第11話 塞がる傷

 あれからどのくらい経っただろうか。


 右手首に負っていた傷がほぼ治りかけていた。

 あれだけ深い傷で、出血が止まらなかったのに、元から無かったかのように塞がってしまったのだ。

 身体中にある傷は残ったままだというのに、あの刻印を見せつけているかのようだ。


 不気味だ。


 ヒュウガはそう思ってしまった自分を恥、苛立ち気に髪をかきあげた。

「本当によくわからねぇよ、オマエは。口がきけたら少しぐらい分かるかもしれないてのに」

 保護されてから特に話したことはなかった。

 というのも、何かにひどく怯えている様子で、常に眉を下げ、今にも泣きそうな表情をしていたから、訊くにも訊けなかった。

 やっと口を開いたのは、寝言の時。

 その時でさえ何を言っているか分からないぐらいのひどく掠れた声であったが、辛うじて、名前らしい言葉を聞き取ることが出来たぐらいで。

 そのも名前を呼んで、何かと話しかけたり、どうにか着替えさせたり、食事を与えたりと世話をしていたが、布団を頭から被り、ベッドの隅で震えながらヒュウガの様子を窺っているばかりで。

 後にも先にもあの声しか聞けていない。

「そういや、来たばかりの頃はまだ表情らしい表情はあったんだな」

 表情さえも無くなってしまったのは──惨たらしいことをされたからだ。

 あの時のことは、今でも思い出したくなかった。たとえ、ヒュウガの名を初めて呼んでくれた出来事でも。

 「あれは……オレも悪かった。早く気づいていればあんなことは……」

 自然と目線が下がっていたらしい。視界の隅でかすかに動いているのが見えた。

 それにハッとしたヒュウガはすぐさま顔を上げる。

「…………クロサキ」

 静かに目を開けていたクロサキは、いつものようにぼんやりとした様子で、小さく息を吐いているようで、口を半開きして天井を見ていた。

 その顔はいつにも増して疲れているかのようにも見えた。

「…………具合はどうだ?」

 いつまでも静かにしていられなくて、どうにか言葉を出した。その問いに答えが返ってくるはずがなくとも。

 案の定ろくに返事もせず、変わらずクロサキは天井を眺めている。

 再び、部屋が静寂に包まれる。


 ヒュウガはどうしてか耐えきれなくなり、逃げ出すかのように部屋から出ていった。


 それでも、クロサキは気にもしてないといった様子で何にも映してない瞳で見上げていた。

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