ぺんぎんのいっしょう(かわいいあの子はウオノエ系 番外編)

「子供みたいに、信じ続けていたかったんだよ。依未(えみ)ちゃんが居ないと、痛くても泣いていても何をしていても、誰と居ても、生きてる実感なんかなくて。どうしてあんなことをしちゃったのか、わ、わからなくて、どうしてあんな馬鹿なことを……ぼ、僕は……本当に、僕には本当に、依未ちゃんしか要らなかったのに。僕には」

「うん」

「依未ちゃん。愛してるよ。本当だよ。もう、絶対にどこにも行かないで、ずっと傍に居てね。あなたが居ないと生きていけないんだ。だって、僕は依未ちゃんが居ないと駄目なんだよ。本当に、もうずっと離れないでね。愛してるから。本当に大好きだから、好きなんだ、信じてよ、愛してるんだよぉ……」


寝室のベッドの上で上半身を起こす間もなく、ふゆくんが覆い被さってくる。

いつもは春の草花のように優しい深緑色の瞳。

それが、いまは出口のない森のような薄暗い影を落としている。

両目からぽろぽろ涙を零すふゆくんの髪を整えるように撫でて、わたしは笑った。

世界で一番近い場所に愛する人がいる。

情緒不安定になるふゆくんを見てわたしは安心していた。

愛する人が苦しんでいる姿を見て喜ぶなんて、おかしいはずなのに、おかしくない。

「僕が、依未ちゃんをいっとう好きなんだよ」

だって、ふゆくんはわたしにそう言ってくれる。

一緒に暮らすようになってから、ふゆくんは毎晩のようにわたしを抱きしめて、泣きながら謝罪を繰り返し、それから眠りにつく。


自動ドアが開くと、軽快なミュージックがわたしを出迎える。

コンビニの中はふわっと涼しくて気持ちが良い。

新居の近くじゃない、少し遠出した、最寄り駅の前にある方。

八月十日深夜一時、蒸し暑い外から冷えた店内。

この時間帯、仕事からとっくに帰って来たふゆくんは寝室で眠っている。

夜も深くなってから入るコンビニは、空いていてお弁当やおにぎりの数も夕方時より全然少ない。

今日はたまたま夜中に目が覚めてしまって、アイスクリームが食べたいと思いついたのだ。

入口に重ねられていた深緑色の買い物カゴを左肘にかけて、右手で松葉杖をつきながら、アイス売り場に向かう。

もたついた手つきで蓋付きのアイスケースの扉をスライドさせて開いた。


お目当てのコーン付きバニラソフトクリームアイスと、ふゆくんの分のモナカアイスを一つずつ買い物カゴに入れる。

レジへと向かい、神経質そうな顔つきのコンビニ店員さんの前に商品の入ったカゴを置いた。

ピッピッと電子音を響かせながら会計を済ませていく。

「袋は必要ですか?」

「はい。あと、支払いは定期でお願いします」

「タッチお願いします」

ふゆくんから渡されている定期をレジのタッチパネルに押し付けて、レシートとレジ袋を受け取った。

「ありがとうございました。またお越しくださいませ」

自動ドアを出ると、ぶわりと音を立て熱風が頬を撫でる。

空を見上げれば、研ぎ出したような月が白く光っていた。


お月見アイスも良いかもしれないと考えながらぼんやり月を眺めていると、聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。

「ッ、依未ちゃん!」

声のした方を向くと、コンビニの向かい側の信号機の下に見慣れたパジャマ姿のふゆくんが居た。

コンビニの光に照らされるふゆくんは赤信号を見上げて、苛立ったように足踏みをしている。

車なんて滅多に通らない時間帯でも律儀に交通ルールを守ろうとするふゆくんの相変わらずの優等生っぷりに小さく笑ってしまう。

信号機が青に変わった瞬間、一目散に走って来る。

よく見ると、ふゆくんは裸足だった。

土と砂で汚れた足は小石でも踏んだのか少し傷がついている。


汗を流しながら息を弾ませて、肩から胸が大きく波をうっていた。

わたしを見つめるふゆくんは驚ききった顔をして、しばらくするとしくしくと泣き出してしまう。

男の深緑の瞳は盛り上がる涙で弾けそうだった。

わたしは彼を抱擁して、出来るだけ優しい言葉をかける。

「あいらぶゆー、ふゆくん、こんな夜中にどうしたの?」

「あ、……あなたこそ、なんで、外にいるんだよ……」

ふゆくんは喉を詰まらせんばかりの涙声で答えた。

この行為で、どのぐらい気に病んでくれたのだろう。

わたしはどのぐらい、ふゆくんの心に入り込むことが出来ているのだろう。


考えると胸が高鳴る。

これ位の嗜虐心なら、誰でも持ち合わせていると思う。

悪癖が止まらない。

細い風がすうっと火照った首筋を通り抜けた。

「ふゆくんは、わたしを信じてないの?もしかして、わたしがふゆくんを簡単に捨てると思ってるの?」

「も、勿論、信じてるよ。大好きだ、愛してるよ。で、でも、僕に依未ちゃんみたいな素敵な女性を繋ぎ止められる価値があるとは到底思えないんだ……それに」

「それに?」

「実はこれが全部僕が見てる夢なんじゃないかって、起きたらあなたが居ないから……でも、あなたが居ない現実を信じたくなくて……」

「なるほどー」


「ごめんね、依未ちゃん。ごめんね、ごめん」

ふゆくんの背中をトントンあやすように叩く。

「わたしも、何も言わずに夜中に買い物に出てごめんなさい。こんなに心配させちゃうならふゆくんを起こせば良かったね。そしたら一緒にアイス選べたもん」

「……あいす?あなたはアイスが食べたかったの?」

「そぉーだよ。ふゆくんのモナカアイスもあるよ。食べるでしょー?」

「うん……あなたがくれるものなら僕はなんだって喜んで食べるよ。僕は依未ちゃんのおかげで幸せ者だよ」

親指でふゆくんの頬を撫でてみると、ぬるりと玉の汗が指の腹を濡らす。


ぴくんと、わたしの指先の体温に反応した彼の頭をそのままゆるゆると撫でた。

かつてわたしを手懐けようとした男は、今やわたしの為となると寝巻きから着替えず靴も履かずになりふり構わずに走って来てくれる。

壊れるほど愛してると大好きを繰り返して、弱々しくわたしに縋りついたふゆくんは、本当に、わたしがいないと生きていけないみたいでかわいそうだった。

わたしは生きるのが下手くそなふゆくんが好きで、愛していたし、好きでいることに不満なんかない、でも、不器用で良いからふゆくんにもわたしを愛して欲しい。

ふゆくんが、ずっとわたしを好きでいてくれる為の証が、欲しかった。

永遠になる為の誓いが欲しかったのだ。

月明かりの差す帰り道をわたしはふゆくんと手を繋ぎながら歩いた。

「わたしは、人生全部をかけて、ふゆくんを愛してるよ」

「僕もだよ。僕はあなただけいればいいんだ」


▼ E N D

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