第26話 少しずつ
それから少しずつ声を出せるようになっていた。
淀みなく、流暢に話せるとは程遠いが、一文字ずつ、単語を言いづらそうにはしていたが、それでも何とか言おうとしていた。
歩くことだってそうだ。毎日のように少しずつ歩く練習をしていたお陰か、反対側の壁まで歩くことが出来るようになっていたのだ。
一週間続く熱を出した原因であったのにも関わらず、今回は不思議と疲れたようなだけで、熱は出さなかった。
それもこれも、その時も持っていた花冠のお陰なのだろうか。
本人が気づきもしない、気力を湧かせているのかもしれない。
「……すごいな、シロアンは」
心の中で呟いたはずの言葉が思わず声に出ていたらしい。自分でも驚いていると、何かに反応したかのようにクロサキの歩いていた足が止まった。
「……クロサキ……?」
どうしたのだろうかと思っていると。
クロサキは目線を下げ、両手で持っていた花冠をぎゅっと握りしめたまま微動だにしなくなってしまった。
それでもその行動が分からず、疑問符を浮かべていると、ふいに窓の方に視線を向けていた。
その姿がどことなく哀愁さを感じさせた。
(オレが何か余計なことを言ったか?)
さっきつい漏れてしまった言葉が気に障ってしまったのか。
シロアン。花冠を見つめるクロサキ。外を見る仕草。
「…もしかして、今すぐにでも天界に行きたいのか?」
そう訊くと。
クロサキがこちらに視線を向けてきたのだ。少し目が合ったかと思えば、また花冠を見つめたまま俯いてしまった。
まさか、こっちを見てくるとは思わなかった。驚いた。
あの反応だと図星だったのだろう。
そう思っていると、何か言っているかのような声が聞こえた。よく耳を澄ましてみると。
「………だ、が、……い、け…ない。…………こ…な……じゃ…」
─だが、行けない。こんなんじゃ。
言葉を理解するのに時間がかかったが、恐らくそう言ったのだと思う。
今の自分の話し方や歩き方に対して言っているのだろう。
ひどく悲観しているようだった。
無に近い表情をしているというのに、そうと思ってしまっているのは、同調のようなものをしているのかもしれない。だが、一緒になって落ち込んでいる場合ではない。
何か言わねば。
「前よりも話せたり、歩けるようになってるんだからさ、このまま続けていけば、違和感のない話し方や歩き方になると思うぜ。てかさ、シロアンはそのことに対して気にしないと思うんだわ。それよりも頷いたり、単語でもいいから返事するだけでもいい、それでも喜んでくれるとオレは思ってる。だから、焦らずにやっていこうな」
と、笑いかけてみせた。
その顔をクロサキは見てはいなかったが、その言葉に返事する代わりに、瞬きしたら気づかなかったであろう、小さく頷いたかのような仕草を見せた。
初めてだ。クロサキが頷いたのは。
そういうことをするということは、ヒュウガの言葉に素直に返事をしたということだ。
驚きも喜びも嬉しさも一気に押し寄せるのを堪えつつ、ヒュウガは、声を上げた。
「じゃあ、早速やっていこうな!」
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