07.急速フェードスリープ(power in your hands)

 暖かな光に照らされるノートを見下ろす。そこに描かれた私たち地球人のような風貌のイラストと「勇者にまつわる記述」と銘打たれた謎の文章。それらの意味が理解できない私の手は止まってしまい、言葉を発しようにも台詞が見つからずにいる。


「さて、次は私が説明する番のようだね」


 目の前の暗黒龍人、ケイトは優しげな表情を浮かべて体を乗り出す。そしてノートへと指を置くと意気揚々と言葉を紡いだ。


「さっき君の世界で我々はフィクションであったと言ったね。でもこっちでは違うんだ。君たちはここでは、明確に存在する者として扱われているんだ」











 7話…急速フェードスリープ(power in your hands)











「約二百年前、悪魔が絶滅する前の話だね。当時のジィラは悪魔と人間の争いが絶えなくてね、何十年もの間ずっと戦争をしていたんだ。原因のほとんどは悪魔たちによるものだったんだけど、中には人間が悪い時もあったりして、とにかく命が軽々しく散ってしまうような時代だったのさ」


「あ、悪魔?」


 気になる単語が飛び出してきたので、逃さず質問する。私たちの世界では想像上の生物である悪魔だが、ケイトの口ぶりは昔ジィラでは存在していたかのような言い回しだった。まあ龍人が人間として存在している世界なので悪魔がいようと妖怪がいようと全くおかしくはないのだが、聞き間違いの線を考慮して念のための確認だ。


「そうだよ。あれ、もしかして君は悪魔を知らないのかい?」


「いえ、悪魔もまた私の中では想像上の者という認識だったので、驚いていただけです」


 少し表情が曇るも、すぐに納得したように頷くケイトに私は本題へと道を戻しに行く。


「それで、その時代と私にはいったいどのような関係が?」


「ああ、そういう話だったね」


 紙に書かれた記述の最初に指を置くケイト。彼はその部分から少しずつ、文字をなぞるように指を動かしながら内容を解説していった。


「悪魔と人間の戦いはほぼ互角だったんだ。両者がお互い勝ちを一切譲らない状況で、それがあまりにも長い時間に渡って広がり過ぎてしまったものだから、誰にも止めることはできなくなっていたんだ」


 文章の中でも似たような事が書かれている。


 悪魔と人間は惑星ジィラの領土、領海を巡って争い合っていた。人間の領土は悪魔の二倍ほどあり、その分人間の数も悪魔の二倍いた。しかし悪魔はその考えを良しとしていない。領土を欲する種族が二種類いるのならば、二等分にして分け合うほうが平等だと主張した。もちろん、人間はその考えを受け入れることはない。こうして始まった戦争が瞬く間に世界中に広がり、そして長い時間続いていった。


「気がつけば人間も悪魔も、元々の半分くらいしか生き残っていなかった。他はみんな長い長い戦争の間に死んでしまったんだね。戦火に焼かれ死んだ者、戦続きで食料困難に陥り餓死に追い込まれた者。中には精神が壊れてしまった人もいたっけ。凄惨だったよ」


 彼は表情豊かに、また抑揚のついた感情深い声色で私に読み聞かせるように話す。しかしあたかも体験談でも語るようなその口調には少し違和感を覚えた。


「ケイトさんは、まるで見てきたかのような言い方をしますが、もしかして北部で行われている戦争というのは悪魔との……?」


 私の質問に対し、ケイトさんは高らかに笑って応えてみせる。この反応はどうやら私の考えはかなり見当はずれらしい。そういえば二百年前に悪魔は滅びたとか言われていたような気もしてくる。彼があまりに大きな声で笑うものだから何だか恥ずかしくなってきた。


「さっきも言った通り、悪魔は二百年も前に絶滅しているよ」


「そうでしたよね。すみません同じ説明を二度も」


「いやいいよ。しかし今の反応を見るに、君たちの種族はそれほど長生きはしないのかな?」


 それを聞いた瞬間、私の中にある可能性が浮かんだ。今までは脳の端にすら浮かばなかった可能性。それは、この世界があまりにもこちら側に寄りすぎていたことから考えられなかった事。しかしよく考えれば気づけたはずだ。現に私たちは似たようで全く違う生物であるのだから。


「あなたたち鱗を持った人間は二百年生きることも、全くおかしいことではないということですね」


「そういうことになるね。理解の外側から事実を引っ張ってくるのは大変だろう。君はとても賢い子だ。因みに我々の平均寿命は三百年前後だと言われているよ」


 私は自分の掌を見つめる。この世界はやはり私たちの世界とは違う。一見、同じなように見えても、それは後からついてきた知識や進化の形が似通っているだけに過ぎない。私たちは、あまりにも根本的なものが違いすぎる。


 それに悪魔が存在していた事。今はもう絶滅しているのでこれは問題ないが、他にも私の知らない生物が五万といる可能性は十二分にある。もしもこの世界を生きていくのであれば、地球と同じ感覚で過ごすのは危ないかもしれない。


「少し脱線してしまったね。話を戻そうか」


 私たちはノートへと視線を戻す。


「人間と悪魔の戦いは正直泥沼だった。だから我々は折を見て終戦を希望したんだ。あまりいい表現ではないが、人口もかなり減ったからね。必要だった領地にもそれほどの価値は無くなったんだ」


