 それを上から眺めるように観察し、巨大蜘蛛が姿を現した瞬間に攻撃と防御の指示を飛ばすためだ。


「マッド! 後ろにバックステップしてすかさず攻撃っっ!!」

「うおっ――くそっ! ダメっすっっ! デカイ図体のくせに動きが速いっす!」


 そうだよな……ステータスを確認して分かったが、巨大蜘蛛は、俺達の中で一番素早いマッドの値を上回っている。


 避けるのが精一杯なのはさっきので分かった。


 俺達の中で唯一攻撃を当てられそうなのは、【陰影の極】によりステータスが二倍になっているリリエッタぐらいか……。


 つまり、リリエッタの側に下りて来た時以外は、避ける指示しか出来ないという事。


 それ以外で攻撃を当てるなら、巨大蜘蛛が上がろうとした瞬間にシールドバッシュを決めるしかないな。


 だが、シールドバッシュが届くまでには時差がある。

 素早い巨大蜘蛛に避けられてしまう確率は高い。


 うーん、考えれば考えるとほど、難しい戦いになりそうだ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る