 戦争とは程遠い場所で生活してきた私から見ても、賢明な判断と言える。戦争をする事自体に関していえば私が口を出せる問題ではない。しかし領地問題が解決した後半戦に限れば、争うことに意味のないことは猿でもわかる。


「だが悪魔はその希望を飲むことはなかった。結局戦争は終わることもなく犠牲者は増える一方、悪魔の使う特殊な力も相まって人間側には数の不利がで始めた」


「特殊な力?」


「召喚だよ」ケイトの真面目な瞳が揺れる。


 だがどうやら揺れていたのは私らしい。召喚なんて、小学生の頃に男子がやっていたカードゲーム以来に聞く単語だ。それにこれこそまさに現実とは程遠い、ファンタジーのような言葉ではないか。動揺するのも無理はない話である。


「悪魔たちは強力な魔獣や、厄介な魔物を召喚して我々と戦っていたんだ。召喚できる魔獣の数に限りはないのか、彼らは次々と戦力を放出していく。対して人間は減っていく一方だ。並んでいた戦力が少しずつ悪魔の方へ傾いていたのは、誰が見ても明らかな状態だった」


「悪魔の召喚が無制限なものならば、初めから人間は押されているはずではないでしょうか。一体何故、最後になって戦力のバランスは崩れてしまったのでょう」


「悪魔の連続召喚には時間がかかる。彼らが次の召喚を終わらせる前に魔獣を倒し、そして悪魔に手をかければ勝てるのだ。故に、悪魔を倒すことはそれほど困難なものではなかった」


 すると逆の疑問が生まれる。悪魔や魔獣を倒すことが困難で無いのならば、何故時間が経つにつれて龍人の戦力に劣りが出てしまったのだろう。


「だが生命体は動き続けていれば必ず疲労が溜まるだろう。それは悪魔にも人間にも、魔獣にも言える話だ。だが悪魔の召喚する魔獣は常に万全の状態で出てくる。長きに渡り戦争が続き、疲れ果てた我々にはかなり厳しい戦いになったのだよ」


 ようやく理解とともに納得にたどり着くことができた。悪魔の召喚がどういう原理のものなのかはわからないが、その場で生み出してしまうものだとしたらかなり強力だ。龍人たちが手こずってしまうのも頷ける。


「だけど悪魔は絶滅した」


 次は私の言葉にケイトが頷く。彼の肯定は私の疑問と興味を大いに膨らませた。沈黙を貫き、彼に続きを促す。


「そう、勝機はなく絶望していた時、転機は訪れた。敗北すらも覚悟していた傷だらけの我々の前に、勇者と呼ぶにふさわしい謎の生物が現れたのだ」


 ノートの上に置かれていた指が文字をなぞるのをやめてイラストへと動く。


「頭は毛で覆われ、鱗のない華奢なその生物は、自らを人間と名乗り神器と呼ばれる不思議な力を使って悪魔たちをあっという間に全滅させてしまった」


 情報が一気に増えて、私は眉間を寄せ額に手を置く。前の情報を処理しきる前にまた私の知らない新しい単語が出てきてしまった。これ以上出てきたら、いや現段階ですでに明日には全て忘れている自信がある。


「その人間と名乗った謎の生物が、まさに君のような生命体、地球人だったのだ」


 ケイトは小さな箱を懐から取り出すとそれを開き、翡翠色の石のついた指輪をこちらへと差し出す。その石は小ぶりながらも堂々たる存在感を放ち、見ているものを吸い込んでしまいそうな魅力を感じる。


「神器の一つ、エメラルドだよ」


「これが神器? まるで宝石みたいです」


 エメラルドは太陽の光を反射するわけでもないのに、周囲の空気を巻き込みダイヤモンドダストのように煌めいている。覗き込んでみるとその中には永遠のような奥行きがあり、繊細な模様が美しく映し出されていた。本当に宝石と呼ぶに相応しいような物だと感じた。


「これは勇者からもらったものなんだけど、僕ら龍人が持っていても何の役にも立たないみたいなんだ。だからよかったら貰ってくれないかな?」


「ええ!?」思わず仰け反ってしまい、背もたれに背がつく。


 ここで私は多大なる期待がこの指輪の中に込められていることに気づいた。


「ちょっと待ってください。過去現れた勇者が鱗無しだったからって、私もそうだとは限りませんよ。私は家もなければお金もない、路頭に迷った、ただの女子高生です。何かに長けているといった才能もありませんし」


 見た目が似ているだけの別の異世界人の可能性もある。いやそっちの方がむしろ可能性は高いだろう。神器なんて持っている時点で地球人であることはまずあり得ない。


「我々の歴史の中で知る限り、この世界に現れた鱗無しは勇者と君だけだ。僕は君が勇者である可能性はかなり高いと思うね」


 ノートを閉じて、指輪を差し出す。


「とりあえず、持っておくだけでもさ。ね」


 断ろうと思えば断れる。でも私は、出来ればケイトさんとは穏便に関わっていきたかったし、受け入れてもらえるなら歓迎される形の方が喜ばしいと思った。それに興味もあったのだ。目の前で輝く永遠なる大自然、純真の結晶に。


「わかりました。これは私が一旦預かる形をとらせていただきます」


「うんうん。是非ともその力を使って、私を、いや世界を光に導いておくれ」


 なんか全然、話聞いてないんじゃないかと思えてきた。


 ケイトへの不安を横目に、エメラルドへと逃避する。しかし、エメラルドの真奥を覗いた時、何故かエメラルドにもこちらを覗かれているような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る